第88話 『わなたべさん家』になるために2





 といっても、当たり前のことなのだが、娘との時間をたくさん持つことにし、自分を大切にすることにした。



 例えば、


 ・買い出しでスーパーや薬局に行ったら、すぐ食べられる昼食を買ってお昼まで遊ぶ


 ・週に3日は『なにもしない日』を作り、荷造りや買い出しもせず、ちいちゃんと自分を優先する


 ・母や妹がいる日はひとりで10分湯船に浸かる



 ………などなど。



 効果はすぐに出た。ちいちゃんの「いや」はかなり減ったし、わたしも元気になった。メリハリが出たし、計画を立てられ、計画内容それが全くできないということはなくなった。



 ちいちゃんを寝かしつけ、そのまま一緒に9時頃に寝ると、次の日はやけにすっきり目が覚める。



「ちいちゃん、ありがとう」


 絶対に起きないとわかっていて、毎日話しかける。



 そんな週に3回の『なにもしない日』のこと…─



「おさんぽいこうか」


「ん!」


 どしどしどしどし…どしんっ


「んっ、んっ」


「待って待って、くつはいてから」



 なんとか靴を履かせて外に出ると、雪国もすっかり春の陽気だ。桜は大きな蕾になり、今にもほころびそうだった。


 それなのに、ちいちゃんは玄関先で座り一向に動かない。


「一緒にひなたぼっこしよっか」



 何気なくそう隣に座ると、くしゃと目を細めて満面の笑みを見せるちいちゃんがいた。


 つんつん、とお腹をつつくとケタケタ笑い、


「こちょこちょ~」と言うだけでキャッキャと笑い、


 わたしの鼻唄に小さな体を揺らして、また満面の笑みを向けるちいちゃん。



 あー、わたし本当に見落としてたなあ。



 あの桜が満開になる頃、きっとわたしは大慌て。慣れない日々のなかで、またこの笑顔を見落とすのだろう。


 寂しい思いをして、お互い疲れたら、また『なにもしない日』を無理にでも作ろう。


 4月の頭、桜が咲くのはもう少し。旅立つその日ももう少し。

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