第18話「だから、ジュンジュン言うな?」

 第十八話「だから、ジュンジュン言うな?」


 「待てと言っているだろうが!そこのけ しんた!」


 職員室から出た俺にしつこく追いすがり、前に回り込んで通せんぼをする”でくの坊”。


 「おまえな……桐堂とうどう、さっきから名字も名前も、一切一致してないぞ」


 「そ……そう、なのか?……えっと……」


 意外なことに、驚いた顔で俺をマジマジと見る男。


 ーーこいつ、わざと馬鹿にしていたんじゃなかったのか?


 とは言え、全然眼中に無いという点では同じか……俺も人のことは言えんが……


 「俺の名前は鉾木ほこのき 盾也じゅんやだ、”ジュンジュン”と呼んでくれても良いぞ」


 俺は嫌みも含めて適当に言い返してやった。


 「そうか、悪かった……鉾木ほこのき……いや、ジュンジュン」


 「……」


 ーー本気マジか?……この男……というか、この反応ってただの天然……馬鹿?


 顔も頭も能力も三拍子揃ったいけ好かない男、どうやら俺が勝手に抱いていた、桐堂とうどう 威風いふうのイメージと実際の人物は少し違うようだ。


 「…………」


 なんだか俺が僻んでいただけのようで非常に居心地が悪い。


 「それで、何の用だ?桐堂とうどう 威風いふう


 俺は唯々この場を早く切り上げたい一心で、未だ困った様子の男に用件を尋ねた。


 「あ、ああ、そうだった、ジュンジュン、臨海祭りんかいさいの件だが、人間的に優れた方の僕が断るのは当然あってしかるべきだが、劣った方のキミ、助けられるべき立場の、哀れなキミがそれを断るのはおかしいんじゃ無いか?これでは僕が断られたようで不愉快だ!」


 「…………」


 いや、やっぱり、イメージ通りの男であったらしい。

 ていうか、嫌みで無く普通にそういう価値観っていうのが非常に憎たらしいな……色男め!


 「どうだい?ジュンジュ……」


 「どうせ、断るなら同じ事だろう?それから”ジュンジュン”はやめろ」


 今の俺は、早くこの不毛な話題を切り上げたい一心だが、何だか相手は変な拘りがあるようだ。


 「全然違う!僕から断るのと、断られるのでは違うだろ!ジュン……鉾木ほこのき!」


 ーー……ふぅ


 どうも……変なところで律儀なところがあるし、嫌みと言うより、単純に能力主義、格下は格下という価値観らしいが……


 「…………」


 納得いかないという顔で俺の前に立ちはだかる”でくの坊”。


 ーーで、まぁ結局、要はプライドの問題ということか……これだから優等生は……


 「…………どうしろと?」


 色々と面倒くさくなった俺は相手の要求を聞く。


 「おぉ!」


 途端に桐堂とうどう 威風いふうは安心したように口元を緩めた。


 「キミは一度、僕にすがりたまえ、”単位が危ないから学校一の実力者、桐堂とうどう 威風いふうくん助けて下さい”って、そうしたら……」


 「そうしたら?」


 「それから僕が断る!生憎僕はそんなに暇じゃ無いのでね」


 ーーって、断るんかい!


 「どうだい?これが世の中のあるべき姿だよ」


 目の前にしたり顔で頷く馬鹿がひとり。


 「面倒くさいからやだ」


 こんな頭の緩いヤツに付き合っている時間は無い。

 俺は簡潔に回答して先に進もうとした。


 「ちょっ、待てって、鉾木ほこのき!それじゃあ僕のプライドが……」


 ーー知るか!おまえの珍妙なプライドなんぞ……


 無視してスタスタと廊下を歩く俺。


 「待てって、待って……頼むよ、一言!一言頼みますって言ってくれれば僕のプライドが満たされるんだ……お願いします!この通り!鉾木ほこのきくん!」


 歩きながらペコペコと頭を下げ、両手を合わせて懇願する大男。

 廊下を行き交う生徒達が何事かと、俺達二人を見ては目を丸くしている。


 「…………」


 いや、もう別の意味でプライド無いだろそれ……

 俺は何だか難儀な男に関わってしまったなぁと考えながらも歩みを止めない。


 いや、正直、一度頼んでやるくらいどうって事無いが、こうなると何だか頼んだら負けのような気がしてくるから不思議だ。


 スタスタッ!


 俺は更に足取りを速めて、しつこく追いすがる男を無視しつつ、最早走る早さで歩く。


 「おい、ちょっと、一体どこに行く気だ、鉾木ほこのき、おーい鉾木ほこのきくーん……」


 泣きそうな声ですが桐堂とうどう 威風いふう


 ーー鬱陶しいな……


 「……家に帰るんだよ、裏門から」


 もともと時刻は、もう放課後だ。

 この件で職員室に呼び出されてさえいなければ、とっくにそうしていたんだ。


 ーー俺は忙しいんだよ!


 「裏門?なんでそんな所から?……ああ、なるほど!」


 なにか納得した顔をしながら、今も尚、しつこく付きまとう男。


 「確かにキミのような人間にはお似合いかもな、”裏門”、なんて愚かで情けない響きだ、ろくでもない人間にはそう言う情けない場所がお似合いだ……はははっ」


 なんか知らんが、裏門をディスり始める男……なにがヤツをそうさせる?ほんと謎だな。


 スタスタッ!


 その間も俺はかまわず速度を保ったまま歩く。


 「……ちょ、ちょっと、鉾木ほこのき、なに無視して……はぁはぁ……鉾木ほこのきくん!?」


 ーーちっ!


 だが、俺はとうとう本当に面倒くさくなってつい足を止めていた。


 この意味不明男に根負けしたともいう……

 因みに裏門はもう目の前だ。


 「おっ……やっと僕の話を聞く気に……」


 俺が止まった途端、息を切らせながら俺の隣でパッと顔を輝かせる男。

 頬を高揚させ、瞳を輝かせて俺を見ている。


 ーーそんなに俺に話を聞いて欲しかったのか……乙女かこいつは……


 「いいかい鉾木ほこのき、キミは対幻想種技能別職種エシェックカテゴリなんて貴重な能力を持っていない一般人……いや、聞いたところによると勉強もスポーツも並以下の、ましてや僕とは比べものにはならない、僕より数十段、いや数百段は劣った人間だ、そんなキミが……」


 ーっ!


 「聞いてるのか?おい、鉾木ほこのき


 もちろん聞いてない。


 俺は立ち止まり、桐堂こいつは気づいてないだろう、裏門に立つ人影を見ていたのだ。


 「鉾木ほこのき、キミは女子の人気も無いだろう?僕にはファンクラブまである、キミはどうだ?女の子と話したことも無いんじゃ無いのか?ふふふ、申し訳ない、これはちょっときつい質問だったかな……」


 「……」


 「え、えーと……鉾木ほこのき?」


 何を言っても反応しない俺に、桐堂とうどうは怪訝な表情を浮かべていた。


 俺はと言うと……視線は裏門前に立つ人物……そこを見たまま……


「…………あれは……だよな……やっぱり……」


 ーー

 ー


 「あ、やっぱり来た!おーい!盾也じゅんやくーん!」


 「なっ!」


 小走りに近づいてくるプラチナブロンドの美少女に、目の前の自他共に認める色男は間抜けな顔で固まっていた。


 「く、クイーゼルさん!……ほ、本物!?」


 ーーなんだそれ?羽咲うさぎに偽物がいるのか?


