誰が為に、華は咲く―3―
「……天華。お気持ちは本当にありがたいのですが」
所変わって、ここは天華と來夢の自室。時刻は門限にはまだ余裕があると言ったところだろうか。
この日の來夢は、朝から緩む頬を抑えきれないでいた。というのも、言わずもがな、愛しの“ミヤさん”とのデート(と言う名の勉強会やお喋り)(ああ見えてきちんと健全なお付き合いなのだ)を控えていたからである。
勉強がひと段落ついた頃合いで、さり気なさを装い「そういえば、同室の後輩がお土産にケーキを買って来てくれるそうです。一休みにいかがですか」との決め台詞を喜んでくれた彼女の為、來夢は早速、一度談話室を出て、こうして天華の帰りを今か今かと待っていたのだ……が…………。
「いくら何でも、これはさすがに買いすぎでしょう!」
「…………」
ショートケーキにチョコレートケーキに苺と桃のタルトにチーズケーキにレアチーズケーキにティラミスに桜色の限定プリンに桜の限定ベリーパイにその他諸々エトセトラエトセトラエトセトラ etc.......
え、パーティーでも開くんです?ってな具合のスイーツがテーブルにズラリと並べられ、來夢は堪らず叫んでしまった。ああ、甘いひとときがすぐそこで待っていてくれているのに、ここに来て何と言うまさかすぎる展開。現実を甘く見過ぎていたとでも言うのだろうか?何だかさっきから甘い甘いって、日本語って本当にムヅカシイ。
──って、そんな事はどうでもいいんです!
來夢は首を降り、心の中で盛大に突っ込んだ。何度見てもとんでもないが、恐らくざっと十五種類はあるだろう(途中で数えるのは止めたが)。いくら天華が無類のスイーツ好きとは言え、いくらこの内の数個はお土産用とは言え。予想以上の量の多さに、來夢が頭を抱えてしまうのも無理はない。
「私とミヤさんの分も考えて多めに買って来てくれたんでしょうけど……でも、貴女らしくないじゃないですか!どんなに美味しくても『もっと色んなお店を試したいから』って、お持ち帰りは二つまでと決めたのは天華でしょう?」
「…………うん」
「て、天華?」
「うん、ごめん」
「……い、いえ、わかってもらえたならいいんです。そんな天華がつい買いすぎてしまうくらい、気に入ったっていう事なんですよね、このお店を?」
「うん……」
「……? あの、取り分けておきますよ。天華の分はどれですか?」
「……いらない」
「……何ですって?」
「今、いい……來夢に全部あげる」
「……Oh,My God」
明日、地球が滅亡する。
ジョークでも何でもなく本気でそう思った來夢は、半泣きで恋人の元に舞い戻った。それでもちゃっかりケーキとタルトは有難く頂戴して行ったのだが……
*
「で?」
「で?って何?」
「とぼけないでください」
就寝時間。双方に設置されているベッドに包まりながら、來夢は、上の空状態の天華の核心に迫った。もう消灯済みなのでお互いの表情は薄っすらとしか見えないけれども、だからこそ話せる事もあるはずで。そしてきっとこれは正にそんな話な気がして。
「今日、何があったんですか?」
生徒会メンバーや親しいクラスメート、“ミヤさん”の同室の子に分けても余ってしまったスイーツ達を思い出しながら、単刀直入に聞く。
「お兄さんと喧嘩でもしたんです?」
「……別に」
「……ですよね。もしそうだったら、あんなに買ってもらえる訳ありませんもんね」
さもありなん、といった様子の來夢に、「ああ、そういえば兄さん、帰り際ヤケに財布を気にしてたな」とか何とか思ったりもした天華だったが、ここはとりあえず無言を貫いておく。
「……言いたくなかったら、別に、私も無理には聞きませんけど。でも……天華?」
「何?」
「冷蔵庫に、食べ切れなかったケーキがいくつかありますよね。私は……まあ、一日くらい置いても大丈夫だと思っていますが、天華はそれを許さないタイプじゃないですか」
「……そうね」
「買っておいてその日の内に食べないなんて、スイーツやパティシエに失礼だ!ってずっと前に言ったの……覚えてますよね?」
「…………」
「責めてる訳じゃないですよ」
そう言う通り、來夢の口調は優しい。まるで、子供の無邪気な悪戯を静かに諭す聖母のようだ。
「貴女のスイーツにかける情熱はよく理解しているつもりです。いつもならこんなミス、絶対にありえない。そうでしょう?」
