#011:薬草採集

 息も落ち着いたところで時間が巻き戻る魔術を自身に向けて放ち、少しの若さを取り戻した私はお母さんの真心が詰まったお昼ご飯をスタッシュから取り出した。


 今日のメニューはBLTサンドイッチだよ。ちょっと硬いパンに紐のようなベーコンと薄っぺらいレタスと焼いただけのタマゴを挟んで、私が作っておいた特製マヨネーズで味付けした一品となっている。

 え、トマトですか? それはこの辺りで見かけたことがないなぁ。

 北の方へ行けば領都があるから、そこなら売っているかもしれないけれど絶対に高い。あれは暖かい地方に行かないと安く手に入らないのではないかな。その代わりにタマゴは安いほうだからいっぱい入っていて、これはもうタマゴサンドと呼ぶべきかもしれないね。


 この世界……というか、この国では基本的に朝ご飯は食べない。

 昨夜の残り物があれば摘まむくらいで、それは残せるようなものが滅多めったに出ない私の家だけではなくて、お向かいのエミリーのおうちも似たようなもののはず。毎朝早くからパンを焼いているので、それをつまみ食いするくらいはあるだろうけれど。


 そして、お昼ご飯も今日みたいにサンドイッチ一つとか軽いもので済ませておいて、仕事が終わってからの晩ご飯は大量に用意されているよ。それをたらふく食べてお腹いっぱいの幸せ気分でぐっすりと眠り、明日からまたがんばるのだ。

 なお、お金持ちは豪勢なお料理を毎日三食召し上がっているらしい。ふぁっく。


 タマゴサンドを見たことでお腹が早くしろと急かしてきたから、軽く意識を集中させてお昼ご飯にかけておいた魔術を解除する。


 もはや完全に停止しているのではというくらいに時間を極限まで遅くしておいたから、いつでもどこでも出来たてのおいしさを味わうことができるのだ。本当に便利だよね、これ。

 もしも魔術をかけ忘れたとしても時間を戻せばいいだけの話ではあっても、一度冷えた食べ物を温め直すと何となくおいしさが損なわれた気がするのよね。電子レンジではなく時間そのものを戻すのだから変わりはないはずなのに。

 そんな感覚は私だけかもしれないけれど、うっかり戻し過ぎて調理前になってしまうと困るから時間は止める方向でやっているのだよ。




 ぱくぱく。もぐもぐ。

 誰も来ないような深い森の中で一人、鬱蒼うっそうと茂った木々に遮られることでやわらかなお日様の光を全身に浴びながら、倒木に腰掛けて少し先にある泉を眺めてご飯を食べる。

 なかなかに優雅なひと時ではないかしら。お茶が欲しいところですわね。うふふ。

 そこらに生えている草を摘めばハーブティーの出来上がりでございますわ。おほほ。


 昼下がりマダムごっこを終えた私はお皿を片付けて仕事をするために立ち上がる。

 ハーブは目当ての薬草を探すついでに見つけたら摘んでいくとして、今は家から持ってきたお水を飲んで誤魔化しておこう。お酒を飲むときに使うような大きなジョッキにお水を入れてスタッシュの中に放り込むだけでいいのだから、水筒なんて物を用意する手間も省けて楽だね。


 お腹の減りは満たされて喉の渇きも潤ったことだし、早速仕事に取り掛かりますか。

 お母さんから頼まれている採集対象は次の三種類。


『歪んだハート型の葉っぱ』

『ギザギザの葱みたいな草』

『赤い花の蜜とその根っこ』


 どれも正式名称はわからない。たぶん、お母さんも知らないと思う。

 それでも、見た目が明らかにこんな感じなので間違えることはないから大丈夫。脳内メモにも今までの物がくっきりと刻まれているから尚のこと安心だね。




 まずは歪んだハートを集めるべく、記憶を頼りにして前回の地点へ行くと……あった。

 これは葉っぱさえあればいいので、スタッシュから取り出したハサミで切り取って袋に詰めていき、ある程度溜まれば次の地点へと向かう。

 あまり採りすぎて全滅したらまた群生地を探さなければならないから面倒くさいのだ。うちを代表する売れ筋商品の材料だから手厚い保護が必要なのです。


 必要量の歪んだハートが集まったので、今度はギザギザ葱を集めに移動する。

 奇妙な姿をしていても葱っぽいだけあってすぐに育つみたいだから、こちらは一箇所でガッツリ採っても構わないはず。ちゃんと根っこは残して上の部分だけ次々とカットしていき早々に集め終わった。


