第175頁目 虫って顧みず光に集まるよね?
「……残念、でした。」
それがシィズに対してルウィア的感想であった。あれだけの事をされて?
「それだけか?」
「ま、まぁ、あぁいうものですよ。貧民街じゃよくある事です。僕が、
「なんだよ、それじゃあ俺達が悪いみたいじゃねえか。」
「その、きっと、僕達”も”悪いんです。ちょっと、温かい人達に触れ過ぎていたんでしょうね……。ソーゴさん達は
「私は?」
「勿論、アロゥロもだよ。」
「……そんなに、酷いもんなのか?」
「えっ?」
「世の中がだよ。俺が思い浮かべる世界とまるで違う。」
人ってのはこんなに信用出来ないものだったろうか。世界ってのはこんなに薄汚れていたんだろうか。命を傷付ける方法がこれ程多種多様にあるのか? 奴隷を酷使する白蛇族、仲間の死を屁とも思わないシィズ達、自分勝手な都合で他人を誘拐しようとするキュヴィティ
「ど、どうしたんですか?」
「いや……なんでもねえ。ただの愚痴だよ。」
「えっと、その……アロゥロも聞いて欲しいんだけど……。」
「うん。」
「
「うん。知ってる。」
「えっと、ソーゴさんは知ってます?」
「いや、知らねえ。」
「
「……それって角が生えてるやつか?」
「そうそう!」
「それなら……見たことある。」
ウィール達の巣で明かりとして使われてた虫だ。
「それで? その虫がどうかしたのか?」
「父さんからの受け売りなんですが……灯虫って光が大好きな虫なんです。光を見たら飛べもしないのに壁を這ってその方向へ向かおうとするんですね。そして、彼等自身も光るんですけど……稀に光るのが下手な個体がいるらしいんです。」
「そうなんだ? 私も見たことあるけどすっごい光ってたよ?」
「全部が全部そうじゃないんだよ。でも、光る灯虫が集まると光るのが下手な個体も発光が強くなって、他の個体みたいに安定した強い発光が出来るようになるとか……。」
「へぇ! 教えてあげるんだ!」
「光ってるなら他のベスの餌になり易いだろ。なんでそんな虫が生き残ってるんだ?」
光ってるせいで捕まって……家畜みたいに利用されてた……。
「父さんは、こう言ってました。『死より愛に焦がれてるからだ』って……。」
「愛に……。」
「その、灯虫って常に光ってる訳でもないんですよ。繁殖する相手を探したり、仲間を想って光るって言われてます。確かに、その結果天敵に見つかったりして殺されたりもします。けど、少なくともその光を愛する人達もいるんですよね……。だから保護されたりして、今も絶滅せずに種が続いています。それを間違っていると言えるでしょうか……?」
「俺らはその虫じゃないだろ?」
「は、はい。でも、善い人だと思った相手に善行をしてお互いが幸せになる事って間違ってますか……?」
「自分の周りだけよければいいって事かよ。……いや、わかってる。俺だって世界をよくしようとか馬鹿げた様な事を言いたい訳じゃない。」
自分さえ良ければ。今迄だってそう考えてたはずだ。そんなわかりきった事を口先で誤魔化そうだなんて無駄な事だろう。
「その、ソーゴさんは立て続けに起こったトラブルで少し疲れてるんだと思います。」
「……それも、あるんだけどさ。やっぱり、嫌なんだよ。」
「何がですか……?」
「俺が光ってたとするだろ?」
「は、はい。」
「で、ルウィアやアロゥロも光ってるとする。」
「うんうん。」
「それで俺等は光が大好きな訳だ。……でも、それって闇を払いたいからとかじゃねえだろ? お前等が光ってるから俺はお前等を……その、大事にしたいと思うし、魅力的だと思う。周りが闇だからって訳じゃないんだ。だから……闇にお前等が呑まれるかもしれない、なんて考えたくもないんだよ。」
「心配って事?」
「そうだけど……少し違う。」
「僕達が生きているこの世界を闇だと思いたくないって事でしょうか……。」
「……そんな感じだ。それが近い。……なぁ、ルウィアはどうしてもレースに出るのか?」
影は光がなきゃ出来ないだなんて誰かが言っていた気がする。でも、それはとんだ勘違いなのかもしれない。闇があってそこの一部に光がある。人はきっと光があっても無くても生きていけるけど、何故か光がある方がいいと思ってるんだ。俺だってそう思ってる。人は視界を闇に染めて夢に入るというのに。光は闇を理解する為の物なのかもしれない。
「……はい。」
「相手はきっとどんな手でも使ってくる。俺等が想像もしなかった残虐な方法で殺されちまうかもしれない。それを見た俺達が酷く悲しむかもしれない。それでもか……?」
「……はい。」
「……わかった。今日はこれ以上言わねえ。でも、死んだら許さねえからな。もし死んだら……えーと……お前の墓を食ってやるからな。」
「は、墓は作ってくれるんですね……。」
「馬鹿野郎! 縁起でもねえ事言うんじゃねえ!」
「えぇ!?」
「ソーゴさんって変な心配の仕方するよね。まぁ、私もルウィアが死んだら絶対に許さないけど。」
「自分で”もし死んだら”って……!?」
「うるせえ!」
俺は勢い任せに果物を摘むとルウィアの口に突っ込む。
「んぐう!?」
「全く腹立たしい奴だな! お前はよ!」
いつだって納得出来ない事がある。なんで人はそれを乗り越えなきゃいけないのか。超えられるなら迂回してきゃいいじゃねえか。でも、目的地が山の上なら? 谷の下なら? 俺ならきっと目的地を変える。でも、そこに掛け替えの無い物があると思っていたなら出来ないかもしれない。ルウィアは今、そう思ってるんだ。そこに魅力的な何かがあると信じて疑っていない。そして、俺もそこに何もないという証拠を持っていない。
もう、こうするしかねえだろ。
「なんで果物を……! お返しです……!」
「バッ……!?」
馬鹿と言い切る前に口を開けて投げられた果物を口で受け取る。食べ物を無駄になんて出来る訳がなかった。しかし、口を閉じた後に舌の上で踊る”何か”を感じて俺は頭から一瞬で血の気が引く。視線を少し落としてボウルを見る。その中でウゾウゾと蠢く虫。
「もぅ、二人とも大人しく食べなよぉ。……ソーゴさん?」
食い物だ。でも虫だ。無駄には出来ない。だが不快だ。飲み込めばいい。体内に入れるのか?
