129話
目の前で起こった光景が、何一つ信じられない。
深手を負って倒れている苦渋の表情のドミニクの姿も、傷口からドクドクと溢れ出る深紅の正体がなんなのかも―――そして。
目の前にあるポタリポタリと液体が落ちる、握られた一振りの片手剣でさえも。
ただの一つとしてこれが現実であると、レイラにはとても考えられなかった。
彼女が
だからかはわからないが―――身体はその時の衝撃を鮮明に覚えていたらしい。
目は目前をずっと凝視し、下半身に力が一つも入らず、両腕もだらんとして動かすこともできない。身体のなかにある力の全てが消えたかのように固まってしまっていた。
だというのに上半身は恐怖を感じてガタガタと震え、落ち着こうと呼吸するもまともにすることもままならない。
目線の端では、やっと動けるようになったグレイがこちらを愕然とした表情で見ている。
彼にもドミニクの状態が分かったのだろう―――その手に握られた得物がカランと音をたてて床に落ちた。
一方血の滴る片手剣を握った男はというと。
その剣をブンと唸らせ露払いした
耳が相当良くなければ聞こえないほどに小さい声と言葉だったけれど。
だがそれでも彼女には聞こえていた。―――「放っておけば楽に死ねただろうに」と。
その一言が胸を穿った。言葉が鍵だったのか、今まで燻っていたこれまでの負が炎のように燃え上がる。
ぐるぐると思考が渦を巻いた。
少しずつ精神が歪んで淀んでいく。白い布に黒い色が染み込むように、疑問と恨みと憎しみで思考が次々と埋め尽くされていく。
疑問が思考を埋め尽くした。
―――『なぜ追いかけられなくてはならないのか』と。
―――『なぜ全てを失わなければならないのか』と。
―――『また大切な人を奪われてしまうのか』と。
―――『また大切な人がいなくなってしまうのか』と。
恨みが精神を蝕んだ。
―――『奪うな』と。
―――『幸せを奪うな』と。
―――『笑顔を奪うな』と。
憎悪が波紋のように広がった。
―――憎い。
―――村を滅ぼした男たちが憎い。
―――守れなかった自分が憎い。
―――あぁ憎い。憎いっ。
全てガ憎くてタマラナイっ!!!!!!!
黒いモノが身体を、精神を、一部も隙間なく支配していく。
そうして溢れんばかりに現れて抑えられなくなった頃、胸の上の小刀が答えた。
『ならば全て壊してしまえばいい』
ドクン。
音が聞こえる。心臓のような太鼓のような音が耳の奥で木霊のように。
堪えきれず溢れた涙が一粒、小刀の上に落ちた。
次の瞬間。
ブワァァァッ!! この部屋に炎の熱が溢れた。
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