68話

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 数時間前。

 持ってきた木刀でいつもの素振りをしていたディック。それをようやく終わらせると、流れる汗を持ってきたハンカチで拭った。

 この時間はすでに染み付いた習慣として身に付いているものだ。理由としては幼い頃に剣を習ったから、になるだろうか。レイラを守りたいが為に毎日やっているというもう一つの一因もあるが、大方を占めるのはやはりになるのだろう。




 ここで彼の過去について全容の一部を記述しておく。

 母親から生まれた頃、彼にはすでに剣の才能がその身に埋もれて存在した。いや、正しくは自我が目覚める頃には・・・といった方がいいか。

 そのせいか家訓として剣を習う頃には同性よりも差が開くほどに強く、そして―――その強さ故に、集団から孤立してしまっていた。

 さらには恐れをいだいた家族の者たちが彼に〝病気の療養〟という名目上の理由をつけ、出身の国から遠く離れたストックの村に追いやったのである。


 小さかったディックには、それはさぞ辛いことだったに違いない。なぜなら一人として彼の家族は着いて来ることなく、我が身一つで知らない村に来てしまったのだから。

 ―――しかしそんな中でも剣の素振りを忘れることだけは決してなかった。続けることこそが自らの強さになると、そう信じて。




 朝の日課を終えて客室に戻ると、中にあるお風呂場にすぐ入って汗で臭くなった身体を温かいお湯で清めた。それが終われば用意していた清潔な服に腕を通し、風呂上がりとして水を飲む。一気に飲んだせいか、零れた水が口の端から流れ落ちて喉のほうにまで流れていった。

 飲み終えたコップを机においたあと、椅子に近寄るとぼんやりと座る。


 開けた大きな窓から爽やかな風が軽やかに入り込み、蒸し暑くなってきた客室の中を冷やしていく。

 時間帯はもう昼に近いからか日は高く、外はすでにジリジリと容赦なく太陽の熱に当てられて暑そうだ。暑いのが苦手なディックには、これは相当堪える。


 ぼぅ・・・としながらディックは昨日、ギルドマスターと話をしていた内容を思い出していた。









 とある日のこと。

「………どういうことだ?」

 疑問を紡ぐディックはテーブルの上にあるカップを掴んだ。そのまま口許に近付け、中の紅茶を口に流し込む。

 今は午後。夕方に近く、窓から赤く染まった太陽が中を照らす時間。部屋のなかは暖色がほのかに混じって暖かく見える。風はないが、暑くはなく寒くもない。ちょうどいい温度だった。

 向かいに座ったドミニクは小さく唸ると、

「どうやらあちらはきな臭いことになっておるようでしてな」

 苦笑混じりに説明を始めた。その説明は以下の通りである。



 曰く、これまで彼女―――レイラを狙っていたのは、隣国であるグラスウォール王国で間違いないこと。そしてこれからも、襲撃などの戦闘は避けられないこと。

 曰く、その理由は二十年前に動いた反逆者の一族であるからということ。



 曰く、見つけ次第彼女は―――されるということ。




「反逆者の一族……それはないだろう? あいつの父親―――叔父さんは皆に親しまれていた。そんな人が反逆と言われることをするはずがない。断言できる」

「勿論です。儂もかの男に会ったことはありますが、あんな優しい者が反逆者である筈がない。だからこそその話は嘘でありこちらをかき乱すための情報だ………と、そう睨んでおりますのじゃ」

 すぐさま否定するディック。そのあとにドミニクも肯定の意を示した。

 レイラの父・ダニエルに会ったことがあるからこそ言えることだとは思う。が・・・他の者たちにとってはそうはいかないだろう。おそらくどこかに協力している者たちもいるのだろう。


 ディックは顔をしかめた。

「とすると……何者かがあいつや叔父さんを疎ましく思っていて、今回のことに出た―――そういうことになるのか」

 考え込んだのち、とりあえず一つ結論を出してみる。

「そうなりますな。ただ…………」

 頷くドミニク。しかしその表情はなんとも言えないような、複雑そうなもので。それを見たディックが、

「……やはりお前には全てわかっているのだな」

 と呆れたように呟いた。

 悔しそうな顔をみてドミニクは豪快に笑う。

「勿論ですとも。ただの老骨ではない、これでも元傭兵ですからな。だがしかし………これはあくまでも憶測に過ぎんのです。あまり信用はせんでくだされよ?」

 少し間を置いてから口を開いた。





? 二十年前のものなどすでに時効切れで、そのような効果などあってないようなものだ。そもそも証拠なぞ随分と時間が経った今となってはひとつも残っていないはず。それをなぜ今さら探すのやら………」

「ふむ」

「それともう1つ。気になるのは、ということです。なにかあるからそういったことが起こった。それは聞いていてもわかっていることでしょう。がしかしだ、その利益とはいったいなんなのか……先程言ったことよりもそれがいっこうに分からんのですよ」

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