第192頁目 小物じゃねえよ?

「誰だ!!」


 そう言って出てくる相手なのか。とにかく立った腹をわらせたい。


「ごめんね。でも、暴れられたら困るのよ。」


 背後からする声。やはり、鳥……嘴獣人種だ。


「ま、待て!」

「あら、なあに?」

「なんで俺を追うんだよ! 誰だお前!」

「自警団よ。王国騎士団からあなたが泥棒だって聞いてね。もし本当なら許せないわ。」

「俺は何も盗んでねえよ! 騎士団が勝手に俺を泥棒って言ってるだけだ! 俺は竜人種だぞ!」

「ふーん。竜人種がそう言ってるならそうなんでしょうね。確かに泥棒なんてする竜人種がいるとは思えないし……。なら、なんで此処にいたの?」

「今日優勝したルウィアの友達なんだ!」


 俺は胸を張って友人を自慢する。意外と話せるぞコイツ。


「へぇ! 彼ね! 亜竜人種の癖に格好良かったわ!」

「と、とにかく、俺を追うのはやめてくれ。」

「そうね。なんかもう少し厄介な相手だと思ってたんだけど、すっごく小物っぽいから興味失くしちゃった。お友達を見習った方がいいわよ。」

「あぁ、そうしたいよ。でも、助かる! 本当に迷惑を掛けようとかは思ってないんだ。タムタムからだって出ていく予定だ。」

「そっ。じゃ、早く逃げなさいよ。王国騎士を手伝ったなんて噂が広がると面倒だわ。」


 なんて聞き分けの良い奴だ! 俺は大急ぎで逃げ出し通り脇の建物の陰に隠れる。すると、すぐに複数の足音が近付いてきた。


「おい! 竜人種をこの辺りに落としたな! 手荒な事はするなと言ったはずだ!」

「ごめんごめん! でも竜人種よ? 怖くて手加減出来ないわ!」

「あれで神巧具が壊れてたら……ひえぇ……。」

「文句があるなら自分で飛んで行けば良かったでしょう?」

「飛竜に飛行能力で勝てる訳が無いだろ!」

「なら、ウダウダ言うんじゃないわ――。」

「何事だってんだ! ロイ! リアン!」

「「隊長!」」


 隊長? あのオクルスで会ったドワーフ族か。覗き込むのはリスクが高いのでやらないが、会話内容だけ知ろうと聞き耳を立てる。


「あら、貴方が隊長?」

「あぁ、王国騎士団遊撃隊隊長ドンダ・ドンダだ。アンタは?」

「自警団よ。そこの二人から竜人種を捕まえてくれって頼まれたから手伝ってんの。」

「ナニィ? お前等、説明しろ。」

「はい! 数ヶ月前にオクルスでも見掛けた竜人種なのですが、僕が鞄を調べた所、何故か王国で盗難されたはずの神巧具を所持していたんです。」


 リアンがハキハキした口調で答える。


 王国で……キュヴィティは王国でこの神巧具を盗んだって事なんだろうか。奴ならやりかねない。高鷲族は外と交流があったっつってたしな。


「……それは間違いないのか?」

「はい。当時から出回っている触れ紙を何度も見てますから俺は覚えてます。」

「僕もです。間違いないです。」

「チッ、帝国に持ち出されてやがったか……。”本棚”の調査もあるってのによぉ。流石にこれを放っといたってんなら”開発”の奴等になんてドヤされるかわからん。」

「その竜人種はまだこの辺りにいるはずです。」

「でも、もうどっか行っちゃったわ。」

「何故追わなかった!」

「よせ、ロイ。」

「怖いわねぇ、勘弁してよ。だって素早かったんだもの。しかも竜人種なのよ? 下手に刺激したら大変な事になるわ。」

「あぁ、それにこれ以上俺達の手伝いなんざしたくないだろう。悪かったな。」

「わかればいいのよ。」

「協力はここまででいい。後は俺達騎士団でなんとかする。」

「そっ。じゃあ、頑張って。」

「協力感謝する。」

「あんた達から手伝えって頼みなんてどうでもいいんだけど、自警団が泥棒見逃すわけにはいかなかっただけよ。」


 自警団は王国騎士に協力的でない事がはっきりわかった。隊長はドワーフの癖に冷静に判断出来る奴みたいだな。あれ、これって人種差別か? まぁいいや。とにかくどうにか裏から回ってルウィアんとこへ……いや、まだ危ないか。っつかさっき咄嗟にルウィアの友達っつったけど、聞かれてないよな? 迂闊うかつだった……。


「邪魔だクソ共! なんで王国の騎士がこんなにいやがんだ!」


 そんな罵声で好奇心に敗け少しだけ物陰から覗き込む。なるほど……ぞろぞろ競技場の中から騎士達が出てきてるのか。それだけじゃない。隊長とやらも、大量の騎士を連れている。


「俺は予定通り本棚へ向かう。お前等は竜人種を追え。人員は……半分にすっぞ。」

「承知致しました。」

「頑張ります!」

「まずは調査だ。俺は本隊に戻る。」

「わかりました。護衛は……。」

「要らねえ。」


 ドワーフ族らしい長い腕を使ってエカゴットに飛び乗りタムタムの中心へ走り去る隊長。しかし、厄介な事になった。一旦ここを離れるしかねえ。囲まれたら終わりだ。



*****



「ダァーッ! なんでだよ!」


 タムタムの外で茂みに向かって俺は叫ぶ。今日のタムタムの夕方はとても明るく騒がしい。離れた場所であるここにまでその喧騒が聞こえてくるくらいだ。その中心は疑うまでもなくラッキーグレイル。アニバーサリーレースにちなんで好き放題騒いでいるんだろう。そんな馬鹿騒ぎには似合わない騎士の姿がよく目に映る。俺を探しているのだ。お陰で全く近寄れない。俺が出来るのは地団駄を踏む事だけ。


「見つけました!」

「ファアアアアアァァ!?」


 突然の声に驚き奇声を上げてしまう。


「煩いです!」

「マレ……フィム?」

「そうですよ! もう! ずっと此処にいたのですか!? どれだけ探したと思ってるんですか!」

「ちげぇよ! 知らねえのか! 騎士団がずっと俺を探してんだ!」

「それは存じてますが……ルウィアさんのレース、終わってしまいましたよ……?」


 悲しそうな顔をするマレフィム。だが……。


「あぁ! 凄かったよな! まさかルウィアがあんなヒーローみてえな……! 見たかお前! あの局面でセクト加速させてよぉ! 壁をダダダダーッてさ! あん時の他の奴等の呆気に取られた顔、絵に残したいくらいだったぜ! あ、でも、怪我しすぎだよな。今日はちょっと無理しすぎだぜ彼奴あいつ……ってどうしたマレフィム?」

「見る事は叶っていたのですか……?」

「勿論! いやぁ、間に合わないかと思ってヒヤヒヤしたぜ。アロゥロには謝らないとな。マレフィムはアロゥロと一緒に見てたのか?」

「え、えぇ。」

「ルウィアは無事なんだよな?」

「その、気絶したままゴールしてセクトから引き離すのが大変だったみたいですけど、今はゆっくり寝て休んでます。毒については事前にディニーさんへ話してあった様で対応も滞りございませんでした。」

