#133:お誕生会

 近頃は寒さもやわらぎ始め、お日様がその姿を拝ませてくれる時間も夜との釣り合いが取れてきた。山や森から漂ってくる風の香りにも変化が見られ、前の春からあっという間の一年が過ぎていた。

 つまるところ、今日は春分の日であり、私が成人を迎える日でもある。


 成人したということは、ようやく商会を立ち上げられる。基本的に親の後を継ぐことが多いこの世界では、成人すると共に行う起業は珍しいのだろうけれど、前人未踏の偉業ではない。よって、もはや障害は何一つなく、私も若き商会主のひとりとして数えられるのだろう。


 そんなわけで、まずはエマ王国の王都へと赴き、商人ギルドの扉を開け、受け付けの綺麗なお姉さんに約一年ぶりの申請をする。


「商会の立ち上げに来ました。よろしくお願いします」

「新規ご登録ですね。では、いくつかの質問にお答え願います」


 受付嬢から渡された安っぽい書面の各要項を埋めていき、前回躓いた代表者の年齢は難なくクリアして、商会名はヱビスで登録した。前世でいう商売繁盛の神様に肖っておいたのだよ。死神がいたのだからヱビス様もいるでしょう。きっと。

 その後も続く質問というよりはただの確認事項を順調にこなしていき、今度こそ私の商会が立ち上がった。念願の商会だ。大事にしたいと思う。


 事務手続きを終えた後は事務手数料の支払いなのだけれど、これが意外や意外、思っていたよりも安かったのだ。この国は過払いをさせる気がないらしく、今日は登録料のみで上納金は次の節目まで不要なのだとか。もっとがめつく集めていそうな印象だったのに少し見直した。


 それと、ウィンダム領のケルシーの町と言っても通じなかったよ。捨てられた廃墟の町だと言えば年配の人には伝わったものの、その人たちの間では貴族が集うレアードの町と呼ばれているようだ。実際は貴族ではなく愛人が住んでいたのだとしても、一応は意味が通るのかな。住民は誰もその名称で呼んでいなかったから知らなかった……。


 ちなみに、エマ王国の王都に名前はない。この地こそが唯一の王都であるとか言うのが貴族の自慢らしい。たぶんバカなんだと思う。


 さて、正式な商会主となったからには意識を切り替えねばならない。私が儲けることに変わりはないけれど、雇った従業員すべての生活を預かっているとも言えるからだ。ただの思い付きだけの行動や、その後があやふやなままでの契約は厳禁だろう。この一年で伝手も増やしてきたし、町の中に限れば私の顔も売れている。

 しかし、一つの町で得た利益のみで私の夢が叶うとは到底思えない。それを実現させるためには国を超えての商売が避けられないでしょう。現時点でも二カ国でコロッケなどを展開しているしね。




 晴れて商会主となった私がケルシーの町――レアードの町? どちらにしろ廃墟だった町に戻ると、仕事の合間を縫ってグレイスさんとクロエちゃんが指揮を執り、その中でもお母さんが特に張り切って成人のお祝いをしてくれた。今ではエマ王国の王都で暮らすマチルダさんも駆けつけてくれたようだ。


「おめでとう、サラ。シャノンと蜂蜜パン焼いてきたわよ!」

「サっちゃん、おめでとう。ミリっちに教えてもらいながらやってみた」

「おめでとう、サラ君。王都名物をいろいろと買ってきたよ」

「サラ、おめでとう。お母さんの料理なんか食べ飽きてるかもしれないけど……」

「そんなことないよ。みんな、ありがとう!」


 皆で事前に用意してくれていたようで、お祝いの料理は私の好きなものばかりが並んでいる。それに、思い返してみれば前世も合わせて初めてのお誕生会だ。それがこんなにも盛大なものだなんて、嬉しさで死んじゃいそうだよ。


「おめでとうございます、サラさん。お祝いの印を用意いたしましたのでお納めくださいませ」

「サラちゃん、おめでとう! 気に入ってくれるといいな」

「お姉さま、心よりお祝い申し上げます。わたくしも、ささやかな品ですけれど……」

「ご同慶の至りにございます。当家からも心ばかりではございますが、お納めいただけますと幸いに存じます」

「わぉ……ありがとうございます!」


 それと、プレゼント。成人の祝いは仕事に使う道具を贈ることが多いので、商人の私は服や装飾品をいただいた。

 サイズについては私が呼んだふくよかな元・服飾店員、現・服飾店の店長さんが知っている。それを基にして同じ建物内で仕立屋をしている夫と一緒に拵えてくれたそうで、春夏用は使われている布量の割りには涼しくて、秋冬用は薄いのに温かい。それとなく聞いてみれば、魔物の素材を使っていて丈夫なのだとか。よく出かける私にはピッタリの一品だね。見た目も派手過ぎず、地味過ぎず、それでいて上品さが伝わる素敵なデザインだよ。


 合わせる小物にしても選んでくれた人のセンスがとてもいいし、お婆ちゃんが作ってくれた髪飾りは群を抜いている。私があまりゴテゴテした物を好まないこともよく知っているみたいだね。わざと成金趣味を丸出しにして相手の油断を誘うという商人の技もあるけれど、それはまた別の話さ。


 そんなプレゼントの中には、方位磁石付きの懐中時計があった。とうとう完成したようだね。普段は鉄工細工工房で働きながらも私の依頼をコツコツと仕上げてくれたようだ。あの姉弟もこの町に来ているから時折様子を見に行っていたのだけれど、完成はまだ先になると言われていただけに正直驚いた。


「おめでとうございます、店長。みなさんと比べたらちょっと恥ずかしいですが……」

「てんちょ、これ」

「おぉ、すごい! ありがとう」


 私が雇っている孤児たちを代表して、幼女のミランダから自分の背丈と変わらないくらいの花束を貰ったよ。春先に咲くお花を集められたものだ。これを恥ずかしがる必要なんて微塵もない。お花屋さんを廻ってもすぐに用意するのは難しいだろうし、自分たちで摘んできたにしては多すぎる。きっと、今日のためにどこかでこっそりと育てていてくれたのだと思う。


 そういえば、最近のミランダは語学教室だけでなく、私から算術、冒険の合間に帰ってくるエミリーには簡単な体術、同じくシャノンからは魔術――主に身体強化の扱い方を教わっている。算術といっても九九や筆算という小学校の低学年レベルだけれど、暗算すらできずに生きている人が非常に多いのだ。最初は何かの冗談だと思っていたよ。

 しかし、教える誰かがいないのだから、仕事上必須となる商人や一部の職人さんくらいしか学ぶ者がいない。昨年までの私が行商でぼったくり続けてもあまり問題にならなかった理由は、これに起因しているのかもしれないね。

 なにはともあれ、ミランダはすごい。よくぶっ倒れないと思う。他の皆も見習いなさい。


「ぷも、ぷも!」

「ん? エクレアも何かくれるの? ありがとう」


 これは……何だろう。ペンダント・トップかな。エミリーとシャノンに付けて町周辺の魔物狩りをしてもらって以降は、竜神山や沖合の島へすら遊びに行っているから、その時に拾ってきたのだろうね。もしかしたらゴミなのかもしれないけれど、せっかく貰ったのだから綺麗に洗って保管しておこう。




 商会を起こしたからには、お母さんに代理をしてもらっていた店舗の権利委譲やそれの拡大などと仕事が山積みなので、お祝いの席は早々にお開きとなった。

 最後には一人ずつしっかりとお礼を伝え、いただいたプレゼントは私の部屋に運び込んでから外に出てみれば、皆に祝ってもらった声が聞こえていたのか周囲の店主からも祝福された。

 その中で『まだ成人していなかったのか』や『あれで成人なのか』という対極の声は聞こえなかったことにする。今の私はとても機嫌が良いのだよ。うふふ。

 そんな人たちに返答していたら町長も私の元にやってきて、清々しい面持ちで口を開いた。


「おめでとう。この日が来るのを待っていた。君に町長の座を譲りたい」

「え――」

「この町は君が作ったも同然だ。ただの老いぼれに町長など務まるはずがない」

「いやいやいや」


 確かに私が立案して推し進めた企画ではあるけれど、あまり力にはなれていなかった。そういう意味でならグレイスさんとクロエちゃんこそが適任なのではないかしら。

 そんな話をしてみても『君がなるべきだ』と譲らないし、ヴァレリアは無駄にノリノリだ。

 しかし、あまり成長の芳しくない子供のような私が町長では対外的な問題が避けられない。こればかりはどうしようもなく、その厄介さをよく知っている職人の親方さん達は揃って渋い顔をしているよ。他にも、最近チラホラと増えてきた移住者――他の町から移り住んできた人たちも同じような顔つきだ。


「皆さんもよく考えてください。こんな子供では侮られるだけです。私はそれを知っています」

「だがなぁ、学もないわしがやるわけにも……」


 そんな押し問答をしている時に、お隣の総合ギルドから顔を覗かせていた商人部門担当者が『商店街の会長をやればいいのでは』と言ってきた。皆はその意見に賛同し、私はあれよあれよと役職付きとなるのであった。……私の意思は誰も尊重してくださらないのかしら。

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