第42話「どうも、彼女の羽咲です?」

 第四十二話「どうも、彼女の羽咲うさぎです?」


 「はい、問題ありません、少し前にターゲットと接触しました……はい……」


 ラウンジの隅の席に潜むように腰掛けた少女が独り……

 ヒソヒソとスマートフォンに向かって話している。


 「今のところ問題無いようです、はい、もちろん今日中に落として見せます、ご心配は無用です、ふふ、余裕ですよあんな男、え?……はい」


 少女は電話の相手から何か指示されたらしく、遠くで腰掛けて雑談する一組のカップルの方に目を凝らした。


 「……あ、はい、あります!なにか長い布袋が……えっと剣道の竹刀のような……え?それを奪取ですか……はい、出来なくは無いと思いますが……解りました」


 怪しい少女は、通話相手にそう応えると電話を切り、そっと立ち上がった。


 ーー

 ー


 「いえ、ちがいますよ先輩、六花りっか桐堂とうどう先輩のファンじゃないです、あはは、それは姉ですよ」


 「そ、そうなのか……俺はてっきり」


 ーー俺は未だかつて無い状況にある……


 「桐堂とうどう先輩って、一見格好良いですけど、六花りっかには苦手なタイプなんです……なんだか、自信満々で自己中心的な感じっていいますか……」


 ーーそれは女子との二人きりの会話だ!


 いや、羽咲うさぎ御前崎おまえざき先生とか……あとヨーコとも話した事はあるけども……それはかなり特殊な部類だろう?


 御前崎おまえざき先生は担任だし、ヨーコは妖怪?幽霊?だし……


 羽咲うさぎは…………ビジネス……パートナー……だろうしな……少なくともあいつに取っては…………


 「ああ、まぁ確かにそうだけど……あれで中々、他人思いなところもあるし……いや、勘違いされやすいんだと思うぞ、言い訳とか苦手そうだしな彼奴あいつ、けど意外と……」


 「…………」


 「えっと……何か変なこと言ったか?」


 気がつくと目の前の女子……深幡みはた 六花りっかは不思議そうに大きな瞳をクリクリと興味深そうに光らせていた。


 「いえ、男子が桐堂とうどう先輩のフォローするところって初めて見たので……」


 「本気マジで?……あいつ人気者なのに?」


 ーー桐堂あいつは俺と違って順応力も適応力も豊富で、友達も多そうだが……


 「一部の女子には、ですよ、それに男子も面と向かっては……」


 「なるほど、やっかみか?人気者も大変だな……」


 男女共に人気があるって事はアンチも多数存在するってことか……

 俺みたいなボッチには理解できない感覚だが、人気者も大変だなぁ


 とか考えているとーー


 「やっかみなら、鉾木ほこのき先輩もですよ?」


 「は?」


 ショートボブの可愛らしい少女は少し呆れたように、まるで他人事の顔をしていた俺を指さした。


 「なんかプラチナブロンドの凄い美少女をいつも校門前で待たせてるとか、それに討魔競争バトルラリーでも…………あっ!」


 そこまで話した少女は、しまったといった表情で口を押さえる。


 ーー正直なだなぁ……


 俺は、目の前の少女……その好ましい性格に、俺にとっては多分嫌な話題である、陰口を散々囁かれているであろう討魔競争バトルラリーの件が出たにも拘わらず、思わず口元が綻ぶ。


