#195:対決開始

 せっかくなので相手を酔わせて情報を引き出そうと思ったら、これがまた酒豪のようで逆に私が酔い潰されそうになった。私が水割りではなくてロックを注文したことが原因だろう。

 いくら若くてかわいい女の子でも、親しくもない相手のお水なんて飲みたくなくてね。緊急事態ならまだしも、私はこれを楽しめる境地に至っていない。……至る予定もないけれど。


 勝負宣言以降は何も考えていなかったのか、キャンキャンの自分語りオンステージが続く。適当に相づちを打ちつつも、取り巻き達が入れる合いの手ヨイショの内容を予想していたら、キャンキャンは飲み飽きたようでようやく解放されることになった。


 そして、私だけが無愛想な従者に連れられて馬車に乗り、最初の呼び出し地点で降ろされる。

 あちらの都合で招待状という名の招喚命令を送りつけてきたし、用事が済めば放り出されると思っていたのに送迎が含まれていた。丁寧なのか傲慢なのかよくわからない対応だ。


 そんな謎の接待から数日経つと、本当に勝負をするようでヱビス商会に案内状が届けられた。

 少しの準備期間が先に設けられており、秋の後半から冬の前半までの売り上げを競うそうだ。勝負中は一切の不正が認められず、それを審査する査問管が王城から派遣されるらしい。

 これは自身――キャンキャンにも当てはまる正々堂々とした競技であり、勝敗が決した後にはいかなる要求や苦情も受け付けないのだとか。最後には、キャメロン家の名誉に賭けてこれを守るとキャンキャンの直筆サインが入っていた。


 何というか、手の込んだイベントだね。王城の貴族はやはり暇人なのかしら。家畜の解体を終えてから迎える冬のお祭り以降は、貴族も平民も子作りしかやる事がないと言われるけれど、ただの暇潰しにしては大袈裟な気がするなぁ。

 しかも、開催期間を考えたら冬のお祭りが挟まれる。私と同じくお店を経営しているのならこの意味がわかっているのかな。お遊びに気を取られて本業が疎かになる危険性を孕んでいるのに、さすがはお気楽ワガママお嬢様って感じだね。うちは王都の営業妨害に対応するために、そこへリソースを向ける段取りだったのが不幸中の幸いだよ。


「この勝負、勝っちゃっても大丈夫そうですか?」

「ええ、おそらくは。調べた限りでは、まだキャメロン家に大きな力は御座いませんでした。前王妃との繋がりはあるようですが、確度は低いでしょうな。ただの吹聴ではないかと」


 もしもの場合は、私の後援を自称する貴族たちをぶつけたらいいだろう。たまには私の役に立ってもらわないと心情的にも利益がない。彼らが暴れたら他の派閥が止めに入ると思うし、前王妃よりも現国王のほうが立場は上でしょう。使えるものは使わないと損だよね。

 そう、使えるものは使うべきだ。営業妨害のせいで先送りになった計画を持ってこよう。


「それじゃあ、この際なんでマンマ・ピッツァの進出計画を使いますね。ミランダ、マンマ達に連絡をお願い。――あ、先にグレイスさんとクロエちゃんを呼んできてもらえる?」

「はい。お姉さん達を呼んでから、マンマさんのところに行ってきます」

「……しかし、お嬢様。ピザソースのレシピが狙われているのでは?」

「必要な分はスタッシュに入れて持っていこうかと思ってます。まだ分析は出来てないみたいですし、作るところを見せなければいいんですよ」


 勝負を行う場所がまだわからないし、窯や竈がないかもしれない。その場合はヘンテコ魔術でピザを焼くか、バーガー類を主体にすればいいだけだ。仮に竈すらなかったら、スタッシュに商品を詰める行商スタイルを取れば問題ないものね。


 そんなわけで、私と共に貴族令嬢のお戯れに付き合ってくれる人を選び、それと同時に留守を任せる人も決定した。以前の迷宮捕獲時とほぼ同じで美人姉妹には私の家をお願いし、商会はミランダとスチュワートに頼んでおく。

 あちらに向かうのは護衛のヴァレリアと側役のベアトリス、他はマンマ・ピッツァで修行中の料理人と客対応や会計を行う女給くらいだ。……エミリーとシャノンには全力で断られたよ。今は迷宮農場に引き篭もっているのではないかな。




 私と懇意の行商人にも助力を求め、手早く準備を終えてから待ち合わせに指定された場所へ向かうと、見覚えのある派手な馬車が止まっている。迎えてくれた従者も無愛想なあの人で、そのまま帝国方面へ連れて行かれ、途中の町で宿泊しながらもキャンキャンの領地に到着した。


