第25回歩いてゆくのだろう

8月9日(土)


本城ベータは昼間からテンションが上がっていた。高峰秀子主演の映画「浮雲」が予想外によかったのだ。


続けて日活映画「あいつと私」も観る。芦川いづみもやはり美しい。この2人の女優の美貌で満腹になりもう今日はなんもしなくでいいや……そんな気になっていた。


そういや林芙美子の「浮雲」の原作は文庫であったはず。奥に入っていた。しばし読書。昼飯を食うのを忘れてる。でもいいや「浮雲」に集中しよう。


夕方には「浮雲」が読み終わる。映画を観た後ですぐ原作を読んだが、どちらも拮抗してるくらい出来がいい。


かなり腹が減ってきたので、駅前の日高屋で冷やし中華を食べる。


帰りBOOK OFFに寄りブルーレイ「グラデュエーター」と「エターナル・サンシャイン」の2本をチョイス。CDも見るが、目ぼしいのがない。


帰りエクセルシオールコーヒーで、エンタメ情報誌を読んでる。読売新聞の朝刊も読む。


時計は夕方5時を差してる。夜はまだまだ……。



部屋に戻ると扉の前で野上が座り込んでる。


「お前一体何日家に帰ってないんだ?家族は心配してないのか?」


野上は目を潤ませて、ベータの胸に飛び込んだ。ボストンバックを置いてるみたいだから、生活に支障はないようだ。


ベータは野上の肩を起こし、「一度家に帰った方がいい」と言う。


野上は首を振り「もう家族として機能していない」涙をぽろぽろこぼしてる。まるで俺が泣かせてるみたいじゃないか……。


「とりあえず部屋に入れ」


野上はソファーに座りうつむいてる。また我道の出番か……あいつとは運命共同体だな。


「もしもし、我道か?今大丈夫か?」


「ああ、センセか、今彼の部屋にいるけど」


「実は今野上が家に来てる。行く当てもなく、困ってるみたいだ」


「もう3週間は家に帰ってないみたいだし、親も放ってるみたいね」


「彼のとこに泊められんのか?」


「シャドウセンセのとこ?聞いてみる?」


「頼む」


「シャドウセンセは別にいいって言ってる」


「野上はそのシャドウ先生の家がどこか知ってるのか?」


「いいよ、迎えにいくから」


「いつもすまんな」


「お互い様だって……じゃあね」


シャドウ先生ってのもさばけてるねえ、自分の教え子2人も部屋に泊めるのか?


「今我道が迎えに来る。あいつの彼氏のとこで泊めてくれるみたいだ」


「シャドウ先生の所?」野上は頭を上げた。


「そうみたいだよ、もう2人は公認の仲なんだろ?」


「そうだけど……」野上は歯切れが悪い。


まあ、わからんでもないが……野上も恋人作った方がいな、心が折れ始めてる。


「お前、誰かいい人いないのか?」


野上は目をくりくりさせて「そんな人いたら、先生の所なんて来ません!」


その時、野上のスマホのバイブ音が鳴る。


野上はスマホを見て、神妙な顔をしてる。


メールの相手は北島守だった。


最近どうしてる的なありふれたメールだった。


ありふれていたが、今の野上の心には響いた。


あまりにもタイミングがよすぎる。野上は少し笑顔を取り戻した。




野上の父次郎は薫子に連絡しようと思ってるが、なぜかストップしてしまう。


今迄父親らしいことをしてやれなかっただけに今更とろくな返事しか返ってこない気がしていた。


知代には離婚届を渡した。向こうも驚いた感じではなかった。


省吾は2,3日前から帰ってない。薫子にはそのうち謝るつもり。今日も外で夕食を取り、喫茶店で休んでいた。


「ごめんな、薫子だめな父親で……」




初音君也と宝田舞音は毎日のように会っていた。お互い空気のような存在になりつつある。


ファミレスで夕食を取りつつ、お互い勉強をしていた。2人も既に公認の仲になってる。冷やかせられることもあるが、2人はまったく動じなかった。


「君也さん」


「うん、なんかその呼び方こそばいね」


「いつまでも君ニィじゃねえ……」


「それもそうか」


「いい夏が来そうだね?」


「それに越したことはない」


お互い笑い合う。


ラブラブな2人がいれば、一人寂しい奴もいる。


同じファミレスで席が離れて気付いてないが、3年A組NO.2の秀才君三日月易郎だ。


夏休み前に前の席の山岸野花に思い切って話しかけたが、見事に轟沈。


話が続かない。山岸は気味悪がって、席を離れてしまった。


なんか自分の外見から変えないとだめなのかなあ?しかし今頃異性を意識し出すなんて遅すぎる。大学受験も間近。こんな不安定な状態でいかんだろう?


大体アキバなんか行くからろくなことにならん。正直三日月にとって天国口の美少女達は眩しすぎる。こんな調子じゃ2学期危ういぞ。まずいまずい、勉強せんと。




さすらいの一人相撲男北島守はダメモトで野上にたあいもないメールを送った。すぐに返事は来た。


「ええ?」


”メールありがとう。お陰で元気出た。今度マック行こうね。”こういう内容だった。北島は複雑だった。野上は卒業するつもりだった。しかし今メール送っちゃったもんな。何か拍子抜けちょっと前の自分なら小踊りしそうなもんだ。話を整理して、一度野上と話してみよう。向こうはこっちの気持ち知ってるわけだろうし。



“人と人が出会うのはただの偶然。奇跡の偶然を求めて毎日を過ごす”駅前のベンチで月ノ輪哲郎はまた本を読んでいた。”偶然と確率”という本。そろそろ辺りも暗くなり出した。


月ノ輪は酒を飲みたくなってきた。I PODでメタリカを選択する。破壊的音楽も時には癒しになる。夜の街へ繰り出そう。


2015(H27)6/3(水)・2019(R1)11/12(火)

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