「す、凄い顔をしてるけど……。」
「も、もしかしてソーゴさんって虫苦手……?」
「んぐ……ぐ……。」
吐き出すか? 飲み込むか? そんな感情の
「そっか。虫が苦手な人もいるんだ。」
「で、でも、これ蜜虫だから甘くてそんなに癖もなく食べられると思うんだけど……。」
「!?」
この甘味はもしかして虫の体液!? という衝撃から思わず口内を動かしてまた口の中で何かが弾けた。そしてやはり広がるまろやかな甘味。言ってしまえば味の薄い練乳だろうか。それに少し栗の様な香ばしさとムースの様な軽さを加えた様な……。でも、結局それは虫の体液って訳で……俺はどうしようもなく……。
「うお゛ぇ゛っ゛!」
「うわあ!?」
「ソーゴさん!?」
「だ、大丈夫ですか? なんか、その、ごめんなさい。」
「げほっ……平気だ!」
「虫、苦手なの?」
「正直……好きじゃない。」
「や、やっぱりそうだったんですね? ご、ごご、ごめんなさい!」
「
こんな事でアワアワする様な奴が死人が出る様なレースに参加……か。例え応援をするとして、俺に出来る事はなんだろう。
口の中の不快感と疑問を噛み砕く様に巨大な肉塊にかぶりつく。そんな俺を見て安心したのかルウィアもアロゥロも食事に戻った。
世の中には悪人が沢山いる。さっきこそ”光だけを見ていたい”だなんて言ったが、闇を知っているからそう思うんだよな。それなら目を逸らすだけなんてのは何の対策にもならない。眼前で仲間の光が消えていくのを
「あっ、いい感じに冷めたかも。アメリさん、はい、あ~ん。」
「美味しい所を見つけられて良かった。」
「うん。にしてもまさかソーゴさんが虫が食べられないなんてね。」
「別にいいだろ。」
「種族によって美味しいかどうかも変わるって言うしそういうものなのかな。」
「うーん……どうだろうね? 虫が食べられない種族の方が少ないと思うけど……。」
当然だがこの会話にミィとマレフィムは入ってこない。マレフィムは精神損傷でミィは閉じ込められているからだ。そりゃミィは人前じゃ姿を現さないが、それでもコソコソと話し掛けてきたりするし、マレフィムはクドクドと小言を言ってきたりもする。それが、どうしてこうなってしまったんだろう。
なんだか不安ばかりだ。ミィを助けなきゃと思う反面、これからの旅路に大いなる不安を抱えている。だってこんなトラブルばっかでさ……やってやるって思った矢先にミィの入った鞄を奪われるなんて……。鞄のストラップも切られちまったし……。
ルウィアと別れた後も俺はマレフィムと二人で旅を続ける。しかし、その旅の先々で出会う人々を俺は信用出来るだろうか。俺は光を放つ闇があるという事を学んだ。それを知った上でその光が闇だと何故疑わずいられる? ……そんな事を今考えても仕方ないか。自分の考えを自分で変えられるなら誰だって苦労しないしな。今はルウィアを守る方法を考えよう。
とにかく怪我をして欲しくない。練習の時にはついて行く。
「ソーゴさん、こっちの虫だったら食べられるかも!」
「はっ!? いや、いい! いいって! それにそれルウィアのだろ!」
「あ、そっか。ルウィア、いい?」
「僕は別に構わないけど……塩ぐらい振ってあげなよ。」
「忘れてた。そうだよね。」
「いや、止めろよ!」
「で、でも、虫って美味しいですよ?」
「それは俺がお前に熱々の肉を差し出してんのと一緒だかんな!?」
「で、でも……虫で怪我したりはしないじゃないですか……。」
「でもでもうるせえ! 無理なもんは無理なんだよ!!」
「もぅー! ソーゴさん我儘! 一口くらい食べたっていいでしょ!」
「我儘で何が悪い! 好きなもんだけ食わせろっての!」
せめて笑顔で別れたいもんだ。
再会の為にも。
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