 「いや、気を遣わなくていい……”いかさま野郎”ってことだろ?……気にならないって言うと嘘になるけど、別に俺がどうこうできる問題でもないしな」


 「…………」


 なら、彼女が気にならないようにと、軽く笑って流そうとした俺の顔をその少女はじっと見つめて来て……


 「……え……と……なに……かな?」


 「…………六花りっか、なんだか……六花りっかは先輩と話せて解ったような気がします」


 「え、えっと……なにが?」


 「いいえ、こっちのことですよ、それより桐堂とうどう先輩のこと、意外となんです?」


 彼女は口元をニッコリとさせ、ひとりで何事かを納得した様子で笑う。


 「ん?ああ……意外と面白いぞ、観察していると中々に興味深い」


 俺はなんだか分からないが、それが好意的であるのなら別に良いかと、彼女の問いかけに答えることにした。


 「ぷっ!あはは、駄目ですよ先輩、観察って、それじゃあ、お花とか、昆虫の……」


 「そうか?じゃあ、夏休みの自由研究にでもするか」


 「あははっ」


 そうして、深幡みはた 六花りっかという一学年下の少女は、屈託無く笑った。


 この笑顔を見ていると、最初の緊張気味の雰囲気とは大違いだ……ていうか俺もだけど。


 「あははっ」


 「ははっ……」


 「お楽しみのところ申し訳ないけど、ちょっといいかしら?鉾木ほこのきくん、六花りっかも」


 二人で笑い合っていたところに声がかかり、俺の背後には、目の前の少女と瓜二つの少女がいつの間にか立っていた。


 「一花いちか姉さん……」


 そして、目の前の少女の顔が少しだけ……曇る?


 「ええと……深幡みはた 一花いちか……さん?」


 昨日までうろ覚えだったクラスメイト……

 俺は目の前の少女の姉である深幡みはた 一花いちかの名前を確認する。


 背後の少女は頷くと、ニッコリと俺に笑顔を向けた。


 「妹はどうかな?鉾木ほこのきくん、こちらからは良い雰囲気に見えたのだけど……」


 「ね、姉さん!」


 急に落ち着かない感じになる妹、深幡みはた 六花りっか


 俺には、容姿が酷似していても、なんだかこの一花いちかという少女の笑顔は胡散臭く思えた。


 「えっとね、鉾木ほこのきくん、提案なんだけど、ふたりはとりあえず付き合ってみたらどうかなって思って……」


 「……」


 俺はなんとなく……ほんと根拠は無いが、なんと言うこと無いが……その少女を怪しく感じて、言葉を発しない。


 「六花りっかも、私の見たところ満更まんざらでも無いでしょう?どうかな、私は良いと思う……」


 「それは、貴女あなたが決めることでは無いでしょう?」


 「!?」


 「へっ!」


 俺は間抜けな声をあげていた。


 ーーそこに割り込む少女がもう一人……


 俺の側面方向少し離れた位置で……深幡みはた 一花いちかを見据えて立ったプラチナブロンドの美少女は、俺の最もよく知る……人物だった。


 「う、羽咲うさぎ!……」


 「……」


 間抜けな声だけで無い、多分間抜けな顔もしていたろう俺の方を一瞥しただけで、羽咲かのじょは、俺の背後の人物に鋭い視線を向ける。


 「……初めまして、えっと枸橘からたちの……校門前によくいる枸橘からたち女学院の方ですよね」


 深幡みはた 一花いちかは全く動じた様子も見せず……いや、さっきは同じように驚いていた気もするし、意図的にそう取り繕ってだろうか?……羽咲うさぎにそう問いかけた。


 「…………」


 対して無言でにらむ羽咲うさぎ翠玉石エメラルドの瞳は、いつになく厳しい。

 これではまるで、敵を見る瞳だ。


 「私は深幡みはた 一花いちか鉾木ほこのきくんのクラスメイトです、それでこっちは……」


 だが、そんな視線もお構いなしに自己紹介を続ける姉の方のショートボブ少女。


 「…………」


 しかし、羽咲うさぎはそれを無視して、ツカツカと俺の方へ歩み寄り。


 ーーグイ!


 俺が座るソファーと傍らに立っていた一花いちかの間に割り込むように入って、一花いちかをあからさまに牽制する。


 「……」


 終始、作り笑顔で表面を装っていた一花いちかも、流石に羽咲うさぎを睨みながら、二、三歩離れて対峙する。


 「盾也じゅんやくん、あなたのクラスメイトってあまり手癖が良くないようね」


 「へ?」


 羽咲うさぎは座ったままの俺を見下ろしてそう言う。


 「あ、あの……」


 険悪な空気を払拭しようとしてか、健気にも、正面に座る六花りっかが自信なげに言葉を発しようとした。


 「ご機嫌よう、わたしは、羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル……鉾木ほこのき 盾也じゅんやくんの彼女です、よろしくお願いしますね」


 深幡みはた 六花りっかの言葉を遮るように、一転、如何にも社交的な笑顔を浮かべたプラチナブロンドの美少女は、夏らしい花柄のフレアスカートの裾をつまんで優雅に挨拶をしていた。


 ーー!?


 「……かのじょ」


 「…………」


 深幡みはた 一花いちかが不機嫌に、六花りっかが驚いた丸い目で……姉妹がお互いに顔を見合わせる。


 ーーお、おい、何を言って……彼女?


 そして俺は……唯々、狼狽えてキョロキョロと少女達の顔色を伺っていた。


 「……」


 二人の深幡みはたという少女は黙って羽咲うさぎを見ているが……


 ーーにっこり!


 ファンデンベルグ帝国のご令嬢、羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル様は一見友好的だがなんだか挑発的な……そんな輝く笑顔でそれに応じている。


 ーーこ、怖っ!


 これが上流階級世界ハイソサエティの常識なのだろうか……


 「……六花りっか、なんだか込み入った事になりそうだから……今日のところは帰りましょう」


 「い、一花いちか姉さん?」


 戸惑い気味の妹を促して、さっさとラウンジの出入り口に歩き出す一花いちか


 妹の六花りっかも戸惑いながらもそれに続く。


 ーー

 ー


 俺はその何が何だか解らない状況を呆然と見送りながら……


 「……羽咲うさぎ……えっとこれは……」


 恐る恐る尋ねた。


 座ったままで……というか、なんだか立ち上がるタイミングさえ逃して……


 「これは?」


 俺の言葉を受け、恐ろしく光る翠玉石エメラルドの瞳。


 ーーゴクリ


 その迫力に俺は思わず生唾を飲み込む。


 「あ、鉾木ほこのき先輩ぃ!ほんとに今日はいい天気ですね、木村大臣の不倫問題は六花りっかもどうかと思いますよ、趣味はビーズ小物作りです、ではまた学校で!」


 油断していたところに、ラウンジの出入り口付近から突然そう声がかけられる。


 深幡みはた 六花りっかは、ひらひらと顔の前で小さく手を振って、ニッコリと微笑んでから、少し小走りで既に去った姉の後を追って行った。


 「……はは」


 少女が見せた去り際のその可愛い仕草に……俺はなんだか一時的に状況を忘れ、微笑ましくなって笑っていた。


 「……ふぅん」


 ーーっ!!


 そして、直ぐに傍らの肌を突き刺すような冷たい視線に我に返る!


 「えっと……う、羽咲うさぎ……?」


 「ほんと、良い天気だわ、それに不倫問題って最低だわ……ね、盾也じゅんやくん?」


 去り際の六花りっかをまねて話す羽咲うさぎ


 「……そ、そうだな……で、ご趣味は?」


 ギシリ!と関節が軋みそうなほど畏まった俺は、よせばいいのに続きを促すようなそんな余計なことを口走る。


 「……浮気ばかりするような不届き者を斬り捨てることかしら?」


 「うっ!」


 ーーひ……人斬りは趣味とはいわない……と思う……


 強ばった表情のまま、最早、高級リゾートホテルにあるラウンジのソファーと一体化した俺に彼女は優しく微笑みかける。


 「色々とお話したいことがあるの……もちろん、良いでしょう?」


 「や、ヤー…………」


 不慣れな異国語を発した椅子人間、鉾木ほこのき 盾也じゅんやの首は縦にぎこちなく動いていた。


 第四十二話「どうも、彼女の羽咲うさぎです?」END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る