第184頁目 チキチキ?

「旦那はわたしが思っていたより険しい道を行くみたいだからね。少し変わった素材を使ったのさ。」

「変わった素材ってなんだよ。」

「言ったってわからないだろ。だけど、今度はかなり丈夫だよ。」

「へ、変なの使っちゃいねえだろうな?」

「世間知らずな旦那にとっちゃ何渡したって”変なの”だろう。」


 確かに。ってなんで俺が世間知らずなんだよ。世間知らずだけど、ミザリーはそんな事知らねえだろ。何をもって俺を世間知らずだと言いやがる。確かに俺は世間知らずかも知らねえが、事実である事と推測で勝手に決めつけられる事を意味合いが大きく違う。よって俺が――。


「変な顔してんじゃないよ。気に入らなかったのかい?」

「あぁ? あー……うん。出来はすげぇなって思う。」


 小学生並みのコメントだ。しかし、それ以外にどうコメントすればいいのかわからない。だってこの服にはルウィア達みたいな細かい刺繍ししゅうみたいなのとか模様っぽい穴とかが無いんだ。ぶっちゃけ手抜きな一枚布に思える。それを突っ込んでいいのだろうか。光の反射具合も化繊かせんっぽくて安っぽく感じるしな……。でも、これにもしっかりした理由があった場合、俺はなんか空気も読めず難癖をつけたいだけの奴みたいになってしまう。それは嫌だ。


「なぁ、これ、刺繍みたいなのってつけられないのか?」

「そんなの付けてどうすんだい。デートでもするのかい。」

「いや……ルウィア達のとかと見比べたらさ……。」

「用途が違うだろ。無駄な突起は引っかかりを作るからね。大人しくソファーの上で話し合うだけなら良いんだろうけど、木々や岩の間を通り抜けるには向かないよ。」

「……まぁ、それもそうか。」


 ふぅ……ちゃんとした理由があったし、無難に聞けた。しかし、そうか。刺繍って布に針通して糸通してんだもんな。やり方も重要なんだろうけど、穴を開けた布が丈夫になる訳がないって事か? 例え刺繍が丈夫だろうと何もしていない布とどっちが丈夫なのかと問えば……なるほど。なんて納得しているとマレフィムが輝いた目で俺の服を見ている事に気付いた。


「どうした?」

「どうしたって、これ凄まじい布ですよ……! わからないのですか!? ミザリー様! これは何処で!?」

「あん? 布なら全部ウチで織り込んでるよ。」

「で、では素材はどうやって?」

「連れさね。」

「だ、旦那さんですか?」

「あぁ、ウチ専属の仕入れ屋をやってるよ。滅多にウチにゃ帰って来ないが、わたしがこんだけ阿漕あこぎな商売を続けられるのもこれだけの質を出せるわたしの腕と連れのおかげさ。」

「……阿漕あこぎな商売って自覚はあっダッ!?」


 何処から出したのか。ミザリーに突如木の棒で殴られてしまう。痛みに耐えつつ恨めしげにミザリーを睨みつけるがその顔はヤケに上機嫌に、そして誇らしげにこちらへ笑みを向けている。


「旦那には言わせないよ。ウチを阿漕あこぎと言っていいのはわたしと連れだけさ。」

「た、叩くんじゃねえよ!」

「無礼には相応な返しだろう?」

「クッソ! 勘定だ勘定! 幾らだよ!」


 相変わらず腹の立つババアだ! 死なないでいいけど今度ちょっと痛い目見ちまえ!


「待ちな。まだ終わっちゃいないよ。」

「あん?」

「鞄を渡しな。すぐに終わるよ。」


 俺は困惑しながら警戒もせず反抗する大人しく鞄を渡してしまう。それを受け取ったミザリーは目にも留まらぬ速さで縫い糸を見慣れない道具で切り、ベルトの付け根に金具を取り付ける。そして、そこに両端にフックが付いたベルトを嵌めるミザリー。


「出来たね。」

「これ……。」


 ミザリーから再度鞄を受け取り、ベルトをまじまじと見る。……気の所為でなければこれはノックスに切られたベルトだ。切断された箇所は腕時計の金属ベルトみたいなチェーンで繋がれている。


