#014:バレた
森を出てからはこれといったアクシデントもなく、門番のおじさんに通行手形を返して町に入り、我が家を目指してくたくたの足で歩いていく。あと少しで家に着こうかというところで、お向かいのパン屋さんから籠を抱えたエミリーが姿を見せた。
そろそろ早めの夕食時だから、売り子に出るのだろうね。せっかく会えたけれど、これから仕事だという時にお土産を渡されても邪魔になると思うし、晩ご飯の後にでも持っていこう。
「エミリー、行ってらっしゃ~い」
「あ、サラ。出かけてたの? さっきシャノンがお使いで店に行ったわよ」
「そうなんだ。薬草採りで外に行ってたんだよ。お土産あるから後で渡すね」
「おっ、なになに? まだ時間あるから大丈夫!」
「そう? それじゃあ……」
本人がそう言うならば是非もなく、私はおもむろにスタッシュからお姫様のようなお花を取り出して止めた時間を解放し、少しばかり気取った態度でエミリーに差し出した。
「お受け取りください、お嬢さま」
「わぁ、なにこれ。かわいい!」
「でしょ。私も初めて見たよ」
「土ごと持って帰ってきたんだ。ちょっと入れ物取ってくる!」
どうせなら植木鉢代わりに素焼きの壺にでも入れておけばよかったかな。
これから食べ物を扱うのに手を汚すわけにはいかないものね。
「売れ残りでよかったら、うちから持ってこようか?」
「たぶん何個か余ってるはずだから大丈夫。すぐ取ってくるから待ってて!」
「うん、わかった。素焼きのやつがいいよ」
籠を抱えたままのエミリーが店内へ入り、数分と経たずに大きなお椀を手にして戻ってきた。
その際に、中からエミリーのお母さんの声が響いていたから少し怒られたのかもしれない。
「ごめんね、これからお仕事なのに」
「あたしが受け取るって言ったんだから気にしないでよ。それより、これに入れてみて!」
「おっけい」
エミリーが持ってきた
その様を輝かせた瞳で見つめていたエミリーから『むふふ』という鼻息が迸った。
「いいね。いいわね。ありがとう、サラ!」
「どういたしまして。日頃からお世話になってるしね」
「それとこれとは話が別よ。このお礼はちゃんとするからね!」
「それこそ気にしなくていいのに」
今日はエミリーのために採ってきた物だけれど、ほとんど毎日のように大きなパンを貰っているのだから、お母さんだけではなく私からも伯父さん達に何かお礼をしないといけないね。
自転車ができたらガッポリと儲かるはずだから、あと少しでそれも叶う。
「あたしの気が済まないの。それで、何がいい? また変なもの作るならそれの材料?」
「う~ん……考えとく」
「決まったら教えてよ。それじゃ、あたしは外回りしてくる」
「気を付けてね。私は帰るよ」
弾む足取りでお花を置きに家へ入るエミリーを見送り、お使いでお店に来ているらしいシャノンにお土産を渡すべく、私は数歩先にある自宅へ足を向けた。
大きく開かれた窓から漏れ出る話し声を耳にしながら、ドアベルを揺らしてお店の中に入る。
いつものようにカウンターへ入ったお母さんと向かい合うようにして、シャノンもお客様用の空箱に掛けていた。
「ただいま~」
「おかえり。シャノンちゃん来てるわよ」
「徒歩で来た」
「いらっしゃい、シャノン。お土産あるよ」
シャノンの謎発言は平常運転だから華麗なるスルーを決めて、定位置であるお母さんの隣に腰掛けた私は、スタッシュからアヒルさんみたいな石を取り出した。
「はい、どうぞ。おもしろい石だよ」
「……ありがとう?」
カウンターの上に置いた石を手に取ったシャノンが首を傾げながらもお礼を言う。
これだけではただの石だから、どんな物なのか説明しないと意味がわからないかもしれない。
「それね、斜め上から光を当てるとかわいい影が出るよ」
「ほほぅ。やってみる」
そう言ったシャノンは石に向かって片手を突き出し、光属性魔術において初歩の初歩である照明の呪文――『光よ、照らせ』と短く唱えた。
呪文の詠唱は何度もその魔術を使っていると、今シャノンが唱えたように重要ワードさえあれば短縮させても発動するようになる。そしていつかはそれすらもすっ飛ばせるらしいけれど、私の壊れた無属性魔術は最初から無詠唱だった。
私が詠唱を必要としないことを知っているのはエミリーとシャノン、お母さんの三人だけだ。人前で見せびらかすような事はしていないし、スタッシュを使える人は日頃から連発しているので割とすぐに無詠唱となりやすく、今のところは不信感をもたれていない。
そんなことを考えている間にも、シャノンがいろいろと角度を変えながら光を当てていたら、ついにベストアングルを見つけたようで喜びの声を上げた。
「おおぉ、アヒルがいる! まあべらす!」
「いかがでしょう、シャノン先生」
「不格好な石に光を当てるだけでかわいいアヒルが出てくるとは恐れ入りますなぁ。ただし、角度によるものとする」
「お厳しい」
「この歳になって新たな道を知ることになるなんて……。次からはこういうのも探してみるよ。ありがとう、サっちゃん」
この歳って。私より若いし、まだ成人すらしていないじゃないの。
実験の最中にうっかりロリババアにしてくれようか。
自慢の趣味に別角度の切り口を見つけたシャノンの次は、お母さんにお土産を渡そう。
「お母さんにもお土産があるよ。ちょっと待ってね」
「あら、山菜でも採ってきてくれたの?」
残念ながら山に自生する野菜ではないけれど、その鋭い嗅覚に驚きつつもグミの実を取り出すために、匂いが漏れないはずのスタッシュを開いたその瞬間――
「ぷも!」
「きゃっ」
謎生物が急に飛び出して驚く私の横から一陣の風が巻き起こり、宙に浮かぶ黄色いぬいぐるみの首筋を掴み、鋭い動きでカウンターの上に押さえ付けた。
「サラ! なんでこんなもの……あら?」
「ちょっと、お母さん! それじゃないよ! 山にそんなの生えてないよ!」
普段の暮らしぶりからは想像もできないような目にも留まらぬ早業に戸惑い、状況もわからず目を回す私をよそにして、体重を掛けて謎生物を押さえ付けたままのお母さんがシャノンに向かって話し掛ける。
「ベヒモスの子供かと思ったのに違うわね。シャノンちゃん、これ何かわかる?」
「……わかんない。わたしはベヒモスの実物を見たことがないから」
「
「……拾いました」
私の冷却も斯くやという、ヒンヤリした冷気を漂わせるお母さんの前では
どうして出てくるかなぁ……というか、どうやって出てきたのだろう。
暴れる鶏の時はこんなことはなかったし、中に入れたものが飛び出すなんて聞いたこともない。それなのにこの有様だから、謎生物が持つ不思議な力なのかもしれない。
これは要検証事案だね。脳内メモのやる事リストに書いておこう。
「拾ったってあんた……。どこで見つけたの? いつもの所?」
「うん。お土産探してたら川原で見つけたんだよ。流れ着いたみたいだった」
「川の上流ね。あとでギルドに報告しておかないと……」
「それより放してあげてよ。噛みついたりしなかったから」
さっきから悲しそうに鳴きながら潤んだ瞳で私を見上げてくるんだ。いくら痩せ気味な女性の体重だとはいえ、子犬くらいの大きさでは耐えられないと思う。もはや自覚できるほどに情が移ってしまっているから見ていられない。
「ダメよ。おかしな鳴き声だけど、きっとベヒモスの亜種だと思うのよね。子供でも危険よ」
「危なそうには見えないけどなぁ……」
「子供のうちから気性は荒いし、育つと手が付けられなくなるのよ。すぐに処分するわ」
「待って、お母さん。まだ決まったわけじゃないんでしょ?」
「それはそうだけど……どうするのよ。まさか飼い慣らすつもり?」
「――あっ! うん、そう。そのつもりで拾ってきた!」
そういえば聞いたことがある。魔獣を使役する“ビーストテイマー”だとかいう存在を。
こんなぬいぐるみのような生き物にビーストだなんて仰々しい表現はお笑いぐさかもしれないけれど、このままだとお母さんに絞め殺されてしまうだろうから言い訳として
まずは疑念を持たれないためにもうまい話を考えなければ。
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