#194:美少女水
そろそろ秋のお祭りに動き出す頃合いなので、いつものように組合で寄り合って会議をする。内容は今までと同じだし、私に教団との連絡係が割り当てられてしまったこと以外は滞りなく話し合いが終わるだろう……と思っていたら、町に住み着いた難民たちから要望があるようだ。
彼らは町との関わりがまだ浅く、商店街とは買い物以外に接点がない。私もスチュワートにほぼ任せきりだから、データの上でしか実態を把握できていなかった。
ひとまず、代表者が町民館の外で待機しているそうなので、中に招いて話を聞いてみる。
「何かお話があるとのことですが……。あ、怖い顔ばかりですけど、気楽に話してくださいね」
「いやいや、中身の恐ろしいヱビス屋さんがおっしゃっても笑えませんぞ」
「くくっ、ちげえねえ!」
「あ~……、こんな身で頼むのも申し訳ねえが、収穫祭をやってもいいか?」
私が育ったブルックの町は、一応は都市部に分類されるから馴染みがないけれど、農村では収穫を祝った催事が秋のお祭りとは別、または組み込んで行われるようだ。
通称ケルシー平原の開発に伴って作られていった畑は今年も実りを見せている。今では難民に多くいた農民が共に作業をしているので、彼らにとって当たり前のことを行いたくて確認に来たのだろう。
もちろん、私に反対の意はないし、組合員にも否定する者はいなかった。お金を出せと言われたら真逆の答えになるけれど、すべて自分たちでやるそうなので問題ない。ただ、その日は少々うるさくなると伝えたかったのだと思う。
仕事に都合を付けて礼拝堂に赴くと、熱帯雨林のような蒸し暑さに迎えられた。
これは窓や扉を開けっ放してパイプオルガンを弾きやがるので、周辺住人から大量に寄せられた苦情に対応した結果だ。超高級楽器を買う余裕はあるのに、空調設備はないのだろうか。こんなに暑いと誰もお祈りに来ないと思う。
そんな中でもお勤めがあるようで、私だけはヘンテコ魔術の冷却で快適に待機する。
「サラさま、お待たせいたしました……。本日は、どういった……ご用向きで?」
「こんにちは、ピアさん。今日は秋のお祭りについての相談です。……何か飲みますか?」
私が個人的に作っている体力回復促進剤――お砂糖とお塩を入れたお水にレモンやライムの絞り汁などを混ぜた飲料をピアさんに手渡すと、喉を鳴らして一息で飲み干した。
そして、秋祭りに関する寄付やお手伝いの話はあっさりと決まり、ついでに尋ねた収穫祭についても教団は関与しないそうだ。
一神教なのに他をうるさく言わないのは、この収穫祭などが原因なのかもしれないね。寄付を得ないと運営が立ち行かないとなれば、民衆の楽しみを奪うような愚は犯せない――という判断なのだろう。
そうやって、私が一人で納得していたら、パイプオルガンの演奏指導を頼まれた。
どうやら、近いうちに教団のお偉いさんが視察に訪れるそうだ。大金を払ってまで購入した楽器が気になるらしい。それなのに、未だにまともな演奏をできる者が一人もおらず、以前の演奏会を見た誰かが私に相談しようと言い出したみたい。
私の中ではオルガンといえばバッハだ。そして、バッハと言えばフーガの各曲だろう。
しかし、たった一音の誤りで曲が崩壊し得るので、比較的容易かつ人気の高いトッカータとフーガ・ニ短調を教えておいた。何とかノーミスで弾けるようになってほしい。とても美しい曲だから。
ところが、どれだけ必死に練習しても秋のお祭りまでに仕上がらなかったらしく、ピアさんに泣き付かれてしまった。そこで、お祭りの合間に私が出向いて演奏したら、教団本部からもパイプオルガンの注文が入ったよ。是が非でも大聖堂に導入したいそうだ。
ついでに空調設備も入れるように説得しておいたから、ピアさん達にはとても感謝された。私も高級品が売れて嬉しいよ。仲介料が貰えるし。
後日、管楽器工房主に話を伝えたところ、今すぐにでも首を吊りそうな顔つきだったので、パイプオルガンも扱う鍵盤楽器工房を作っておいた。そこで働く職人さんは彼らに集めさせて、ルーシーさんにも話は通してあるよ。どこからかその話を嗅ぎつけたエドガーさんも資金提供するとか言っていたけれど、後が怖いので断った。……だって、搾り取られそうだもの。
王都の秋祭りでは宣伝を控えめにしていたマンマ・ピッツァ。その効果なのか、営業妨害がなくなったと思ったのに、お祭りの残滓も消えてきた頃にはまたもや再発している。
