#010:ちょっと森までお使いに
お母さんが急いで作ってくれたお昼ご飯を便利魔術のスタッシュに詰め込んで家を出た。
この時間ならエミリーは既に中央通りまでパンを売りに行っているはずだから顔を合わすこともなく、私は先日お邪魔した木工工房などがある南口へと向かう。
その道中もシャノンやマチルダさんに会うこともなく、大して高くもない石の壁に挟まれた南門に到着すると、門番をやっている兵士のおじさんから声を掛けられた。
「雑貨屋の嬢ちゃんか。外に出るのか?」
「はい。店の手伝いで」
「そうかい。ちょっと待ってな、手形取ってくるからよ」
そう言い置いて、兵士のおじさんは壁の内側に建てられた質素な詰め所へと入っていく。
この国では、町に入るために入都税としてお金を払わなければならない。
その地を治める貴族によって金額に多少の違いがあるけれど、あまりにも高すぎると誰も来なくなるので、よほどのおバカさんでなければどこも似たようなお値段となっている。
しかし、町の住民にまで課税していたら仕事も覚束なくなるため、持っていればお金を払わず出入りが可能になる通行手形が無料で発行されている。そのおかげで、私のように懐が寒い人でも安心して町の外へ出ることができるのだ。
払えない額でなくても、払わなくていいに越したことはないものね。
木製の小さな通行手形を持った兵士のおじさんが詰め所から戻ってきた。
「ほらよ。なくしたら罰金払わないと入れなくなるからな」
「はい。気を付けます」
「何かが暴れてるとか聞いてないが、変なところに行くんじゃねえぞ?」
「もちろんです。では、行ってきますね」
兵士といっても、国王陛下に雇われているという建前を笠に着て態度が悪い人も多いのに、ここを担当しているおじさんは注意事項も毎回きちんと伝えてくれるまじめな人だよ。
前世で例えると公務員のおまわりさんみたいなもので、町の住民や建物などに危害を与えうる人間とか野生動物なんかを相手に立ち回って安全を勝ち取ることが日々の業務内容だ。場合によっては危険な魔物が出ることもあるけれど、その時は町を治める貴族が自前の騎士団を引き連れて討伐に向かうので、兵士が前に出ることは
ハッキリ言って、町から出ることがない兵士よりも日頃から戦闘に明け暮れている冒険者のほうが強いので、怠慢貴族が治める土地では依頼を出されることが珍しくないらしいよ。
兵士のおじさんに挨拶を済ませた私は、開かれたままの門から町の外へ出た。
町の横には川が流れていて、そのまま川沿いの道を南へ下っていけば農村がある。主に小麦や大麦、他にもいくつかのお野菜が作られており、お向かいのパン屋さんがそこから小麦を仕入れているので私もよく食べている。
この町の周囲にもそれなりに畑が広がっているので、そこだけでは足りないものや、より質の高いものを農村から買っているという感じかな。
今日の用件は薬草採集なので、そちらには向かわず森が広がるほうへと歩いていく。
町を挟んで川の反対側にも小さな森と低い山があるけれど、目指す場所はそこではなくて、大人の足でも行って帰るだけで一日が潰れてしまうくらい離れた所にある。
そろそろ昼二つ――正午の鐘が鳴ろうかというころに、町を出た子供の私が日帰りで行ける距離ではないにもかかわらず、それを為せる理由とは言うまでもなく魔術の存在だね。
普段から便利に使っているスタッシュに勝るとも劣らない有能な魔術を使うべく、私はごく普通に歩いて目的地へ繋がる森の入口までやってきた。
森そのものは町からさほど離れていない。目当ての薬草が生えている地点が森の奥深くにあるのだよ。お母さんから教えてもらった近場の薬草をうっかり採り尽くしてしまい、怒られないように黙って探し回ったところ、そんな遠くにまで足を運ぶ必要ができてしまったのだ。
森の中へ踏み入った私は、何度か通ったことで脳内メモに刻まれた地図を頼りに奥へと進む。
