#196:撒き餌の答え

 以前の接待や、商品の具合からしてあちらの背後にはキャバクラがある。ならば、こちらはご当地アイドルで迎え撃つ。

 計画はこうだ。まずは魔術が使える美女を集め、アイドルのように振る舞わせる。そして、アイドルが出した土をアイドルが手ずから捏ねて、アイドルの火で焼いてアイドルの水で満たしたカップを売りつけるのだ。あえて割れやすくしておけば尚良し。割れたことを咎めて買い直し需要も見込めるでしょう。


 欲しくもない物を買わせるなら、付加価値を与えたらよいのです。特に、人間の三大欲求を刺激するといいだろう。これが難しければ、七つの大罪も捨てがたい。それが直接でなくとも構わない。もっと簡単な話なら、相手を褒めておだてるだけでも効果は見込めるはずだよ。


「――ってことで、商品を増やす予定なんだ」

「つまり、男性好みの美女に売り子をさせるということでしょうか?」

「大ざっぱに言うとそんな感じだね。それで、明日からは人集めとか工房探しもしないといけないし、お店を空けることが増えるよ。いざという時は手伝ってもらってもいいかな?」

「かしこまりました」


 私の持論や企み以外――アイドルカップのことだけをベアトリスに伝えておいた。どこかの段階で何か動きがあれば、彼女の疑いは真っ黒でしょう。それはもう、本人のお腹のように。

 正直なところ、大臣たちから派遣されている時点で白くはないけれど、だからこそ私の邪魔をするとは考え難い。こんな状態だからどう転ぶのか予想も付かないや。




 翌日は、アイドルになれそうな人物を見繕うために動いたら誰も相手にしてくれない。たまたま見かけても声を掛ける前に逃げてしまう。先日までは普通に接してくれていたのに。

 仕方がないので先に焼き物工房を確保しようとしたら、どこもかしこも臨時休業だ。中には昨日廃業したところもあって、軽い気持ちで始めた撒き餌なのに多大な迷惑を掛けてしまった。


 もちろん、これは私の本意ではない。仕事を失えばお金が減る一方だし、そんな状態では私のお店で買い物ができなくなってしまうではないか。そうなれば、私が儲からない。

 これは決して許される行為ではないので、審査員に報告したいと思う。


 そして、あちらにはアイドル級の人たちが売り子に加わっており、魔術の水を注いでいた。さすがに昨日の今日でカップはないようだけれど、ここまで合致すると笑えてくる。早いうちに次の段階へ進みましょうかね。失業者も出ているのだから。


 あえてベアトリスの前で料理人に指示を出し、相談を装って次の展開を告げる。

 その翌日、いつもなら私はまだ寝ているような早朝からベアトリスの部屋に近付くと、ペンを走らせる音が微かに聞こえてきた。

 開けられていた窓から空間歪曲と重力制御の魔術で近寄ってみれば誰かに手紙を書いており、私が話していた内容そのものだ。それをいそいそと愛鳥の足に取り付けた筒に入れていたので、鳥が飛び立った瞬間に時間停止で捕まえて手紙を確保した。

 その宛名がキャンキャンではなかったけれど、中身を考えたら取り巻きの誰かだろう。


 ひとまずは窓から離れて廊下へ回り込み、あえてノックしてから返事も待たずにベアトリスの部屋へ入る。


「ベアトリス、起きてる?」

「――お、おはようございます。本日は早いのですね」

「うん。寝てない。ところで、これは何かな?」

「これと……は……」


 くるりと丸まった手紙を差し出すと、これが何なのかわかった瞬間には目をキョロつかせて青ざめていた。そして、慌てて逃げ出そうとしたので退路のドアをテレキネシスで塞ぎ、彼女に向けて音を立てるよう一歩踏み込んで問い詰める。

 すると、ベアトリスは顔を伏せて、ぽつりぽつりと話し出した。


 独白をまとめてみれば、これは実家の指示であり、すべては大臣の命令だと言う。

 男爵の中でも下の方なら断る術もなかったのだろう。そこには同情するよ。社会が成り立つなら長い物に巻かれたほうが何かと都合のよいことは事実だし、私だってそうしている。ただ、せめて何かひと言くらいは欲しかった。


「う~ん……事情も事情かなぁ。で、いつから?」

「……はい?」

「いつからこういう事してたの?」

「いつからも何も、初めからです。わたくしはその為だけに寄越されました」


 あちらもバカではないようで、今までは私が何かした直後を狙うことはしなかった。しかし、現状はこれだ。そこも尋ねると、キャンキャンとのやり取りは最近からなのだそうだ。

 具体的には迷宮からの帰還後で、マンマ・ピッツァの悪評が空振りに終わったキャンキャンが接触してきたらしい。


「じゃあ、こうしよう。流していい情報はあげるよ。その代わり、そっちからもちょうだい」

「……………………かしこまりました」

「はい、これでこの件はおしまい。かわいがってる鳥をこんな使い方されて災難だったね」

「好きでも何でもありませんよ。臭いし、うるさいし、言うこと聞かないし、そう指示されたので使っていただけに過ぎませんわ」


 こんなことを言っているけれど、先ほども『チチチのチー』とか謎の言語で喋りかけていた。

 私も一応はビーストテイマーでもあるので、エクレアを躾ける際には命令方法などを教えてもらっている。あれは鳥を遊ばせる時に使うやり方だと脳内メモに残っているよ。


 以後はベアトリスを多重スパイとして使うことに決定した。これはベアトリスを助けるためというよりも、そのままの意味で情報が欲しいからだ。諜報員なんてものは入り込ませるのが非常に難しいのだから、今やれる人がいるなら利用すべきだと思ってね。


 これで現王擁護派閥の動向も窺いやすくなるはずだ。国が違うせいか羊飼いの隠れ家亭でも情報の入手が難しいみたいだし、空飛ぶひよこ亭にはまだ伝手がない。スチュワートに集めてもらっている内容も、おそらくはエドガーさんの周りが流してくれているのだと思う。

 しかし、あちらはキャンキャンと親しくないようだから、あまり詳しい話を知れないのだ。これからはキャンキャンのほうも少しは掴めるようになるといいよね。




 事は片付き、いろいろと入手できた情報を整理しながらも仕事の指示を出していると、バスタクシーのギルドから緊急通知が届けられた。

 どうせまた魔力回復促進剤の支給についての要望だろうと思ったら、業務用のカーゴちゃんが盗賊団に奪われてしまい、そいつらがヒャッハーしている――という世紀末物語だった。


「次から次に、まったくもう……。なんでこんな真冬に元気なんだよ」

「冬は食べ物が限られますからね。お姉さまが出向くことではございません」

「いえいえ、ヴァレリアさま。きっと、雪が降って喜んでいるのですよ。バカですし」

「やつらがバカなのは同意しますけれど、雪が降ればさすがに大人しくするでしょう?」

「雪が積もれば馬は使えなくなりますもの。わたくしはそう教わりましたわ」


 先日の一件で吹っ切れたのか、ベアトリスは至って普通に接してくる。どこか一歩下がって遠慮気味に話していたのが、今では貴族のお嬢様が知人と会話するような感覚になっていた。

 この変化の善し悪しをどう見るのかは人によるだろう。私は気にならないし、ヴァレリアも受け入れているようだ。多重スパイについてはまだ誰にも知らせていないので、ベアトリスがどう変わろうともヴァレリア自身に興味がなかったのかもしれないけれど。


 そんなことよりも、盗賊団をどうにかしなければ厄介ごとに発展する可能性がある。

 個人の盗賊なら現金を狙うけれど、集団ともなれば貨物も狙ってくる。今は真冬だから被害が少ないのだとしても、春にも夏にもお野菜は取れるし秋ともなれば最も賑わう。そうやって農村で取れたものを都市部に運ぶことにもリンコちゃんやカーゴちゃんは利用されているのだ。

 貨物の強奪は元からやっていたのだろうけれど、今回は目立つカーゴちゃんが使われたのでヱビス商会に話がきたのだと思う。


 まったく、面倒なことをしてくれるね。魔力アシストで速度やパワーが上がった弊害かな。これが悪評に繋がるとは思えないけれど、農家からしたらヱビスのせいで――と思うところもあるだろう。

 しかし、いちいち取り締まるのは難しい。騎士や兵士に灰銀色の小さなお菓子を贈っておくのが正解に近いでしょう。馬のほうが速いし……あ、雪が積もるとダメなのか。


「ベアトリス、これってお向かいの差し金だったりする?」

「いえ、このような遠回しの手段は好まないと思われます。かなり短気なお方ですので」

「うん、それは知ってる。すぐ怒るもん。本人じゃなくて、家のほうはどうかなって」

「そこまでは存じませんけれど、きっと似たような方々ではないでしょうか」


 人格なんてものは幼少時の生活環境が強く反映されるものね。娘がワガママなら親も同じと思っておいたほうがいいと思う。

 しかし、そうなれば盗賊団の対処は緊急性が下がるね。スチュワートから騎士や兵士に要請を出したと大々的に発表してもらえばいいかな。むしろ、ヱビス商会もバスタクシーの営業を止められた被害者とも言えるのだし、遺憾の意を示しておきたい。

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