既に逮捕者が出ているし、エドガー組も見回りを行ってくれているにもかかわらず、極悪な注文放置のせいで事前予約受付けは取りやめる事になってしまった。運搬中に狙われることも続いており、王都営業所を任せているガスパーさんから兵士に頼んで警邏を強化。それに合わせて食材を運んで何とか赤字を免れている。
しかし、外からは何もできなくなったせいか、今度は取引相手になりすまして粗悪品を売りつけてきたり、客として店内に入ってひたすら騒いだりする始末。あまりに酷ければ兵士とのデートにお誘いしているけれど、従業員が辞めたがっているので本当に困る。新たに働き手の募集をかけたらお邪魔虫が紛れ込みそうだもの。
今までは隠れてやっていたのに、いったい何がしたいのか。他の店舗はそうでもないのにね。
さすがにもう我慢ならないので、関係者を呼び集めたヱビス商会緊急会議で対抗策を考えていたら、キャンキャンからの招待状が舞い込んできた。
「あの人、本当に誘ってきたよ……。これからもこんな事が続くのかなぁ」
「商会主とは、主にそのような業務に追われるもので御座います。可能であれば代理を務めるのですが、ご友人としてのお誘いではお力になれそうもありません」
あんなのでも一応は貴族なのだし行くしかないのだけれど、回避方法も考えておかないとね。キャメロン家のことを調べてはいても欺瞞情報だらけな上に、あの言動ならあり得ると思えてしまう内容が多すぎて真贋判定が難しいのだ。
とにかく、現状では逃げ道がない。ルーシーさんでも対処は難しいだろう。観念して王都の呼び出された場所に行くと、明らかに関係者と思われる派手な馬車が止まっており、無愛想な従者によってキャンキャンが待つというお店に案内された。
貴族街ではなく、治安の悪そうな路地を通った先にある酒場の前で馬車から降ろされ、従者に先導されて入店する。そのまま区切りのある特別室まで連れられていくと、キャンキャンと取り巻きたち、さらに薄衣のようなドレスを纏った数名の少女が待ち構えていた。
「いかがかしら。お気に召していただけて? 風の噂で百合の花がお好きだと聞きましたの」
「いえ、違いますが」
「あら? わたくしの聞き間違いかしら。おかしいですわね」
「いいえ、確かにそう聞きましたわ」
「あまり人前で口にできる内容でもないからでは? 強情なだけですわ」
いったい、どこの誰からの情報なのだ。私は至ってノーマルだというのに。情報収集が得意だという情報自体が誤りなのではないかと疑ってしまう。
それを顔には出さず、持参したお土産を渡して挨拶をすると着席を促された。そして、少女たちが私の両脇に腰を下ろし、すぐさま飲み物の支度を始める。
見た目だけでいうなら私と同年代か、下手をしたら成人すらしていなさそうだ。そんな少女たちがかわいらしく呪文を唱えて水を出し、それをコップに注いでお酒を作っていた。
「ところで、ピザが人気を博しているようですわね。わたくしも何度か食しましたわ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「あのソースには何か秘訣が?」
「担当者に任せていますので、詳しくは存じません」
「まあ! 頼りない人ね」
その後もピザの作り方などを聞いてくるけれど、もしやこいつが営業妨害の首謀者なのかな。強奪した食材で作ろうとしていたりして。……非常に疑わしい。
「近頃は随分とはぶりがよいそうですわね。砂糖はどうなさったの?」
「入手の当てがございまして」
「そういえば、グロリアのどこかにあった迷宮が謎の死を遂げたそうですわよ」
「そうですか。不思議な事もあるものですね」
ピザのレシピを探れないと悟ったのか、話題を変えてきた。
迷宮の末路は私のチーム以外に知る人はいないし、ただのクッション――雑談だろう。次に来るのが本題だと思う。
「さて、あなたに勝負を挑みますわ。わたくしの領地にて互いに売り上げを競います」
「……はい?」
「向かい合った店舗同士で行いますわ。そして、敗者は勝者の思うがままに」
「その二店舗のみで間違いありませんか?」
「ええ、もちろん。まさか、わたくしが卑怯な手を取るとでも?」
「平民風情が生意気な。口の利き方をご存じなくて?」
「今から負けた言い訳を考えているのでしょうね。十分、身の程を弁えていますわ」
他の店舗も含めてとか言い出したら嫌だから確認しただけだ。これを断れるわけがないけれど、誰かに助けを求めるほどでもないでしょう。やるからには負けるつもりもないし、勝者の特権を使って私と関わらないようにさせたいね。
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