第87話 『わたなべさん家』になるために1





 それはよく晴れた3月のことだった。



「決まったよ!新居!」



 わたしたちは初めて家族として同じ屋根の下で暮らすことになった。






 …─3月某日



「いい?賃貸で譲れない3大条件は、『追い焚き』『エアコン』『靴箱』だからね」


「わかった」



 2月いっぱいまで県外にいた夫が、3月から再び県内の駐屯地に戻る。これを機に一緒に暮らそうと前から話していた。


 内見を必ずしたかったわたしだが、ちいちゃんを連れて、高速で2時間もかかる駐屯地のある街へ行くのはとても厳しく、夫に任せるしかなかった。


 そのため、3月に戻ってきたら即物件探しをし、内見をし、契約にこぎ着けた3月20日過ぎには……



「おれ…がんばったよ…」



 なんとも頼りないもので。




 それからは怒濤の日々。



 引っ越し業者の手配や荷造り、その他は娘のお昼寝中に行い…。


 午前中は普段の食品から新居に持っていく日用品を買いに行くのだが、娘が飽きるまでの1時間強で終わらせ(最寄りのスーパーまで車で片道15分を含む)…。


 土日にはわたしが車をだし夫と家電や家具を見に行き…。



 こんなことが毎日続いた結果、



「やあ!いや!やあーっ!!」



 車に乗りたがらない、外に出たがらない、だっこされたがらない、食べむら、逃走、動かない……。


 娘は限界になった。


 でも、わたしもつらかった。


 娘の起きてる時間は買い物か遊び、食事を準備して家事をして、娘が寝たら荷造りや次の日の支度…。いざ寝ようとすると不安や引っ越しのことでいっぱいで寝付けない…。



 これはもう、お互いだめだ。



 わたしはここで初めて、「本当に頑張ろう」と思った。

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