「そうか……あぁー! そうかぁ! やったんだな。すげえよ。本当すげえよルウィア!」

「アロゥロさんなんて隠す為に私を抱いて見ていたんですけど、何かある度に大騒ぎして潰されてしまうかと思いました……。」

「あれは刺激が強かっただろうな……。」

「でも、最後辺りは毒の件で下に駆けて行ってしまいましたけどね。ミザリーさんは狂喜乱舞してましたが……。」

「ミザリーが? なんで?」

「……ルウィアさんの賭け札を沢山持っていたからです。」

「あ、の、バ、バァ……。」


 結局あのババァはルウィアに賭ける人を減らしたかったってだけかよ。


「それよりもだ。ルウィアに会いてえ。」

「それが……何処に行っても騎士団が居て……。」

「それを突破する方法を考えるんだよ!」

「……わかりました。しかし、この時間になると町へ入る引き車も少ないでしょう。」

「同じ手は使えないか……。やっぱり空か?」

「飛ぶのが上手ければ使える方法ですが、クロロさんでは難しいでしょうね。それに私と竜人種を追っているという事もあってかなり空の警戒も強めています。」

「じゃあどうやってここまで来たんだよ。」

「幸いタムタムから出て行く引き車があったのでクロロさんの真似をしました。」

「なるほどな。荷物の検閲までする権……ん? 何かがこっちに近付いてくる。」


 俺が感じた人の”気配”。町の方から等間隔に列をなしてこちらに……向かってきてる! 視覚強化!


「マレフィム! 間違いない! 騎士団だ!」

「騎士団が!? まだ町にいるはずなのでは!?」

「向かってきてるのは副隊長の二人を筆頭に何人かの部下だ。取り敢えず横に避けよう。」

「わ、わかりました。」

「……待て。」

「どうしたんです?」


 俺は向かってくる奴等をよく確認して、とある事に気付く。俺の予想が間違ってなければ……!


「マレフィム! 違う! 多分奴は俺の場所に気付いている! 後ろに退さがるしかねえ!」

「えぇ!? 見つかっているのですか!」

「あぁ! じゃなかったらもっと人数連れて横に広がってくるはずだからな! 行くぞ!」

「はい!」


 クソッ! 近付くどころか余計に離されるなんてよッ!


 しかも、障害物木々等が点在するとは言えこっちは徒歩。対して、彼奴等あいつらが乗っているエカゴットの脅威は今日もこれまでも嫌になるくらい見てきている。どうやってく!? その方法が浮かぶまでは普通に逃げるしかねえ!


 俺はタムタムに背を向け走り出す。密集はしていない林みたいな場所だが、木のサイズは様々。そこに夕方とはいえ動く物があればすぐに見つけられるだろう。もういっそ倒すか? でも、万が一があってミィを奪われたら……!


「……ッ!」


 苛立ちが込み上げてくる。それでも、俺は衝動でミィを危険に晒せない。それに、折角ルウィアが綺麗に勝利を勝ち取ったんだ。それに泥を付ける様な真似なんて出来ないだろ!


「クロロさん! 駄目です! 速すぎる!」

「ソーゴって呼べ! 逃げるのは無理そうか!?」

「は、はい! エカゴットに身体強化を施している様です!」

「レースじゃねえならそりゃ使うよなぁ!」


 空は……俺の下手な飛行じゃ木にぶつかって寧ろ簡単に捕まってしまう確率の方が高いよな。相手も飛べるんだし。仕方ない。迎え討つしかねえか。……殺さなきゃいいんだ。


「ハアッ!」


 俺は振り返ってアニマを前方に展開する。そこから向かってくる騎士全員のエカゴットに向けて水を放射。加えて力の顕現で風を送り込む。何人かは当たって倒れ込むが、巧みに避けた騎士の方が多かった。だが、強風を吹かせれば意識は水鉄砲だけに割けなくなる。つまりは……。


「物量作戦だ!」

「す、凄い! こんな魔法まで出来る様になったのですか!?」

「風で飛んでるのは知ってるだろ!」

「可使量がここまで多いなんて!」

「これでも竜人種だからな! アメリは手伝わなくていい! 隠れててくれ!」

「わかりました! 無理しないで下さいよ!」

「相手の出方次第だ!」


 俺の作戦は成功し、何人もの騎士をエカゴットから落とす。しかし、残念ながら俺の頭は俺一つだけ。同時に狙える相手の数には限界があるんだよなぁ!


「マジかよ!? やっぱり駄目か!」


 わかっちゃいたが、騎士をエカゴットから落としても再度乗り込めばいいだけだ。その上、風魔法を使って個々に防壁を張りやがった。殺す気の無い水鉄砲と本気の風の壁ならどうやったって俺が負ける。かと言って殺す威力の魔法を使う訳にも……!


「……! そうだ! 目眩ましだけしたいなら!」


 とっておきの奴があるじゃねえか!

 

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