 ここは領都らしいけれど、裕福とも貧乏とも言えないごく普通の町だ。道中の村では魔物に襲われた形跡があったものの、この国ではよくあることだし気にしない。他で気になるところがあるとすれば、心なしかケルシーの町よりは肌寒いくらいかな。意外にもウィンダム領から近かったのに、竜神山から吹き下ろす風が原因だろうか。


 そんな町の中央通りを馬車が進んでいき、ド真ん中辺りで揺れが止まると、四階建ての店舗の前にはデコデコしい馬車が止まっていた。そして、予想違わずキャンキャンと取り巻き達が降りてきて、自信に満ちあふれた顔つきで私に視線を飛ばしてきた。


 知らない人の振りをしたくても、何が始まるのかと様子を見守る住人の輪が形成されていて逃げられそうにない。私は馬車から降りて彼女たちの元へ向かうと、挨拶の暇すら与えられず両腕を広げたキャンキャンが口を開く。


「ご覧のとおり、どちらにも差はありませんわ。好きな方をお選びなさい」

「まあ! たかが平民を思い遣るなんて、キャンディスさまはお優しいですわ」

「ええ、本当に。そのお心遣いに感謝なさいな」

「……ありがとうございます。では、こちら側を――」


 竜神山に背が向いているほうを選んだ。特に理由はない。強いて言うなら、お店に風が入り込むと寒いからだ。冬の山風に震えながらの接客なんてしたくないよ。

 それにしても、よくお店を明け渡したなぁ。いくら領主の娘が相手でも……とか思っていたら、キャンキャンが『明後日から始めますわ』と言い残して馬車に乗り込みどこかへ消えた。


「さて、私たちも準備に取り掛かりましょう。中はどうなってますか?」

「窯とか冷蔵庫はないですけど、竈はありました。調理器具も一通り揃ってるみたいですよ」

「一応は大丈夫そうですね。それじゃあ、ヴァレリアとベアトリスも手伝ってもらえる?」

「はい。お姉さまのためなら何なりと。女神の化身と知らぬやつらの情けなさと来たら――」

「かしこまりました。上階を清めてまいります」

「寝床も大事だけど、それは後でいいよ。私はちょっと町の情報収集してくるね」


 現地での準備期間は今日を入れても三日しかない。その上で、開催期間は三ヶ月もあるから仕入れも行わなければならないし、ここが地元であるキャンキャンのほうが有利だろう。その分、不利になる私は予め行商人に運搬を頼んであるから心配は不要だよ。彼らには念のためのサクラもお願いしたのは秘密にしてね。

 わざわざ訪れるのは大変だろうけれど、ここで商売をすればいいし、タダ飯にもありつけるから快諾してくれたのだ。




 期間目一杯まで準備に費やし、当日は昼二つの鐘をもって派遣の審査員が開幕を宣言した。

 それからは、お客さんの振りをした行商人にピザやハンバーガーセットを売りまくる。共に持ってきたコーヒーにドーナツ、チョコレートも惜しまず放出した。

 ところが、売れない。全然売れないのだ。サクラが買うだけだと悪目立ちするから緊急停止をするしかなかった。


 お客さん……というか、住人自体は割と居るのに皆がすごく慎重そうだ。ここで対決があることは既に告知されているし、私も売り子ちゃんも呼び込みに抜かりはないのに、お向かいのキャンキャンと揃って閑古鳥。


 そのお向かいを観察すると、相場より高めで珍しくもないお酒やおつまみ、誰が買うのかわからないような高級家具に食器類。あとは、取って付けたように冒険者向けの装備品と僅かな薬剤なども扱っていた。

 向こうが高級路線なら、こちらは低価格でいこうと思う。価格を落とすとしたら量も減らすしかないね。単純に半分くらいで。これが本当の半バーガー……ヤバい、お母さんに似てきた。


 翌日からは一口サイズのちょこっとチョコ、コーンパフのぱふっとチョコも出してみると、一応は売れるようになってきた。しかし、早くも対抗策を打たれてしまう。

 もはや隠すつもりもないのか、私の仕入れルートを物理的に潰してきた。橋を落とされたのだ。そこを迂回するには魔物の領域を突っ切るか、相当な大回りを要されるというのに。

 それに、あちらも小分けした商品ばかり揃えてきた。……それでもまだまだ高いけれど。


 何とか時間を作ってヘンテコ魔術で田舎領都へ飛び、どうにか橋の修理を請け負ってくれる職人さんを探し出して帰還すると、おかしな行動を取っているベアトリスを目撃した。

 路地裏で相手方の店員と話しているのだ。不審に思って姿を消して窺っていたら、去り際に差し出された小袋を受け取っていた。……これはちょっと怪しいね。嫌な匂いがプンプンする。何か餌を撒いてベアトリスを泳がせてみようか。

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