町を出て間もないころはそうでもなかったけれど、森に近付いてからは誰ともすれ違っていないとはいえ、念には念を入れて木陰に身を隠して魔術を発動した。
すると、今まで耳をくすぐっていた木々のざわめきが静まり、目に映っていた周囲の風景から色彩も薄れ、肌に触れる空気がまるで油のように粘つく感触を寄越してくる。
そうです。私は時間を操れるのです。
さすがに世界のすべてを停止させるというものではなく、私自身に流れる時間を早めるものではあっても、これがすこぶる快適なのだよ。
もしかしたら時間そのものを止められるのかもしれないけれど、やり方が今一つわからないし、そこまでしなくとも十分な働きをしてくれているから文句なんて付けようもない。ほんの一〇倍速にするだけで一〇時間かかる道のりもたったの一時間で着いてしまう。夏休みだって一年以上の長さに伸ばせるのだから、その有用さは語るまでもないでしょう。
ただし、問題があるとすれば私も早めた分だけ老けてしまうのだ。あとで調整しておかなければ肉体的な意味でロリババアになってしまうでしょう。まだ成人もしていないのにシワシワのお婆ちゃんになりたくないよ。既にもう、本当の年齢がわからないからね。
いくら脳内メモを備えていても、いじった分の正確な時間はわからない。使うたびに多少のズレが積み重なっているのは間違いないよ。。
髪の毛が伸びる速度は一ヶ月に約一センチメートルと言われている。それを目安にしようにもお手入れなんてできないし、仕事の邪魔になるだけなのですぐに切ってしまう。生まれが半年違いのエミリーに合わせようにも、成長期だと伸び具合が読めなくて困るのだ。今は何とか同じくらいに保っているけれど、エミリーはすくすく成長していても私は身長が伸び悩み始めたから、それもいつまで使えることやらで先行き不安になる。
それもこれも、自転車があれば解決するはずだ。
今日みたいな移動のためだけに魔術を使うのなら、それの代わりにペダルを軽く
うまく出来上がったら乗れるように練習しなくては。
完成はまだ先のことなので、それまではこうして魔術を使うしかない。
物を転移させたり時間を早めたりできるなら職人さんに魔術をかければいい?
それだと私ありきになるから、手に入れる予定の大金で遊べないじゃない!
私以外にこんな芸当をできる人なんて聞いたこともないから木陰でこっそり使っているのに、それをわざわざ他人に教えてしまえば味を占めた人たちからいろいろと仕事を押しつけられた挙げ句にロリババアと成り果て、あとはもうあの骸骨のお迎えがきてしまうだけでしょう。
友達と遊ぶ夢は叶ったけれど、欲しい物をあれこれと買いあさる夢はまだまだ遠いのですよ。
それに、もしも何かあったら怖いからね。私は過去に爆発事故をおこしているのだから。
時を早めるこの魔術だって、お気に入りのお花に『早く大きくなってね』なんて話し掛けていたら翌朝には枯れていたもの。
そのせいで、自身にかけるまでにはかなりの実験回数と時間を要した。
まだ他人にかけたことはないから、木工工房の職人さん達に『早く自転車作ってね』とか言いながら魔術をかけでもして、次の日には全員が干からびてミイラ化していたら笑えないよ。
ただ歩くだけでは暇すぎて無心にとはいかず、ヘンテコなのに便利な魔術のことを考えている間にも目的地に到着した。
そして、周囲に目を走らせてから即座に魔術を解除して、近くに横たわる倒木に腰掛ける。
「どっ――こい、しょっと。……ふぅ」
……疲れた。
常人と比べて何倍もの速度で動けるとはいえ、年相応の体力しかない私では歩き続けていたら息が上がってしまう。魔力はどれだけ使っても減らないけれど、体力は使えば使った分だけ減るからね。そんなときは時の魔術で元に戻すだけだから問題ないといえば問題ない。
でも、今は一息つきたい。
肉体的疲労は解消できても記憶保護の弊害か、精神的疲労は残ったままだからねぇ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます