第10回For No One
7月14日(月)
3年A組の三日月易郎はクラスで我道に次いで成績のいい男子生徒である。
三日月は我道のような天才タイプではなく太目の黒縁眼鏡をかけた角刈りの野暮ったい秀才君である。
それだけに3ヵ月欠席していた我道が登校してきた時はガックリきた。ずっと同じクラスで4日完徹しても我道に阻まれいつも2位に甘んじていた自分がやっとNO.1になれるかもしれなかったのだ。
高1の時から同じクラスだけにどれだけ頑張っても常にNO.2……周りは美女だらけの我が高で彼を相手にする子は一人としていない。
その原因が勉強以外に何の取柄のない自分の野暮ったさにあることは痛いほど実感していた。高2の時の学力テストで大幅に手を抜いたことを三日月は悔やんでいた。同じクラスの中島幸人が大した成績でもないのに学年10位に躍り出たからからである。
中島は1年の時から野球部の5番サードの座を明け渡していない。ルックスは十人並という所だが、相当な遊び人と聞く。
そりゃ野球部の主軸選手である。モテない方がおかしい。へ~ん、俺は勉強が恋人さ~なんて開き直っても空しいもんだ。
正直モテる中島に嫉妬してるのは認めざるを得ない。中島には同じクラスに公認の恋人麗羅雪子がいる。この子が変わり者で、もちろん美形なんだが、見かけが長髪の清楚なお嬢様タイプで、中島がいくら遊び歩いていても、関知せず、この人はいずれ私の所へ戻ってくる的な姿勢で、この2人は将来結婚するんだなと思わせる。
麗羅は大人しそうでいて、授業中騒がしい時は机をバーンと叩いて「静かにしなさい!」とよく通る声で叫ぶ事もあった。そういう毅然としてる所は一目置かれてる。中島も麗羅も席は離れてるが、あまり二人きりにならない。そういう年齢にそぐわない大人のような関係性にも嫉妬の虫がウズウズする。
しかしなんと言っても一番解せない存在が我道幸代だ。これだけ美少女の園の中で一番光ってるし、成績は常に学年一で天国口高校で一番喧嘩も強いと言われてるし、三日月は一番前の席だが、後ろの方の席の我道もたまにチラっと見るだけで話をしたこともない。異星人のような存在だ。
我道にはほとほと自分の力の限界を思い知らされてきた。本校随一のルックスと頭脳と戦闘能力。対抗のしようがない。みんながそう感じてるとは思う。
現実とは冷酷なものだ。自分と我道を比較すれば明らかだ。
学年2位の成績を維持するというのも結構大変で、勉強、勉強の毎日だし、どうせ一番にはなれないんだからとやけになって、塾をサボり、いつだったか秋葉原に行ったこともあった。
アキバ系というのはもう死語になってるのかもしれないが、三日月は内心馬鹿にしていた。AKB48もアニメも漫画も興味がなかった。しかし秋葉原の街は三日月の想像を絶していた。テレビから飛び出してきたアイドルみたいな女の子がメイドの恰好をしてあちこちに点在していて、天国口高校の美女達とはまた違ったインパクトがあった。
エヴァンゲリヲンもタイトルを知ってるだけで、モニターから流れる使徒とエヴァの戦闘シーンに圧倒され、気が付けば、フィギュアや模型や雑誌やDVDを沢山購入している自分がいた。
活字読書しか興味がなかった自分がアニメを見るようになって、クラスの女の子に話しかけたいが、自分の周りの”制極界”は強力で、女子が意識的に自分を避けてるのが明らかで落胆する。
しかし教室にいて、エヴァンゲリヲンのことを考えたりする自分は以前だったらありえないことだった。これが三日月易郎の物語。ここにもまた”さびしんぼう”が一人いましたとさ……。
7月15日(火)
11日(金)の3年生の学力テストの結果が出た。
1位 我道幸代
2位 三日月易郎
3位 堂見健太郎
A組の副担任伊藤シャドウは、改めて我道幸代の学力の確かさを実感した。なんと英国数300点満点である
3ヵ月のブランクを感じさせない堂々の学年一位だ。
2位の三日月は英語98点 国語98点 数学100点で296点。3位の堂見は英語97点 国語96点 数学100点の293点。
汐留先生が2年の時はほとんどの生徒が手を抜いていたらしく、我道復活で我こそは1位ということで本気を出してきたようだが、彼女には及ばなかった。3位の堂見は野球部のキャプテンで4番キャッチャー、2年の時は圏外だったが、本気を出すとこの位置に来る。今回は2年の時よりハイレベルの競争で、秀才達がポスト我道を狙ったのがわかる。
3年A組学級委員北島守は総合7位に入った。最近大人しいと思ってたら、相当勉強をしていたようだ。遊び人中島幸人が18位に甘んじたことに北島は含み笑いをした。
視聴覚委員の2人組慶事紀之と初音君也はまたリクエストBOXをひっくり返していた。
「君也は今回のテスト21位だったけど、本気出したの?」
「うーん、なんか眠くて本領は発揮できなかったけど、今回のは秀才どもが本気出してるから、こんなもんだろう。しかし今回も我道は凄かったな。3教科満点だろ。次元の違う奴だ」
「守の野郎視聴覚委員さぼって勉強してやがったんだな。せこい奴だ」慶事はカロリーメイト・フルーツ味をかじる。
「バービーボーイズの「泣いたままでLISTEN TO ME」、クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」、乃木坂46の「夏のFree&Easy」、ザ・キングトーンズの「グッドナイト・ベイビー」、マイルス・ディビスの「So What」、TM NETWORKの「RESISTANCE」、うへえ、キング・サニー・アデにジョアン・ジルベルトやボブ・マーリーまである。相変わらずバラエティ豊かだねえ……」初音は曲順リスト用紙を取り出した。
「こっちは平井堅の「哀歌」、小田和正の「思い出にかわるまで」、リサ・ローブの「STAY」、東方神起の「Hide&Seek」、レッド・ツェッペリンの「移民の歌」……最近の曲は少ないな」
「紀之、ツェップの「移民の歌」を1曲目にしよう」
「そうだな、妥当な所だろう」
本城ベータは迷走中だった。食うのには困らない程金はあるのだが、崖っぷち36歳、俺の人生これでいいのか~なあ~んちゃってね、というふうにそれほど深刻にはなってない。人の生き方など百人百様だ。犯罪を犯さない限り間違った生き方なんてないと思う……とまあ居直れるのだが、これでいいのかね……ってなことを思うことはゼロじゃない。
岸森明日菜に対する未練はあるが、荒野に旅立ったらしいからな……あんな可愛い顔してやることはワイルドだ。携帯に残ってる彼女の表情はアイドルさながら輝いてるわけだが、彼女の生き方を見習わんとな。
その時玄関のベルが鳴る。時間は夕方6時半。誰かね?
「どちら様ですか?」返事がない。
ドアを開けると我道が遠慮なしに部屋に入ってくる。「センセ、オッス!」食材をぶら下げて、白いTシャツにジーパンという何ともファンキーな恰好をして来る。大体引っ越した自分の家をどうやって調べて知ったのか?まあ常識の通用しない奴だからいいか……。
「センセ、晩御飯まだでしょ?今から作るね」
「いいけどお前彼氏いるんだろ?いいのかよ、俺なんかに飯作ってて?」
「私が好きでやってるからいいの」
まあミス・ユニバースの候補になってもおかしくない美女に夕食を作ってもらうのは悪い気はしないし、むしろ嬉しいか……どうも我道との距離の取り方がわからん。もういいや放置しよう。我ながら適当だな……。
我道が調理してる間レンタルDVD映画「共喰い」を観てる。やたら香ばしいいい匂いがして、空腹感を覚える。
テレビは消して、部屋を片付け始める。何か月も整理されてない部屋はいくら片付けても整理出来たとは言い難い。
「センセ、ごま油ある?」
「ああ、横の調味料の所に残ってないか?」
「あった、あった、ありがとう」
どうも中華料理を作ってるらしい。楽しみだな。
一年間の座り仕事で、腰の調子がよくない。もっと歩かんと。
読んでない本が溜まってるなあ、浅田次郎「壬生義士伝」、池永陽「コンビニ・ララバイ」、中山元「思考の用語辞典」、カント「ペスト」、村上春樹の新作も読んでない……こないだ太宰治の本読んだきりだ。本読まないと頭ボケるしなあ……。
我道の手料理は岸森同様、絶品の旨さだった。スコッチウイスキーが残っていたので、食後乾杯する。どうも我道は俺の家で酒を飲む気だったらしい。おつまみを大量に買い込んでる。一緒に書斎のテレビで映画「パリ、テキサス」を観始めて、眠ってしまう。
7月16日(水)
気付くと夜中の2時。我道もソファーですやすや寝てる。上から毛布を掛けて、ベータはとりあえずパソコンを開いて、また仕事探そうかなと思い始めた。
3年A組は朝から大騒ぎだ。なんと梶五十歩と高橋・サファイア・ライト・里見が取っ組み合いの喧嘩を始めたのだ。相当なリーチの差はあれど、サファイアは負けていなかった。
学級委員北島守は止めに入るが、サファイアのテンプルをまともに喰らい失神する。野上薫子はそれを見て首をすくめる。なにせ白熱の死闘なので、2人を囲んで、闘犬さながらで盛り上がる。
浅利恵子と深津時枝は知らん顔でしょうがないなあと言う感じで静観。浅利はスマホをいじり始め、深津は鏡を取り出して、自分の世界に入る。
我道はまだ登校していなかった。
2015(H27)1/22(水)・2019(R1)11/12(火)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます