#013:レアモン、ゲットだぜ!

 ただの魔物なのか希少な野生動物なのかもわからないけれど、どちらにしろ背中を見せては危険だろうから目を合わせることなく自然な足取りで近付いていく。

 遠距離から対象の時間を止める手立ては、まだ一度も打ったことがないから却下だ。ただでさえ正体不明な生物なのに、実験すらしていない魔術を放ってはどう作用するかわからないのだから、不測の事態を防ぐためにも不確かな手段は選べない。

 そんなわけで、目を合わせないとはいっても、相手の動向を怠ることなく確認しつつ、ゆっくりと歩を進める。


「ぷもー! ぷもー!」


 近寄る私に威嚇の鳴き声を飛ばしながら、濡れてもなおやわらかそうな毛並みから短い前脚を見せ、すぐにでも立ち上がろうともがくけれど失敗が続いている。

 これだけ騒いでいるのに立ち上がれもしないだなんて、足を怪我けがしているのかな。かなり近付いてみても出血や外傷などは見えないので打ち身か骨折かもしれない。

 移動してくれないとアヒルさんみたいな石を拾えないし、かといって石だけ拾って見捨てて帰るのも目覚めが悪い。そこで、患部を巻き戻してあげようにも――


「ぷも! ぷも! ぷもおおぉ!」


 ――めちゃくちゃ吠えているんだよね。

 このままだとあまり近寄れないし、どうしたものか。……餌付けでもしてみようかな。

 何を食べるのかわからないけれど、私が差し出せる物は一つしかない。


「ご飯あげるからね! 飛びついちゃ嫌だよ!」


 もしものためにスタッシュへ入れてある大事な大事な非常食のパンを、少しだけちぎって指で丸めてから、謎生物の目の前に向けて放り投げる。


「ぷもお! ぷむ……ぷ?」


 狙い違わず謎生物の前脚付近に着弾した。我ながらナイスショットであると自画自賛していたら、警戒するかのように鼻をひくつかせてパンの匂いを嗅いでいた黄色いぬいぐるみは少しだけかじり、安全な物であることを悟ってからは小さな欠片を呑み込むように一息で食べた。


「……ぷも」

「まだ欲しいの?」

「ぷもー」

「いや、わかんないよ」


 つぶらな瞳で見上げられてもサッパリわからない。物は試しに、またちぎったパンを丸めて足下に投げてみたら、今度は確かめることなくかじりついたので正解だったようだ。

 餌付けには成功したみたいだから、少しずつ与えながらゆっくりと近寄ってみよう。


「ぷもー」

「よしよし。怖くない恐くない。ほら、お食べ」

「ぷもっ」


 謎生物がむしゃむしゃしている間に、あと少しで触れるくらいにまで忍び寄る。

 もう出血大サービスで丸ごとのパンを謎生物の眼前に掲げながら地に膝をつけ、さらに速度を落として這い寄るように進んでいく。

 下が川原だから痛いけれど、ここまできたら放っておけないでしょう。


 目先に示されたパンに視線が釘付けの謎生物に和みながらもずりずりと這い寄り、手を伸ばせば届くほどの距離にまで接近した。


「ぷもぷもっ」

「うん、今あげるからね。でもその前に――」


 謎生物の鼻先に突きだしたパンを囮にして、私はもう片方の手を伸ばして怪我けがを負ったと思しき短い前脚に触れた。

 その瞬間はさすがに黄色い体が小さく跳ねたけれど、すかさず時間を巻き戻す。


 いつ怪我けがを負ったのかわからないから、とりあえずは丸一日分戻してみたところで謎生物から悲痛な鳴き声が上がった。それに慌ててさらに一日、おまけでもう一日の合計三日前の状態へと巻き戻して様子を窺う。


「……ぷも? ぷもぅ……? ぷも!」


 すると、どこにあるのかわからない首を戸惑ったように傾げていた謎生物が突然立ち上がり、私が持つパンに飛び掛かってかじりついた。


「うわっ」


 尻餅こそつかなかったものの、バランスを崩した私は思わず謎生物の背中に手を置いてしまい、予想どおりの感触が返ってくる。


「はぐはぐはぐ……ぷも?」

「……べっちょりしてる」


 まるで洗濯機に放り込んだセーターのように、川の水を吸い込んだ生暖かい体毛は想像以上に気色悪い。

 初夏とはいえ夜中はまだまだ冷えるのに、こんなに濡れてよく生きていたなぁ。濡れたのは夜が明けてからかもしれないけれど、前脚だけでなく全身を乾かしてあげないとこのままでは風邪を引いてしまいかねない。