「……うん」
「だから、心配なだけなんです。私でよければ、いつでも話を聞きますからね」
対する天華も、この時ばかりは幼い少女かのように大人しくなる。意地も去勢も張らず、素直に來夢の言葉に頷くばかりだ。
「……ありがとう、來夢」
「いいえ」
「それと、ごめんなさい。明日、兄さんにもごめんってメッセ送っておくわ」
「なら、お礼の方がいいんじゃないですか?いえ、そうしてください。ミヤさんもみんなも、本当に喜んでくれてましたから。もちろん私も」
「……そうね、わかった。そうする」
「ええ。さ、明日からは朝の挨拶運動が始まりますし、もう寝ましょう。また一週間忙しくなりますよ」
「そうだった……あーあ」
「そう面倒がらずに」
「明日は……食後に必ずデザート付けるわ」
「ふふふ」
雰囲気からして普段の天華に戻りつつあるのがわかった來夢は、ようやくほっと胸を撫で下ろし、首まで布団を被った。αが濃い為の特別視が悩みの彼女を昔からよく見てきた身としては、唯一の楽しみでさえどうしてか満足に取れなかった親友が気掛かりだったのだが……
(ひとまずは大丈夫そうですね)
報われそうなスイーツらの未来を想い、そっと目を閉じる。
実はかく言う彼女も、以前までは天華と似た境遇だった。周囲のプレッシャーに耐えかね、どうにかこうにかギリギリでやれていただけの。年相応に思い悩んでいた時期が、この少女にもあったのだ。
……逃げ出したい、何処でもいい、誰も私を見ない場所へ……漠然とそう考え、ふらふらと足を運んだ、人がまばらの図書室にて。二年前の初夏……來夢は───奇跡の出逢いを果たす。
──私のように心を寄せられる人が、いつか天華にも出来たら。
そんな事を考えながら寝る体制に入ろうとした來夢へ、天華が最後に。
「……ねぇ、聞いてもいい?」
「何ですか?」
「來夢は……彼女と初めて会った時、どう思った?」
「……ミヤさんと?」
前言撤回。本当に普段通りなら、天華は自分からこんな質問はしない。いやむしろ、何故か避けたがる傾向にあるはずだ(※世の鉄則として、原因は総じて無自覚なり)。
ギョッとしてつい、もう一方のベッドに顔を向けた來夢だったが、案の定、豆電球如きでは天華の表情は窺い知れない。けれども、場を茶化そうとして聞いたのではない事だけは、すぐに察した。來夢は、ふっと肩の力を抜く。
「……そう、ですね───」
そして、しばしの逡巡の後、限りない想いを……あえて、一言で表した。
「──運命だと、思いました」
「……運命」
「はい。私は、この人を幸せにする為に生まれてきたんだと、そう……本気で思いました」
そしてそれは、今も。……と。小さく、しかし確固たる信念を込めて続けた來夢の言葉に、天華は何も返さない。
「あ……なんて、やっぱり可笑しいですかね? 」
沈黙に耐え切れず、來夢は恥ずかしそうに自嘲した。それは、笑われても仕方がないと覚悟した、自衛の笑みでもあって。
だが、それを聞いても天華は、笑うどころか。何も答えず、ただ、呟くように。
「運命、か」
と、零しただけ。
あの現実主義者である天華が、ロマンス小説のように甘く曖昧な確信を、否定しないでいてくれた。ただそれだけの事が、どれだけ來夢の心を温めてくれるものか。
誰でも、誰とでも、結ばれても良い新時代。
何て平和的。何て繁栄的。何て未来的。
そんなご時世で、特定の誰かに“運命”を感じるのは、間違っているかもしれない。誕生してからまだ十数年間しか経っていない今、この人が自らの“唯一”と決め付けるのは、余りに早計かもしれない。
けれど、少なくとも。一人の少女がまた前を向ける様になったのも。相手に相応しい自分になろうと、頑張る自分を好きでいられるようになったのも。相手の幸せが自分の幸せでもあるのだと。いついつまでも夢見ていたい気持ちになってしまうのも、全て……全ては─────。
愛の始まりは、いつだって出逢い。
「話してくれてありがとう。じゃあ、お休み」
「はい、お休みなさい」
──私の方こそ、ありがとう。
と、心の中で付け加えた來夢は、今度こそ緩やかに意識を手放した。
もしかしたら、この子にも、運命を信じてみたい人が……? なんて予感を、うつらうつらと感じつつ…………
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