Endless Summer All Night ライジング
第1回ハイスクール・プレイボーイ
昼間だというのに、その部屋は暗室のようにグッタリするほど暗かった。
テレビからは韓流女性アイドルグループのライヴが垂れ流されていた。
部屋の真ん中にあるパソコンの画面を見て、腕を組んでいる男がいる。
メールの送り主は不明。ただ一言”世界はあなたの出方次第です”そう記されてる。
「またやばい夏になるのか?」
男はぬるくなった缶コーヒーを呷る。
7月1日(火)
天国口高校の登校時間に校門の前で柔道部顧問の生田直樹と社会科教師佐々木道忠が検問役をしている。
生田は竹刀を片手に上下黒のジャージ姿。佐々木は全く対照的に細身にグレーの背広で神経質そうに銀縁眼鏡を上下させながら、目を瞬いてる。
2人とも今年37歳になるが、生田の精気溢れる雰囲気に比べ佐々木は相当老けて見える。老けて見えるというより人生に疲れ切っている臭がプンプンしてる。
生田の堂々とした佇まいに比べ、元から美少女の多いこの高校、美形3人組とかが通ると佐々木は下を向いてしまう。そんな佐々木の性癖を知ってる生田は少しニヤリとして。
「ほらそこの3人組、牛乳ばっか飲んで、育ち過ぎんなよ!男の目に毒だぞ!」
3人組は振り返って生田を睨み付けるが、”いつものことか……”とあきらめ顔で去っていく
佐々木は慌て顔で「生田先生、今の言い方はいくらなんでも生徒に失礼じゃないですか?」
生田は竹刀を振り落して”バシッ”と音を立てる。佐々木はビクッと体をしならせる。
「女子を甘やかし過ぎです。あのくらい言ってやらないとどんどん調子に乗る」
「しかし、言い過ぎではな…」と佐々木が言い終わる前に「ほら、そこの生足!ちゃんとソックスを穿け!」と一喝。
佐々木は頭を振って首をカクンと垂れる。
3年A組のホームルームの時間が終わり、教室を後にした担任の英語教師汐留理香子は副担任の国語教師伊藤影道が教室からなかなか出てこないので、確認しようと戻ると、女生徒に囲まれて教室から出てきた所だった。
「じゃあね、シャドウ先生」10数名の女生徒の目がハートマークになっていた。
女生徒が見送られて伊藤影道は汐留に「汐留先生、すみませんご一緒しましょう」
伊藤影道は本年度から着任した若干23歳のまるで映画のスクリーンから飛び出してきたような美青年である。彼が廊下を横切るだけであちこちから黄色い声援が飛び交う。
”かげみち”という名前も”シャドウ”という愛称に変わっていた。
汐留はこの青年に特別な感情は持っていなかった。
プライベートで女性に囲まれてるのは想像に難しくないが、着任してから3か月その紳士的な振る舞いは好感が持てる。
女子度の高いこの高校で変な噂を聞かないのも、次から次にアタックしてくる女生徒をかわす能力に長けているんだろう。
校長や教頭からの評価も高い。しかし汐留は眩しすぎるこの青年に一線が引けた。
駅前のマックで3年A組学級委員の野上薫子はスマホでメールをチェックしていた。
父親から”今日は知代が料理を作ってくれる。塾が終わったらたまには家で食事をしなさい”「今更何言ってんだか・・・」野上は眉間に皺を寄せた。
知代はママハハだ。連れ子で自分より一つ年下の省吾が最近誘うような態度を取るので、3年に上がってから、食事はもっぱら外食で、塾から戻っても自室に鍵をかけてる。
今日は学校へ行く気になれなかった。スマホが反応した。同じ学級委員の北島守からのメールだ。野上はメールは見ずにマックを出た。
放課後視聴覚委員の3年A組慶事紀之はB組の初音君也とどのCDを流すか言い合いをしていた。
「やっぱ一日の終りはパール・ジャムだろ、”YIELD"かけるぞ!」慶事は紙ケースを開ける。
「お前わかってないな、夕暮れの枯れ時はダイナソーJRなの」