 そこで、うっかりと消し炭にならないよう慎重に調整してから、砂漠に吹くような温風を当ててみる。


「むぐむぐむぐ……ぷむ? ぷもぉ~……」

「ふふふ、気持ちいいの? ここか? ここがええのんか?」


 普通の無属性魔術でやるような自分の前方にぬるい熱波を放つものではなく、手のひらからドライヤーのように出した温風を全身くま無く当てていると、謎生物が恍惚の鳴き声を上げた。

 その声を聞いたことで調子づいた私は弾む気持ちで作業を続行し、粗方乾かし終えるころには黄色いぬいぐるみ生物の体積が倍増して見えるほどになっている。


「もっふもふだね」

「もっぷもぷ」


 なんとはなしに謎生物を眺めていると、見様によっては黄色くやわらかいものの上に焦げ茶色のソースが掛かったプリンを連想してしまう。もふもふの毛並みからするとエクレアのほうが近いかもしれない。

 長いこと口にしていないから食べたいけれど、お砂糖はめちゃくちゃ高いしチョコレートは見たこともない。そのうち南の方へ入ったときにでも探してみようかな。


 それはそうと、ブローするついでにアヒルさんの石は手に入れたし、この子も元気になったみたいだからおいとましましょうかね。


「それじゃあ、私は帰るね。元気でいるんだよ」

「ぷも」


 見上げてくる謎生物に、後ろ髪を引かれる思いで手を振って別れを告げた私は、脳内メモから付近のマップを呼び出して道を照らし合わせながら歩き出した。




 おそらく、この川に沿って進めば町の横を流れるものと合流していそうだけれど、わざわざ遠回りするのも何なので来た道を引き返すコースにしておこう。ここから先は次に来たときにでも謎生物の様子見がてら探険すればいいでしょう。

 おおよその方向を掴めたので時間加速を行おうといつもの癖で周囲を確認する。


「……」

「ぷも」

「あ、どうも」

「ぷも!」


 着いてきちゃったかぁ。でも、うちにペットを養う余裕なんてないのだよ。

 もう貯金する必要がなくなったから、一日にパン一つで済むのなら何とかなるだろうけれど、さすがにそれだけだと栄養面で心配だから難しい。かといって、誰かに譲ろうにもエミリーのところは食品店だからあり得ないし、シャノンの家は工具でごちゃごちゃしているから危ないし、お隣さんはもう歳なので体力的に厳しそう。


「さぁ、おうちへお帰り」

「ぷもぅ……」

「そんな目で見ないでよ。うちだと大した物はあげられないよ」

「ぷもも」

「う~ん……魔術の実験に付き合ってくれるなら考えるけど……」

「ぷもぷもっ」


 まだ私以外に生きたままの人間や動物の時間をいじったことがない。もしもうまくいけば、食費もほとんど掛けずにこっそりと飼えるかもしれないね。それを許容してくれるというのであれば、一考の余地はあると思う。


「話してもわかるわけないか。とりあえずスタッシュに入ってね」

「ぷも」


 爆発事件をおこすよりも随分前の今よりもまだまだ幼いころ、逃げ出した鶏を捕まえるために何も考えることなくスタッシュを使ったことがあった。あの時の鶏は取り出してからもコケコケと元気に走り回っていたことを覚えている。どこに繋がっているのかわからないけれど、汚れも怪我けがもなく出てきたから大丈夫でしょう。


 謎生物を入れたことでスタッシュの空きがほぼ埋まったと魔力支配が教えてくれた。

 以前の小旅行に最適なボストンバッグくらいから、海外旅行に持って行くような大型のキャリーバッグほどに成長したようです。今のところはだいたい二倍ずつに拡張されているので、家が入るほどという領域への道のりも現実味を帯びてきたかも。




 それからは、お土産探しに使った分を考慮して私に流れる時間を大幅に加速させ、脳内メモの地図を参照しながら来た道を引き返す。近道できそうな部分は地図を埋めるつもりで突き進み、森の出口に差し掛かったあたりで人影が目に付いたので木陰に身を隠して魔術を解除した。

 あとはもう、何食わぬ顔で町まで戻り、家に帰り着くだけだ。

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