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「マスター、いつもの。」


少し囁く程度に注文。カラン、と度々開け閉めされるドアの音が店中に響いた。


ほんのりと甘いチョコレートのような匂いがこの店を包んで、ポツン、とシャンデリアが天井の真ん中に。薄暗いけれど、これが丁度良い。


この店に通って早1年、私が初めて来た時と何も変わらなかった

変わったことと言えば、隣に誰かがいる温もり。

私は彼氏が出来た

その彼が私の隣にいるイケメン、羽山藤

それなりに、顔はイケメンだと私は思う。本人曰くモテていたそうだけど、真相は知らない。


「何?」


煙草を吸っている彼の横顔は絵になる、眺めながらそう心の中で思っているとそんな私に気付いて私の方を振り向く


「い、や?……あっ、マスターこれ新作?」


何も無かったように視線をマスターに移して、さきほど貰ったサワーを見つつ指を指した。


「そう。これ僕が適当に家で作った物を他のお客さんに飲ませたら意外と評判良くて。」


マスターは、グラスを拭きながらそう言うと嬉しそうに微笑んだ


私はグラスを鼻に近づけるとほんのりとシトラスのような爽やかな匂いが漂ってきた

これは期待できる、と少し喉に流し込む


「……んー、いいね」


そう言いグラスを置いてマスターの顔を見るとウインクしながらドヤ顔、というものをしてきた

私はその表情をみて笑いが零れた

隣にいた藤も一緒に笑い、私が貰った新作を横から横取りして残りのサワーを一気に飲み干す

顔を見るとこれまた美味しそうな表情をするからなんだか楽しくなってしまった

その勢いで強めのお酒を1つ注文。藤も同じのを頼みマスターの作る酒グラスを見つめる


「酔っ払うなよ?」


横からクスクス笑いながら藤が言ってきた

どっちが、と思ったけれど適当に相槌を売った

私は藤の煙草をとってライターで火をつける

久しぶりに吸うかもしれない、なんて思いながら煙草をあてがう

ああ、この感じ懐かしい、好きだなぁと感じた


「はい、どうぞ」


煙を口から出すと同時にマスターが作る酒が完成し差し出された

私が大好きな、と言っていいのだろうか、嫌なことがあったときはよく飲むと言った方がいいだろうか。


喉にゆっくりと流し込むと喉の奥がぎゅっと熱くなりこの感じ、たまらない、と思う

同時、煙草と混ざるからそれさえもマッチして大人だなぁとなにげなく思った


「そういえば、僕この年だけれど恋バナするのが好きでね。お客さんの出会い話とか聞いたり、相談のったりしてコミュニケーションとってるんだ。それがここにくる楽しみでもあって。よかったら聞かせてくれない?」


マスターが思い出したように話した言葉はわたしたに対する質問だった

ニコニコ話すから、私も話したいと思って煙草を灰皿に押し付け火を消した

グラスに口付けをして親指でゆっくりとグラスについたリップを拭き取った


「こいつから、だっけかな。私たち学生時代同じ学校だったんですよ。顔は知ってる程度というやつで」


「あっ、そうそう!俺は学生の時から漫画でよくある学園一王子様的な存在だったらしくて。伊織は生徒会長だったんですよ」


藤は自分で言って自分で笑った。多分私が生徒会長だったことに笑っているんだろう、笑いたきゃ笑え

私は心の中で、"こいつは自分のこと王子様というほどの自意識過剰ナルシスト野郎くたばれ"と思っているから。


「俺よくこいつに話しかけられてた。もしかして俺のこと好きだった、とか?」


ヘラヘラ笑ってそう言う


「自意識過剰め。私その時リア充だったから。」


ギロと睨みすぐ視線をマスターに戻して優しい表情に戻す


「たまたま就職先が一緒で。それだけならいいんですけど、面白いからとか言って藤が私と同じ部にしてちょっかい出すようになってきて」


「だって面白いじゃん?俺、伊織の顔ドタイプだったもん。」


「まあそれで、仕事が慣れてきたころ?春にこいつから単刀直入に告白されて。私藤の人間性嫌いじゃないから付き合ってもいいかな、と。面白いですよねぇ。」


マスターにふむふむ、と真剣に話聞いてくれるから話しやすかった





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そして、灰になる @jumpxxx59

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