「どっちでもいいじゃん」二人の悶着をよそに北島守はプロコル・ハルムを流し始める。
「なんだ、守が一番わかってんじゃん」初音はイコライザーの調整を始める。
「ああ、パールジャム聴きたいなあ」慶事はI PODを取り出す。
3年A組学級委員北島守は野上薫子のメールの返信をひたすら待ってる。
もっともやっと教えてもらったメルアドも自分からは何度も送ってるものの、返ってきたメールは一回だけしかも学校行事の連絡の事務的なものだった。
北島は野上を追いかけてこの高校に入ったくらい入れ込んでる。さすがに電話をかける勇気はなかった。
慶事が北村のスマホの画面を盗み見た。
「何お前まだ野上のこと好きなの?」
北島は顔を真っ赤にして「うるせーな」と言い返す。
「よせよせ、あいつは本城のこと忘れられんのよ」
「あれ?野上は伊藤にぞっこんのはずだよ…」初音が横槍を入れる。北島は冷や汗が出てきた。
「伊藤シャドウか?まあこの高校の9割くらいの女子があいつに入れ込んでるって話だし」慶事はカロリーメイトをかじりながら他人事のように言う。北島は寒気がしてきた。
「俺帰るわ…」北島は背中に哀愁を漂わせながら視聴覚室を出ていく。
職員室から出てきたシャドウを10人くらいの女生徒が取り囲んだ。
「お前達パパラッチじゃないんだから、道を開けなさい」
「先生マック行こうよー」
「俺は予定があんの」
「何?彼女に会うんでしょ?」
「答える必要ないねー」そう言って、シャドウはダッシュで女子を振り切る。
校門を出て始めの信号まで来て「もう大丈夫だろ」
しかし一人追いついてくる奴がいる。陸上部の浅利恵子だ。
「夜叉八将軍みたいなのがいるな…」
シャドウは更にスピードを上げて颯爽と夕映えに溶け込む。
シャドウほど華やかではないが、新任物理教師栄華武蔵はシャドウ以上にヤバい奴…慶事と初音はそう認識していた。
栄華が天国口高校の女生徒と密会してる所を2度見かけた。
2年B組の短髪美人宝田舞音と3年A組のハーフ美人サファイア・ライト・里見の2人だ。初音はサファイアに気があっただけにスマホで密会写真を撮り、どうしたもんかと慶事と話していた。
栄華は一見華奢に見えるが、近づいて見ると、無駄な肉のない引き締まった筋肉質の体をしている。金縁眼鏡をしてるから、目立たないし、シャドウの陰になってるが、ハンサム、ハンサムしてないイケメンと言えよう。
「どうしたもんかな、栄華から金巻き上げるほど俺らもワルじゃないしな」慶事はコッペパンを食ってる。
「生田とかに言ったらどうなるかな?」初音はどうしても栄華をやり込めたい。
2人ともニヤリとして「ばらしちゃうか?」
「噂には聞いてたが、この照明は凄いな」
伊藤シャドウはバー・リデルに来ていた。客はまばらでカウンターの奥にカップルが一組、手前にTシャツを着た女性が一人いた。
シャドウはTシャツの子の横に座り、スコッチのロックを頼む。ナンパなんてするつもりもなかったが、長髪に見え隠れする横顔が美しかったので、声をかけた「君よく来るの?」
彼女は振り返る。並の美形じゃなかった。シャドウは少々たじろぐ。
気を取り直して「俺は伊藤影道、シャドウって呼ばれてる」
彼女は素っ気なく「天国口高校3年A組我道幸代、もうしばらく学校は行ってない」
我道幸代!?聞き覚えがある。4月の段階ではいたはずだ。俺が先生って気付いてるのかな?
我道はシャドウを見透かすように「伊藤シャドウセンセ、一緒に飲みましょう」
我道のこの世のものと思えぬ微笑みにシャドウは見る見る顔が引きつっていく。
2014(H26)11/1(土)・2019(R1)11/11(月)
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