空瓶を集め、囚われの姫を助けに。

「一体何だってこんなところに…もう時間が無いってのに」


 一人愚痴る言葉はエンジンを止めた車の中で静かに響いた。 


「本当ね…馬鹿げてるわ、こんなの」


 後部座席の隣に座った女が無感情に呟く。 


 もう夏を迎えた車内は夜とはいえ暑く、じんわりとした湿気で満ちている。 


「なあ、なんでお前まで居るんだよ?着いてくることないだろうが!」


 自身の焦りと肌の表面に染み出てきた脂汗の不快さに言葉がトゲつくけれど、それをおもんばかる余裕なんて無い。 


 ただ、状況の深刻さと件の彼女の言葉が俺を苛立たせたのでそうなってしまった。


「…別に、ただ仲間は多いほうがいいんでしょ?それに…」


 彼女は無言で下に視線を向ける。 気まずい雰囲気に息がつまりそうだ。  


「ったく、早く戻ってこいよ…なんだってこんな時に」


 少しでも緊張から逃れたくて窓から外を見ながら毒づく。 視線のはるか先には眩しいくらいの光で照らされたスーパーの入り口が見えた。


 無駄にだだっ広い駐車場の中には俺達の車しかない。 閉店準備をしているのかたまに店員らしき人が遠くのほうで忙しく動き回っている。


 白音達をさらった男達が指定した時間までもう時間が無い。 


 メールを受け取った俺達はすぐに芳樹さんが用意した車に乗って店を出た。 


 途中、ここに残れと言った俺と着いていくと主張した麻愉の間で言い争いがあったが『仲間は多いほうがいいにゃ~』と芳樹さんに言われ渋々と四人で乗り込んだのだ。


 そのまま明さんのマンションに向かい、『ミドリ』を取ってきて目的地に向かう途中で車は唐突に深夜でもやってるスーパーの駐車場へと車を滑りこませた。


「なんか暑いから飲み物でも買ってくるわ~」


 焦れる俺を無視して車から降りると明さんを同行させて彼は行ってしまった。


「まっ、俺に任せておけや」とだけ言って。


 なので車内には俺と麻愉だけが残っている。 車に乗り込んでから俺達の間に言葉は一つも無く。 やっと交わした会話が先ほどだった。


「本当に馬鹿げてる…馬鹿げてるわ」


「俺だってわかってるよ、ただ今はあの人を信用するしかないんだ」


 言っていて本当に大丈夫なんだろうかという不安が胸によぎるが、それ以上に白音のことが気になってしまう。 


 怪我をしていないだろうか、不安になっていないだろうかと。


「そうじゃなくて!あなたのことよ!」


 大きな声に驚いて思わず降りかえる。 やや離れたところのライトによって車内は薄暗い。 

  

 なので麻愉の顔が見て取れた。 何か怒っているような、でもそれを言えないような複雑な表情だ。


「だから助けに行くのは俺達だけでいいっていっただろ!そんなに不満ならどこかに隠れてろよ」


「違う!そうじゃない…私が言いたいことはそこじゃないの!」


「ああっ!うるさいから少し黙ってろって!」


「……!変わったよね…君」


「だから一体何の話を……」


「あの子が来てから…せっかく少しはマシになったていうのに…」


「俺は変わってない…もともとこういう奴なんだよ」


「違う…絶対に変わった。 初めて会った時は…ううん、そうじゃなくて…ああ!もうっ! こんな話をしたいわけじゃないのに!」


「おい!やめろって!」


 乱暴に髪を掻きむしるので彼女の長い髪がパラパラと太ももに落ちていく。 

  

 慌てて止めようと手を出したところで、


「何をしてんのよ、お前達」


 突然、運転席のドアが開き、芳樹さん達が顔を見せる。


「い、いえ…別に」


「まったくこれから危険な旅路へ向かう途中だってのに若い奴らは元気だね~、おじさんは荷物を運ぶだけでお疲れだってのによ」


 とげとげしい言葉とは矛盾するようなニヤニヤ顔で後部座席にいる俺のところへと箱を投げてくる。


「ちょっ!買いすぎで…ってこんなのどうするんですか?」


 渡された箱の中身は空瓶でギッチリと詰め込まれている。 栓はされているが、中味は無い。 


 一体なんでこんなものを買ってきたんだ?


「はい、麻愉ちゃんはこっちね、ちょっと冷たいけどごめんね、ああそれと危ないから窓は少し開けておいてね」


 明さんは明さんで麻愉に同じくらいの箱を丁寧に手渡す。 中味はビンとは違うようで気のせいか暑苦しかった車内の温度が冷えた気がする。


「それじゃ…囚われのお姫様達を助けに行きますかね」


 なぜか安心できない笑みを浮かべ、助手席の明さんにパンパンに何かを積めた袋を手渡しながらこちらを振り返る。


 そんな芳樹さんに俺達は何も言えず頷いた。


 

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