 さて、最後の獲物が厄介なのだ。

 根っこが必要だから丸ごと全部採らないといけなくて、そのせいで毎回探すはめになる。

 せめてもの救いは、よく目立つ赤い色の花を咲かせてくれるから何とかなる感じかな。一つの花が咲いている期間は短いけれど、春から秋にかけての暖かいうちなら、新しく若芽が育つたびに花を見せてくれるほど生命力に溢れていてちょっと気味が悪い。

 ある意味で人間みたいに節操なしのお花とも言えなくはないね。だからこそ、根っこと蜜が傷を癒す薬の材料になるわけだ。


「やっと見つけたぁ……」


 そんなことを考えながら歩き回っていると、ようやく一株だけ目に付いた。根本から引っこ抜いて袋に詰め、新たな獲物を探しに辺りを探索する。種をはじき飛ばして数を増やすらしくて近くに咲いていることが多いのよ。

 しかし、一族郎党刈り尽くしてやる所存で探せども一向に見つからない。あれが最後の生き残りだったようなので、さっさとこの場に見切りをつけて他を探ってみよう。




 それから小一時間ほどかかってしまったけれど無事に赤い花も集め終わり、それぞれの素材が詰まっている袋をスタッシュに入れたところで違和感を覚えた。

 なんだかスタッシュの空きに余裕があるような気がする。これはもしや、スキルのレベルが上がったのかもしれない。

 それならそれでファンファーレでも鳴らして盛大に祝ってくれたらわかりやすいのに、実際のところは知らないうちに成長しているのだから気付かないこともあるのだよね。

 まったく、不親切ったらありゃしない。


 魔力支配を持つ私はすぐに感付けたからいいものの、その手のスキルを持たない人だと知らないままに寿命を迎えることもありそうだ。外部から他人の中にある魔力を調べても、さすがに能力までは知ることができないと思う。何か魔術を使うならその前兆くらいは感じ取れるけれど、いくらなんでも魔力の流れだけで所有するスキルなんてわかりようがないし、暴発事故が怖くて気軽には試せない。

 仮にできたとしても、おおっぴらには使えないでしょう。

 自分のことを詳しく知りたい人なんて私を筆頭にして大勢いるだろうから、利用料金を高く設定したとしても、遊ぶ暇もないくらいに毎日が忙しくなりそうなんだもの。


 それに、眉唾物だけれど、鑑定眼とかいうスキルがあるとまことしやかにささやかれている。

 やれ、どこかの山奥でひっそりと暮らす魔術師だの、たった一人で国を興して大国にまで導いた王様だの、直視することもはばかられるほどの美貌びぼうを備えた女神だのといった具合の内容で、どれもこれもすごく胡散臭い。

 山奥に隠れ住む魔術師ならまだわからなくもないけれど、大国どころか小国の王様だとしても簡単に会えるわけがないでしょう。

 そして、極めつけが女神だよ。

 女神ってなに? あの銀色の人のこと? 結構ポンコツだったよ?

 美貌びぼうについては人の数だけ感性があるから脇に置いておくとしても、あの人に鑑定眼があれば私が複数のスキルを手に入れたことを見抜けるはずなのに何も言わなかった。

 だからこそ、ただの噂ではあっても信憑しんぴょう性は皆無であると判断したわけなのだよ。


 そんな話よりもスタッシュがどれくらい成長したかを確かめるほうが建設的だね。

 では、早速…………何を入れよう。

 石ころなんて持って帰っても邪魔にしかならないし、傷薬の材料を集めようにも採り過ぎはよくない。何か適当な……そう、薪に使えそうな枝でも詰め込んでおこうかな。せっかく余裕ができたのだから、そのついでにお土産になりそうな物があれば確保しよう。

 そうと決まれば気に入ってくれそうな物を探しにいこうではないか。

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