142話
盛大に舌打ちしてしまいたい衝動をなんとか抑えようと、唇を噛み締めて堪える。
折れた腕の痛みはない。とはいえ身動きはおろか声すら出せないこの状況に苛立ちと憤りが募っていくし、それ以上にどうしようもできない今の自分に苛立ちしかない。
―――こんなところで何をやっているのだ、と。
だが、そうやって周りに責任転嫁していたとしても現状が変わることはない。自らが動かなければ変えようにも変えられないことは、スティーブにも分かっているのだ。
―――だからこそ。
どうにかしてこちら側に有利になるようにと、さらに身体を動かして抵抗した。唯一動くもう一つの腕と手で、懐のなかを静かに動かしながら。
・・・決してこの捕縛している少女に気づかれぬように。
ようやく落ち着いてきたこの空間で、グレイはほっと息を吐く。それから庇っていた身体を起き上がらせると改めてドミニクの傷を診た。
一応一通りの手当てくらいはグレイにも心得がある。その手当てでどうにか命に関わるほどの致命傷を免れないかと思ったのだ。
・・・たとえ手遅れ手前だったとしても、この
だからこそ。
いつも腰につけている自家製のポーチから黒い布で作られた巾着を取ると、その巾着の口を少しだけ開けた。手をなかにいれて目当てのものを見つけると、それを外に取り出していく。
出てきたのは深い緑色をした丸いもの。それから皮膚と皮膚を繋げるための針と糸だ。それをグレイは袋から出した。
変わらずドミニクは眉を潜めて苦悶の表情を浮かべている。呼吸をするのもつらいのか、冷や汗が止めどなく流れていた。
それでも先程よりその表情は苦しそうで。呼吸もだんだんとはやく短い間隔になってきており、それだけでも限界が近いことがわかった。
焦る気持ちを歯を喰いしばって抑えつつ、グレイは深い緑色の丸いものをドミニクの口に近づける。
「これを口にいれてくださいにゃ。この丸薬は痛めどめの効果があるもの、食べて少しでも苦痛を和らげてほしいですにゃ!」
そう言いながらゆっくりとその丸薬をさらに近づけていった。ドミニクも力の入らない口を少しだけ開けて、いれやすいようにした。
喉が動いたのを確認すると、グレイはさらに言う。
「これから少しだけ痛みがきますにゃ。でも薬を飲んだからさっきよりはマシになってると思いますにゃ。だから大丈夫だにゃ、待っていてほしいにゃ!!」
ドミニクを元気づけ、それから針に糸を遠しながらもう一度傷口を確認する。
ドミニクの表情は先程よりかはずっといい。
苦しそうな顔をしていたが少し痛みがひいたからか、随分と落ち着いているようにも見える。あの薬がちゃんと身体に効いているという証拠ともいえた。
グレイは一度目を閉じ、集中力を高めるために深呼吸する。ゆっくりと息を吸い、そしてまたゆっくり吐けば周りの音が急速に遠退いていった。
その状態で目を再び開くと、糸の通った針を傷口の近くに定めた。そして―――
* * * * *
気づかないうちにそれは始まった。
―――
その者はグレイの焦りと制止の声も聞かずに起き上がり、スティーブを抑えていた少女を引っ張り上げ別の方向に押しのけて男に被さった。
誰かの呆けた声が聞こえた、その瞬間。
チカチカと煌めきが少し見えたかと思うと。
―――ドガアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンンンンンンンッッッッッ!!!!―――
襲撃者と覆い被さったドミニクを巻き込んで大爆発を起こした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます