第186頁目 初めて会った相手を侮らないでよね?

「ソーゴさん! こっち!」

「待てってアロゥロ! 急いだって始まる時間は変わんねえよ!」

「でも良い席取らなきゃ!」

「赤いチケットの席って限られてんだろ? 大丈夫だって! それより美味いモン買ってから入ろうぜ!」

「じゃあ先入ってる! あ! オバアさん!」

「お、おい!」


 アロゥロはミザリーを見つけたらしい。人を掻き分けて駆けて行った。


「ご機嫌ですね。アロゥロさん。」

「いつも元気だけど今日は輪をかけて、だな。」

「どうするのです?」

「チケットは朝貰ったしお前の分も預かってるから後で合流するってので問題無いだろ。美味そうなモン探そうぜ。俺幾つか興味ある飯見たんだよ。」



*****



「テメェがルウィアとかいう騎手か。なるほど、聞きしに勝る良いエカゴットじゃねえか。」

「あ、ありがとうございます。」

「俺を知ってるか? デケダンスってんだ。」

「え、あ、き、聞いた事はあります……。」


 僕に話し掛けて来たのは僕より少しい大きい身体の獣人種だった。ツヤツヤの羽根……立派な翼だ。騎手には体重の軽い嘴獣しじゅう人種が多いって聞いた事がある。周りを見回せばデケダンスさん以外にも何人か嘴獣人種の人がいた。まだ全員揃って無いみたいだけど、亜竜人種は僕しかいないみたいだ。当然、殆どが獣人種。でも、一人だけ植人種がいる。


 ……田舎の陸上競技なんてこんなものだよね。でも、エアレースとかだったら流石に怖すぎるし、エカゴットレースが今の僕の限界かな。


「なんだビビッてんのか? ま、どいつもこいつもレース前はピリピリしてるもんな。」

「おいおいデケダンス。俺も一緒に纏めんなよ。俺程冷静に一着を掻っ攫う奴ぁいねぇぜ?」


 うぅ! その言葉だけで何人かがこっちを振り向いた……! 僕を巻き込んで挑発なんてしないでよぉ……いや、そんな弱気じゃ駄目だ。か、勝たなきゃ……!


「ロッゾォ。相変わらずだなテメェは。ここがラッキーグレイルじゃなきゃ拳が数発飛んでくるぞ。」

「ホント平和だよなぁここ。拍子抜けしちまうくらいだ。でも、正々堂々勝負が出来るレース場はレアだかんな。ここで優勝すりゃ俺が卑怯だとか言う奴等も黙るだろ。」

「まさかそれが目的で応募したのか?」

「あぁそうだよ! 卑怯者ってレッテル貼られたまんまじゃ落とせるかわい子ちゃんも落とせねえからな!」


 大言をはためかせるロッゾとか言う騎手の後ろからたった一人の植人種である騎手が話に入ってくる。


「そんなお前が連戦連勝してるってのが気に入らねえ。それと、ルウィアだったか? 馬鹿共を釣る餌ってのはわかってるが、俺の邪魔をしたら絞め殺すぞ。」


 なんで? 僕なんも言ってないのに……。


「そう脅すもんじゃねえ、ロワルド。」

「てめぇもだデケダンス。昔みたいに出し抜けると思うなよ?」


 ピリピリがヒリヒリに変わりそうな控室。各騎手はエカゴットのコンディションを見たり、装備を整えたりしていた。そして、どのエカゴットからもそれなりの緊張を感じる。”ボス”……セクト以外からは。


『キュゥルルルルル……。』


 それどころか立ってるの億劫になったらしく横になり丸まってしまった。


「ははっ! ”ボス”だっけか? すげぇ余裕じゃねえか! レース前だっつうのにここまで落ち着いてるエカゴットなんて初めて見たぜ! それにとんでもなくデケェなコイツ!」

「エカゴットの近くで騒ぐんじゃねえよロッゾ。俺は何度か見た事がある。だが、珍しいのは確かだ。……ん? ルウィア、これがお前の競技具か?」


 デケダンスさんが僕の横にある大きな木製の鎧を見て聞いてくる。これが僕の秘密兵器……!


「は、はい。」

「随分デケェもん着るんだな。いや、このエカゴットだから出来る戦法か。なるほど。」

「でもこれじゃ動き難いだろ?」


 更に割り込んで来たのは女性らしさを感じさせるスラッとした獣人種。嘴はない。


「お! 気になってたんだよ! 君、名前は?」


 すかさずロッゾさんが名前を聞く。


「アタシはメメャリ・グレーブル。」

「メメャリちゃんね。俺は――。」

「ロッゾ・ムンス。知ってるよ。」

「これはこれは光栄で。」

「でも悪いね。アンタには興味無いんだ。アタシが警戒してんのはラクール・マネーサー。勿論歴戦のデケダンス、アンタを舐めてたりはしないんだけど、ちょっと因縁があってね。」

「ほう? 俺を歴戦だなんて。嬉しいな。だが、それを何故態々言う?」

「わかれよ。邪魔すんなって事さ。」


 ひぃ……よくわかんないけど皆何かを抱えてるみたい……。そうかだよね。皆には皆の闘う理由があるんだもんね。敗けていいなんて考えてる人は誰一人いないに決まってる。地方の競技場だけどまぁまぁ大きい規模のレースだって聞いたし、本来なら僕が出られているのは異常なんだ。その中で爪痕を残す、程度の意気込みじゃ優勝なんて出来ない。勝つんだ。やるんだ……!



*****



 太陽光に音がついたんじゃないかと思えるくらいの歓声。こ、こんなに注目されるのは生まれて初めてだ。


「番号を教えろ! こっちだ! 並べ!」


 荒々しい口調で騎手を乗せたエカゴットを整列させるスタッフさん。殆どがディニーさんと同じ種族だ。エカゴットに踏まれたら大怪我じゃ済まない体格だからちょっと見てて心配になってしまう。


「ルウィア・インベル! お前は何番だ!」

「えっと、七番です……!」


 レース直前で引いたクジで番号スタート位置が決まる。……なんだろう。歓声を聞けば聞くほど心臓が浮いていくみたいな、口から這い出ていこうとする様な……。


「動くなよ! 知っての通りフライングは即失格だ!」


 こういうレースはスタート直後の行動で簡単に怪我人、または死者が出る。やり直しなんて措置は無い。それにしても、耳を覆う振動の内訳は物騒な内容ばかりだ。”ぶっ殺せ”とか”くたばれ”とか”敗けたら殺してやる”とか……だからこういう競技は好きになれないんだよ……。


「位置についたか!」


 スタート地点に並ばせ終わると大急ぎでスタッフさんが撤収する。両脇を見ると、左にはロワルドさん。右にはロッゾさんが競技具を身に纏い構えていた。僕もオリゴ元の姿に近い身体になって、顔や身体がみっちりと覆われた鎧を着込んでいる。トマンソンさんに急拵きゅうごしらえで用意して貰った物だけど、僕の望んだ通りの出来だった。セクト専用の鎖帷子くさりかたびらはピッタリサイズだし、あぶみもレース用に短くして貰った。にしてもこの鎧重いな……。セクトの様子に大きな変化は見られないけど……。


「セクト、君、凄いよ。こんな場に出ても全く動揺しないなんて。競技具が重いだろうけど、頑張ろうね。”いつも通り”やろう。」

『クルル……?』


 名前を呼ばれたセクトは小さく唸りながらこちらを軽く見る。本当にいつも通りだ。……それなら後は僕だけ、だね。僕がやれる事を全部やる。


「皆様! 今日はお集まり頂きありがとうございます! 早速ですが、選手の説明をさせて頂きます! まずは一番、エカゴットレース界でコイツを知らねえ奴はモグリだ! 賞金は祖国のガキに貢いでるらしい! デケダンス・コロコロ!!」

「よぉ! 雲一つねえレース日和だ! 見てろよテメェ等!」

「続いて二番――。」


 端から順に選手の軽い説明をするみたいだ。名前を呼ばれて手を振りアピールをする騎手達。僕も何かしなきゃだよね……。挑発しても良い事無いし目立たない様にしよう。鎧だって重いしね。


「七番! ここいらに住んでる奴ァ聞いてるだろ! 暴君”ボス”を手懐けて颯爽と登場だァ! まさかのレース出場! だってのになんだこりゃ!? オッズ高すぎだろ! お前等には地元愛ってのがねえのか!? こいつに賭けた奴ァしっかりフマナ様に祈っとけよ! それと、これは余談だがコイツは商人をやってるらしい! 勝てたら客が増えるかもな! ルウィア・インベル!!」


 順番が来るのは知っていた。だから最小限の行動で応えようと思ったんだ。僕は片手の指一本を立て天を指す。特に理由とかは無い。ただ手を挙げるよりは良いかなって。でも、それだけじゃ足りない気がしたから僕はその手をくるりと回して空に一つの円を描いた。これにだって特に意味は無い。でも――。


『キュアアアアアアアアアッ!!』

「わわっ!?」


 何故かセクトが背伸びをしながら大きく吠えた。何を感じ取ったのかはわからない。うるさーい! って叫んだだけかも。でも、それは多くの人には偶然と目に映らなかった様で……。


「うおおお! スカしてっけどかっけぇじゃねえか!」

「完全にあのでけぇエカゴットを手懐けてやがる! 他の奴等と比べたら彼奴だけが大人のエカゴットに乗ってるみてぇだ!」

「フマナ様フマナ様フマナ様フマナ様……! 頼むぜぇ……!」

「そんな蓑虫ミノムシみてぇな格好でレースなんて出来んのかよ!」


 セクトの咆哮に呼応する様に更に大きな声援が返ってくる。ま、まぁ……よかった……のかな。でも、目立っちゃったかも……。


「ははっ! 次! 八番――。」


 そして、無駄な狼狽うろたえを鎮めている間に残り全員の紹介が終わり進行役が余韻の様に一言二言続け”間”が出来る。ここぞとばかりにざわめきが大きくなっていく。アニバーサリーレースの時はウナレースを同時開催しないって確かディニーさんが言っていたよね。つまり、観客の目は全て僕達に注がれているんだと思う。


『バァアン!』


 突然、身がすくむ程の大きな金属音。今の音で一気に歓声がんだ。事前に説明は受けてる。これは準備完了の合図。音はもう一度鳴らされる。その時がレース開始の瞬間だ。それに備えて何人かの騎手は腰を浮かせる。


 チャキッと金属が擦れる音、ギシッと革が軋む音、ドクドクと血液が身体中を走り回る音。全てが緊張を高めていく。


 時折静寂に撃たれる檄や野次。U型競技場の内側の曲線の終わり。線となって並ぶ僕等。今か今かとその”時”を待つ。スタッフさんが頭上に掲げた一本の太いバチを注視しながら。アレが銅鑼に叩きつけられた瞬間だ。その時……! その時……!!


 気持ちがはやり、前のめりなった前身がそのままつんのめってセクトの首にもたれ掛かりそうになる。だが、その時こそが”その時”だった。


 振り下ろされるバチ。


『バアアアアアアアアアァァァァァァァン!!』


 先程よりも大きな音が鳴ったはずのソレは僕の心音に比べると酷く眇々びょうびょうたる音に聞こえたんだ。


「セクトッ!!」


 僕は名前を呼んでセクトの腹を蹴る。



 ――巻き起こそう、僕等の風を。

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