第15話「ご褒美のじかんよ?」

 第十五話「ご褒美の時間よ?」


 「それでですね……さっきも言ったように基本操作はスマートフォンのタッチパネルのような感覚で……」


 俺の説明に年上の美女は、悩ましい紅い唇に人差し指を当てて頷く。


 ワンレングスの黒髪ロングヘア、前髪をかきあげたヘアスタイルがなんとも気怠げで色っぽい、曰くありげな美女は俺のクラスの担任だ。


 「一通り説明は終わりましたが、なにか質問は?」


 「…………」


 問いかける俺に、美女は何だか愉しそうに俺の顔を凝視してくる。


 「……その鼻の絆創膏……というかボクシングの試合でもしてきたのかしら?貴方は」


 俺はプライベートそっちの質問は受け付けていない!


 「……肝心な所は、九つの魔法珠まほうじゅを同時に制御するという、正直俺も聞いたことが無い離れ業が出来るのかというところですが……先生は本当にそれが?」


 無視をして話を進める俺にその女性は残念そうに溜息を吐くと、一歩こちらに歩み寄る。


 ーーう、うわぁぁ


 途端に甘い香り……羽咲うさぎのほのかに香るものとは違う、もっと強烈な……

 しかし人工的な香水などのようにどぎつい感じのしない……いわゆるフェロモンのような香りが俺の鼻を、いや、心臓をくすぐっていた。


 「……ねぇ……鉾木ほこのきく……ん」


 「っ!?う……ひゃいっ!」


 超至近で俺を見上げる少し下がり気味の色っぽい瞳。

 妖艶すぎる大人の女性の色香に、俺は変な返事をあげてから、直ぐに目をそらす。


 ーーあ、おおぉぉっ!


 そして、思わず目を伏せた俺の視線の先には、大胆に開いた純白のブラウスから覗く豊かな谷間が……


 「……くすっ」


 女性の紅い唇の端が少し上がり、俺の反応を愉しむように綻ぶ。

 

 くっ、不味い不味い……これではまるで余裕の無い童貞くんだ……童貞くんだけど……


 「じゃっ、じゃあ、実際に試験運用もかねて、ちょっと試してみましょうか!?」


 「た・め・す・のぉ?」


 「ま、魔法珠まほうじゅをです!試しましょう!さぁっ!」


 俺の声は明らかにうわずっていた。


 完全に遊ばれているな…………俺

 ……いや、考えようによっては、これはこれで……


 「くすっ、面白いわ、私の魔導士ソルシエールとしての能力を見てみたいのね?ほ・こ・の・き・くん」


 そう言って俺の手にあった魔法珠まほうじゅをそっと手に取る女性。


 ーーブンッ


 ソフトボールのボールくらいの金属製の珠。

 鏡のように磨かれた表面で、見た目ほど重量を伴わないそれは、美女の白い手のひらの上から数十センチ程、静かに浮き上がる。


 「……展開」


 ーーシュォォーーン


 彼女の白い顔前に浮遊していた金属の珠は、小刻みに振動したかと思うと輪郭をけさせながら三個に分裂し、それが六個に、最終的に九個になった。


 ーーシャラララーー!


 そして、それら九個の珠は静かに回転し、正円状に配置されて、美女の手のひらの上方、妖艶な顔の前に展開する。


 「…………」


 俺のクラス担任であるところの美女、御前崎おまえざき 瑞乃みずのは、俺の指示したとおりに流れるような所作で魔法珠まほうじゅの起動を行っていた。


 「おおっ!」


 すごいな……九つもの魔法珠まほうじゅを同時に、しかもあんな綺麗に扱えるなんて……御前崎おまえざき 瑞乃みずの魔導士ソルシエールとして、かなりの高階級ランクなんだろう……


 九つの魔法珠まほうじゅが正円の外周に沿って回転し、彼女の目の前数十センチ先の空中に展開した円の内側、円盤状の空間が白い半透明に光っている。


 それはまるで丸くて薄いガラス。

 透明度の高い磨りガラス越しに彼女を見ているような感じだった。


 ーーフォン!フォン!フォン!


 九つの魔法珠まほうじゅのうち、三つにうっすら光が灯る。


 一つは赤

 一つは白

 一つは黄色


 ーーシュオン


 そして彼女は、そのうち赤い光を放つ魔法珠まほうじゅに右手の人差し指と中指を宛がって、それを円の中央までスライドさせる。


 ーーフォォォン!


 赤い魔法珠まほうじゅは彼女の白い指に吸い付いたかのように移動し残った八つの珠が回転する円の中心で輝いた。


 「槍炎そうえん!」


 ズバァァァァァァーーーーーーーー!


 魔法珠まほうじゅの創り出したガラスの様な円、”魔法円”から炎の槍が射出され、弧を描くように天空まで飛んで霧散した。


 「す、すごい……」


 俺はそれが天に描いた奇跡をポカンと口を開けて見送ったまま固まっていた。


 赤の色は炎の魔力、彼女が魔法珠まほうじゅに与えた属性だ。


 だとすると残りの二つ、白は光、黄色は雷ってところだろうか?


 ……それにしても、三系統の魔力を見事に操っている……


 俺の考案した”九法正珠きゅうほうせいじゅ”は今見たように単一の属性を利用した魔法攻撃を行うことが出来るが、先ほどの操作で中央に複数の魔法珠まほうじゅを混成させれば、複合的でもっと複雑かつ強力な魔力攻撃を発揮できるはずだ。


 といっても、それが出来る才能と技術があればのはなしだが……


 「…………」


 御前崎おまえざき 瑞乃みずの、彼女の依頼してきたものは、九法正珠きゅうほうせいじゅ……


 ーーまさかとは思うが……九つの属性を全て行使できるのか?

 

 俺ごときでは聞いたことが無い規模の魔術技術レベルだが……


 「鉾木ほこのきくん、いいわ、良いできだわ」


 彼女は満足そうにそう言って、展開していた魔法珠まほうじゅを仕舞うと……俺に密着してきた。


 ーーっ!?


 「あら、以外……というより、そのまんまの可愛い反応ね」


 悪戯っぽく微笑みながら、紅い口紅をチロリと舐める。


 ーードクンッ!


 俺の心臓は体験したことの無い状況と混乱で大きく跳ねた!


 「せ、先生!あの……では!ほ、報酬を……」


 カチンコチンになった身体からだ、俺はなんとか理性の盾でその衝動をしのぐ。


 「……ええ、報酬は既にあなたの口座に振り込んであるわ、後で確認したら?」


 「…………は、はい」


 俺はそう言われ、色々と焦りながらポケットに手を突っ込むとスマートフォンで確認しようとした。


 「えっと……えっと……」


 一連の動きが大昔のロボットのようにぎこちなく、我ながら経験値の低さが露見されて非常にみっともない。


 パシッ!


 「え?」


 突然、ポケットに突っ込んだ俺の手首を握る彼女の白い手。


 「だ・か・らぁ……後で確認してって言ったでしょ」


 密着した俺間との間で形を変える瑞乃みずのの豊かな双房……


 「あ、あの……せ、先生?」


 硬直した俺に至近距離から見上げてくる少し下がり気味の色っぽい瞳の女は、耳元でこう囁いた。


 「今はあんまり良いものを用意してくれた貴方に、ご褒美の時間よ」


 ーーま、本気マジでっ!!


 マジでこんな、”なんとかレッスン”みたいなことがあり得るのか!?


 因みに、”なんとかレッスン”とは昔見た映画で、色気たっぷり家庭教師の美女がウブな少年になんていうか……ムフフなレッスンをしていく、ちょっと大人な映画……って、わわっ!


 そんなことを考えている間にも、瑞乃みずのの白い両腕が俺の首に巻き付き、ボリュームたっぷりの双房がさらに俺に密着して潰れる……


 その感触の……感触たるや……


 ーー……ほんとう?盾也じゅんやくんがそう言うなら……信じるけど……


 「うっ!」

 

 ーー羽咲うさぎ翠玉石エメラルドが澄んだ光を放ちながら此方こちらを見据える……


 「…………」

 

 ーーゴメンなさい!あの時はパンツ見たのに嘘ついてごめんなさいっ!


 俺の頭にはあの時の羽咲うさぎの表情と言葉が浮かんでいた。


 ーー

 ー


 「…………う……あ……見ました……はい、結構しっかりと……すみません……う……はい……結構なお点前てまえで……」


 上の空でブツブツと呟く俺を不審げに見上げる瑞乃みずの先生の瞳。


 「お点前?お茶?……ほこのき……くん?」


 「あーーーーー!忘れてた!俺はこれから、ちょっと約束があったんです!すみません、先生!続きはまた今度と言うことで!」


 ザザッ!


 巻き付いた腕からするりとウナギのように抜け出た俺は


 「ちょ……ちょっと……ほこのき……」


 「ではこれにてっ!!」


 一目散にその場を後にしたのだった。


 第十五話「ご褒美の時間よ?」END

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