「元の状態には戻せないけど、わたしなりに少し変えさせて貰ったよ。」

「ありがとうございます!」

「あ、ありがとう……。」


 こんなはずじゃなかったのに嬉しそうなマレフィムに釣られてお礼が口から這い出てしまう。


「さ、勘定しようかね。」

「お、おう。」

「あの、それなんですけど……。」


 後ろを振り向くとルウィアが申し訳無さそうな様子で俺を見ていた。


「ん? どうした?」

「この料金、一括にしても宜しいでしょうか。」

「料金を一括? どういう事だよ?」


 分割払いにするってんならともかく……一括でお願いするってどういう事だ?


「その、ソーゴさんの分も僕が払いたいんですよ。」

「はぁ!?」

「わたしゃエーテルが払われればなんでも構わないよ。」

「ばっ!? 何言ってんだよルウィア!」

「お願いです……! これは僕なりの報酬なんです!」

「そりゃお前……ッ!」


 レースの賞金が俺への報酬だって言ってたじゃねえか! でも、それを盗み聞いてたなんて言えねえ。


「私達の報酬はもう頂いていますよ。」


 俺の代わりにマレフィムがそう返した。そうだ。マーテルムで白銀竜の情報を得る為に同行するというのが俺達の建前だったじゃねえか。そういう意味で充分俺は見返りを手に入れている。


「それは、イムラーティ村までの報酬ですよ。だから、その……いや、違います。僕の感謝の気持ちを受け取ってくれないでしょうか。」


 ゴチャゴチャした理由なんてどうでもいい。そう聞こえた。清々しく、故にこちらもそれを突っ返す理由が思いつきにくかった。少なくとも俺には思い浮かばない。


「……ふふっ、これを否定したら無粋でしょう。ね、ソーゴさん。」

「え? いや、お前……うーん……。」

「何かございましたか?」

「……いや、あー……そうだな。……なんでもない。」

「ですので、今回はルウィアさんのお言葉に甘えようかと思います。宜しいですか?」

「も、勿論です!」


 嬉しそうに笑顔を見せるルウィア。やはり断られるだろうと心配していたのだろう。俺だって本当は断りたいんだが……。


「良かったね、ルウィア!」

「うん!」

エーテルお金を払うというのに喜ぶなんて不思議な人ですね。」

「嬢ちゃんの言う通りだよ。商人がそれでいいのかい?」

「いいんです! 僕はそれだけの価値を感じたんですから!」

「……。」


 優しくしたいけどさ。


 これでいいんだろうか。 



*****



「お! 見ろ! ディニ―だ!」

「おせーぞ! 待ちくたびれたんだよ!」

「はいはい! どーもどーも! お待たせ致しやしたぁ!」


 街を巡り、気付けば夕方。俺達は多くの人達が集まるラッキーグレイルに引き寄せられていた。選手の発表が行われるのだ。競技場の入り口前のモノリスには年季の入った脚が見える程度に仰々しい布が被せられている。些細な風では飛んでいきそうにない厚手の布地と、派手にあしらわれた刺繍がちょっとした非日常を演出している。きっと特注品なんだろうなぁ。いそいそと出てきたディニーはいつも以上に派手な服を着ている。イベンターの正装とでも言った所だろう。


「今年は競技場八十九周年! 来年が節目となりやすが、あっしは敢えて来年に向けてハードルを上げてやろうと思っていまさぁ! 乱痴気らんちき頓痴気とんちきコンコンチキと今年も騒ぎに騒いで騎手達に大きな声援を!!」

「いいぞ!」

「てめぇこら! 蹴るんじゃねぇ!!」

「楽しみにしてるぜ!」

「デケダンスは出るんだろうな!」

「はやく公開しろってんだよォ!」


 やはり観客の質が悪い所為か野次と言うより罵声が飛び交っている。中にはディニーの三倍近い獣人種もいるってのによく平静を保ってられるな。しかし、エカゴットに乗ったら潰しちまいそうな種族もレースを見たりするのか。甲虫かぶとむしを戦わせている様な感じなのかねぇ。