 「前に裏門こっちでって、しきりに言っていたから、ここで待ってると会えると思ってたのよ」


 楽しそうにそう言いながら俺の元に駆け寄る、プラチナブロンドの少女。


 ーーしきりにって……なんだか俺が裏門大好き人間みたいだろうが、それじゃあ……


 「……今日は何の用だ、特訓の約束は今日はしていないはずだが?」


 ぶっきらぼうな俺の問いかけに、羽咲うさぎは少しだけ不満そうな顔をした後、ニッコリと微笑んでビシリと俺を指さす。


 「友達いないでしょ!貴方」


 ーーうわっ!なんてこと言うんだお嬢さん……


 「……喧嘩売りに来たのか?」


 俺はその白い指を見ながらその相手を睨む。


 楽しそうに笑えない冗談を……まったく、ガラスハートの俺は、下手したら明日から不登校だぞ。


 「ふふ、ちょっとね……様子を見に来たのよ……ちょっとだけ」


 軽口の後は微笑みながらも、僅かに翠玉石エメラルドの瞳を逸らして答える羽咲うさぎ


 ーー解ってる……彼女はまだ俺のアザのことが気になっているのだろう

 ーー勝手に無茶をしていないか、傷の具合はどうか、とか……


 ほんと、闘いでは無茶振りするくせに、普段は責任感がお強くてご苦労様なことだ。


 そう思いながらも、実は俺だって悪い気はしない。


 正直、今までそんな心配をしてくれる存在は無かったし、それがこんな器量の女子ならなおさらだ。


 「……あれ?……その隣のひと……もしかして……」


 そこまでして、羽咲うさぎはようやく俺の後ろの大男に気づいたみたいだ。


 「……いや、これは」


 俺は何だか説明に困る。


 「……って事無いよね、盾也じゅんやくんに人間の友達がいるはずないから、ねーー」


 「ねーーじゃねぇ!俺に箪笥たんすや机の友達はいない!」


 ーー勝手に失礼な結論出しやがって……当たってるけど……


 「でも、貴方の部屋には……」


 「あれは家具だ!家具!おまえの家にもあるだろうが!」


 ーー多分俺が想像できないようなご大層で超高級なのが……


 羽咲うさぎはクスクスと、可愛らしい桜色の唇を白い指で押さえて笑う。


 「…………」


 こんなやり取りも、ここ最近は多い。

 いや、別に、にやけては無いからな、俺は……


 「じゃあ……ともだち?」


 「全く違うね、俺は無機物の友達はいないが、人間の友達もいない!」


 俺は全く自慢にならないことをキッパリと言い切っていた。


 「おい……鉾木ほこのき鉾木ほこのきくん、もしもーし?」


 「……」


 ーーちっ!


 「鉾木ほこのきくん……あのーー」


 ーー面倒臭いな……


 「……なんだ?紹介して欲しいのか?」


 俺は桐堂とうどう 威風いふうの物欲しそうな顔を見ながら、ものすごーく嫌そうな顔で尋ねた。


 すぐさま”コクッコクッ!”と激しく首を縦に振る大男。


 うざっ!いちいちリアクションが大げさなんだよ……


 「しかし、お前なんかさっき言ってなかったっけ?裏門なんてものはろくでもない人間が……」


 「あえて裏門で待つ!クイーゼルさんの様な高貴な方の奥ゆかしい思考は、さすがにファンデンベルクの名門貴族の出自がなせるわざといえますね」


 俺の言葉をかき消すように、勝手に割り込む、桐堂とうどう 威風いふう


 ーーなんだそりゃ?裏門って高貴なのか?


 「…………」


 そして、当の羽咲うさぎはどこか困ったようにしながら、俺の方をチラチラ見ていた。


 ーーなんだ?人見知りするようなヤツでは無いと思うが……


 「えっと……盾也じゅんやくん、この人、盾也じゅんやくんの友達じゃ……ないんだよ……ね」


 羽咲うさぎは怖ず怖ずと遠慮がちに聞いてくる。


 「ああ、違うぞ、これっぽっちもな」


 そう答えた俺に頷くと、彼女は、長身の色男の方を見上げていた。


 「う……!」


 それだけで顔を真っ赤に染めて固まる自他共に認める色男。


 ーーこいつ本当にモテるのかよ……


 「あの……ごめんなさい、わたし知らない人とはコンタクトを取らないようにしているので……」


 ガガーーーン!


 と言うような擬音が見えるほど悲痛な表情かおで、桐堂とうどう 威風いふうは石像の様に固まっていた。


 「…………」


 しかし考えてみれば、まあ、それもしょうがないだろう。


 羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルは、つい忘れがちだが、ファンデンベルク帝国の名門貴族の出で、父親は外交官、いわば、要人中の要人だ。


 そう考えれば彼女の言い分は全くもって合点がいく説明だった。


 ーーぽんっ!


 俺はそう言った意味合いを含め、石になった桐堂とうどうの肩をポンと叩いた。


 「ほ、鉾木ほこのきぃぃ……」


 泣きそうな……ていうか半べその男に俺はゆっくりと頷いてやる。


 「そ、そうだな……立場上しかたない……鉾木ほこのきそうだよな?」


 無理矢理自分を納得させて、少し元気を取り戻した男に俺は微笑んだ。


 「ていよく振られた、いやそもそも眼中にさえ無い様にも見えるけどな」


 ガガーーーーン!


 桐堂とうどう 威風いふうは今度こそ完全に石像と化した。


 いや……別に悪気は無いんだ……俺は


 ついさっき、”人間的に劣った方”とか、”哀れなキミ”とか、ましてや”勉強もスポーツも並以下の、ましてや僕とは比べものにはならない、僕より数十段いや数百段は劣った人間”って言われた事なんて、全然、そう、ぜーんぜん!気にしてないんだからねっ!


 「…………いや、ツンデレ風に釈明してみても全く誤魔化せないな……俺の心よ……」


 「盾也じゅんやくん?」


 ひとりブツブツと呟く俺をプラチナブロンドの美少女が不思議そうに見ていた。


 「いや、何でも無い、それはそうと、羽咲うさぎ臨海祭りんかいさい討魔競争バトルラリー一緒に出ないか?」


 俺は軽く頭を左右に振り、そんな些末な事は一秒で忘れ、目の前の少女に唐突に提案する。


 「え、盾也じゅんやくんと?……臨海祭りんかいさいの?……えっと……」


 プラチナブロンドの見目麗しき乙女は驚いたようだ……まぁ、何の脈絡もなくだもんな……


 「えっと……あ、貴方がどうしてもって言うなら、べつに……いい……けど……」


 彼女も臨海祭りんかいさいのことはっていたのだろう、少しだけ考えた後、翠玉石エメラルドの美しい瞳をチラチラと遠慮がちに向けながら、そう答えてくれた。


 「どうしてもだっ!!」


 そして俺は彼女の翠玉石エメラルドの瞳を見つめ、上品な鞄を持ったままの彼女の白い手を包んで力強く断言していた!


 「あっ……」


 いつになく強引な俺!


 ーーなんせ俺が留年するかどうか、人生が掛かっているからな


 「////……わ……わかった……」


 ーー!?


 何故だか頬を染めて了承する羽咲うさぎ

 まぁ……兎に角これで討魔競争バトルラリーの方はなんとかなるだろう。


 「それじゃあ、これから”ゲスト”で対策会議でもどうだ?」


 「……そ、そうだね……五時くらいまでだったらいいよ」


 そうして、彼女の了承を得た俺と羽咲うさぎはファミレス”ゲスト”に向けて裏門から校外に歩き出す。


 ーー

 ー


 「ちょっ、ちょっとまったーーーー!」


 「……………………はぁ」


  仕方なく振り向いた俺の視界には、桐堂とうどう 威風いふうが情けなく立ち尽くしていた。


 「なんだよ……まだいたのか、桐堂とうどう


 ーーほんと、しつこいな……まだ俺にお願いしろとか言うのかよ


 しかし、いい加減時間の無駄だし、羽咲うさぎを待たすわけにもいかないからな……

 ちっ、しょうがない、懇願してやるか一度だけ。


 そう考えて、俺が渋々、行動しようとした時だった。


 「ぼ、僕もっ!」


 「僕も?」


 「僕も仲間に入れて下さい!お願いします!」


 何故だかあちらがお願いしてくる。

 しかも今にも土下座しそうな勢いだ。


 「…………たしか人間的に劣った方、助けられるべき立場、哀れな人間が、懇願するのが世のあるべき姿とか……言ってなかったか?」


 俺は誰かさんの持論をここにきて反芻はんすうしていた。


 「なにそれ?……なんか非道い言い方だね」


 後ろで聞いていた羽咲うさぎが、そんな酷いこと誰が言ったの?と言うような視線を向けてくる。


 「ん?これか、これは……」


 俺の視線は桐堂とうどうを見ていた。


 「いや、ちがうから、これは……つまり……えーと……い、意地悪しないでくれよーージュンジュン!」


 「だから、ジュンジュン言うな!」


 第十八話「だから、ジュンジュン言うな?」END

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