「おい、もういいぞ! ロープを引け!」


 ディニーが後ろに向かって叫ぶと布がズルリとけていく。そして大きな木板が露わになった。カラフルな染料で描かれた一覧表には名前がズラリと並んでいる。


「うぼおおおおおぉぉ! 俺の名前だあああ!!」

「やっぱりデケダンスはいる!」

「ロッゾ!? 彼奴も出場すんのか!」

「ロワンドにラクール! 今年は粒揃いだな!」

「あのルウィアってのは誰だ?」

「俺もルウィアって奴だけ知らねえな。」

「遠征の騎手じゃねえか?」


 当然の如く騎手なんて誰一人知らないんだが、どうやら出場する選手は有名な騎手ばかりらしい。その中で無名のルウィアは逆に目立ってしまっている様だ。それが原因で狙われたりとかしないよな……?


「フザケンナ! 俺の名前がねえぞ!!」


 一際大きい怒声が喧騒を一瞬だけ凪いだ。だが、すぐに声は湧き上がる。


「ガスカンだ。確かに名前がねえ。」

「お前が遅いからだろ!」

「今日から来年に向けて特訓だな! アッハッハッ!!」


 選抜というのは大きな喜びの下により多くの悔しさがあるものだ。辺りを見回すと、今叫んだ奴以外にも怒りや落胆を見せている物が多い。トーナメントならともかく競技の選出とあらば感情の矛先が向くのは勿論開催側……のはずなのだが……。


「おい! そのルウィアって奴はなんなんだ! 聞いたこともねえぞ!」

「もしかして、最近噂が流れてた”ボス”を手懐けたとかいう……。」

「マジかよ! なら”ボス”が出場するって事か!?」

「ボスだぁ?」

「この町の有名なでけぇエカゴットだよ! 誰の言う事も聞かなくて困り果ててた所に颯爽と現れて乗りこなした奴がいるらしいんだ!」

「何だと!?」


 突然、先程怒声を挙げていた男が群衆の一人を高く空中へ打ち上げた。その後の姿勢を見るにどうやら後ろ蹴りをしたらしい。背中側から天高く挙げた足を降ろしながら男は叫ぶ。


「俺はそんな程度の奴に枠を盗られたってのか? ルウィアってのはどいつだ!? 出てこい!」


 再度静まる場。しかし、そんな空気を弾き飛ばす様に隣にいた一人が拳を振り上げた。


「てめっ――。」


 一撃。殴りかかった男の鼻先はいつの間にか背中側に向かされていた。


「や、やりやがった……!」

「ひぃいいい!」

「ここで乱闘が起きたら運悪く騎手の一人や二人死んじまうかもしれねえなあ……!」

「ガ、ガスカン! 説明しやしたよ! もし騒ぎを起こそうものなら出場は永久停止でさぁ!」


 ディニーも流石に黙っていられなくなったらしい。だが、ガスカンと呼ばれた獣人種は不敵に笑みを浮かべた。


「こんな田舎のレースでも報酬が美味いって聞いて来たのによォ。地元の与太話で枠が潰れて出場出来ねえとかよォ。んなもんキレねえ理由がねえだろうがよォ!!」


 ガスカンが地面を強く蹴り跳び上がる。その先はディニーだ。やろうとしている事はなんとなく想像が出来た。だが、こういう時にお節介を焼くんだよなぁ、お前は。


 ガスカンはディニーに届くまでも無く軌道を変える。横にいたルウィアが形振なりふり構わず突っ込んだのだ。


「ルウィア!?」


 俺はそう叫んでしまう。ルウィアとガスカンは多くの野次馬の群れに突っ込んでいった。俺はそれを追って走る。


「ルウィアだって?」

「今ガスカンに飛びついた奴か?」

「亜竜人種じゃねえか。」

「ディニーを守ったのかよ! 根性あんじゃねえか!」


 野次馬は驚きながらも楽しそうに退いていく。だが、奴はそうじゃないはずだ。


「てっめぇこのヤロォ!」


 ガスカンは素早く立ち上がると、周りを確認しながら起き上がるルウィアの顔目掛けてその太い脚を叩きつけようとした。


「なっ!? 竜人種!?」


 あくまで未遂だ。だって、俺が止めたんだからな。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る