第174頁目 これって鮪かなあ?
「肝が冷えましたよ……。」
「……。」
「
「お待たせ! のっけるよ!」
「う、うわぁ!?」
憤る俺の前に運ばれて来たのは熱い油の飛沫を鉄板の上に舞わせる塊肉だ。ルウィアは火傷が恐くて大袈裟に仰け反って避難する。
「すげぇ……。」
「こんな危ない料理……!」
「すぐ収まると思うぜ。竜人種のアンタなら大丈夫だと思うけど、気ぃ付けな。」
「豪快! これもベスのお肉なの!?」
苛ついてた心が少し浮つく。アロゥロも料理の見た目の派手さに喜んでいる。
「お客さん熱いのが苦手なのかい? じゃあちょっと離れててくんな! そっちの妖精族もね!」
店員はニヤリと笑みを見せ別に持ってきたお
「うおっ!?」
「わわっ!?」
「何々!? 魔法!?」
ボワッと音を立てて塊肉を包む緑の炎。そして、アルコールと果実味のある香りを溢れさせ一瞬で鎮火。フランベってやつか?
「あとコレね!」
テーブルの上に荒々しく置かれた金属製のジョッキには乳白色の棒が入っている。芋? 根菜? なんだろう?
「残りもすぐ持ってくるよ!」
ここは立ち飲み屋。席は区切られていないし、足場台代わりの木箱はあれど椅子もない。雑多に大きなテーブルを囲んで食事をするだけの空間であって、落ち着いて食事をする場所等ではないのだ。だが、つい先程起きた事に腹が立ちすぎて悠長に散歩なんかしてられるかと眼の前に店に入ったのが現状となる。空腹とは苛立ちを手助けする悪魔とも言えるものだ。奴は何かと些細な事に不快さを巻き付けて俺に突きつけてくる。常に空腹な俺でも、その度合が強まれば悪魔も勢いを増し俺を激しく苛つかせるんだ。ただ、これには良い対処法があると俺は知っていた。空腹を美食で満たせば色々な苛つきを纏めて処理出来るのだ。それが例え元から在った苛つきであろうと。
「じゃあ先食ってるぜ。」
「は、はぃ……。」
もう食器なんて手すら付けない。俺は頭上のマレフィムをテーブルにそっと置くと、長い首を伸ばして肉に食らいつく。
「ソーゴさんはもっと豪快だ!」
その通りだ。ここまで俺に食えと主張しているんだ。余計なプロセスは一つも挟まず食らいつくのがそれに対するケジメって奴だろう。鱗に油が跳ねる。俺は放たれる湯気や香りを一片も漏らさず鼻で吸い込もうとし、牙が肉の筋を切る感触や舌に触れる熱を楽しむ。香草や香味野菜の香りが肉と混ざり合って口の感触と共鳴するこの感覚が素晴らしい。そして、後からやってくる香辛料のピリッとした刺激。味付けは少し濃い目だ。
「ッめえ!!」
「そうかい! あんがとね! お客さん、竜人種らしくない良い食べっぷりだ! ほら残りも持ってきたよ!」
「おぉー! 綺麗! 全部果物?」
「あぁそうだよ! ウチは王国産のも仕入れてるんだ!」
店員が新しくテーブルに置いた木製のボウルには青、黄、赤、緑と沢山の果物がアロゥロ達に合わせた一口大の大きさに切られ色彩豊かに盛られている。見たことある物から見たこと無いのまで。しかし……ただの果物の盛り合わせではない。何故ならボウルの中の果物には蠢く物が散らばっているからだ。
「ぐぅ……。」
折角の飯が不味くなる……。果物に乗っかっているあの橙色はどう見ても何かの幼虫だ。しかし、食文化が違うだけ。それが不快に感じるのは俺が俺だからだ。俺は出来るだけ見ないように……。
「あい!」
俺は目を疑った。
『ギギィ……。』
店員が更に置いた平皿にはまるで焼き鳥みたいに
ルウィアが注文してた小虫の串刺しってこれか……。聞き間違いであってほしかった……。全く小虫じゃねえし……。
「お、美味しそう……。」
熱い塊肉への忌避感も薄れさせてその虫料理を凝視するルウィア。口元を綻ばせている表情から、本心でその言葉を吐いているのだとわかる。
「私のは?」
「はいはい、お待たせ!」
アロゥロの料理はこれまた木製のボウルに入っている料理だった。中には薄く透き通った赤い色の液体。つまりスープが入っている。
「わぁ! 綺麗! テレーゼァ様が作ってくれた料理にちょっと似てる!」
「多分パリツィンが入ってるからかな。」
「で、これが妖精族用の食器ね。」
「おーい! この酒をもう一杯くれ!」
「はーい! そんじゃあごゆっくり!」
忙しそうに他のテーブルの接客に戻る店員。
「ふん! んぐっ! うめぇ! これ、本当に魚なのか!? 骨もねえのにこんな肉厚だなんてよ!」
なんとこの肉は肉であれど、魚肉らしい。俺は行儀やマナーなんて気にせず
「ルウィア、なんだっけ? クー?」
「ケゥーだよ。凄い大きな魚なんだ。アロゥロは生きてるところ見た事無いよね、きっと。」
「うん。魚ってあの水の中を泳ぐ小さいベスでしょ? 身体が光ってる奴。テレーゼァ様が料理で使ってた気がする。」
「あぁ、入ってたね。でも、ケゥーはアレよりもっと大きくて、魚人種に獲ってきて貰わないと駄目なんだよ。網漁じゃ漁師が海に引き摺りこまれたりするんだとか。」
「そりゃすげぇなあ。……普通の肉とはまた違った感じの食感だが、ありふれた魚肉みたいなホロホロした感じでもない。タムタムじゃ名産なのか?」
「えっと、そうですね。オクルスでも名産って言われたりします。」
「そっか。大河を挟んでるだけだもんな。そういやコレも。」
俺はジョッキに入った謎の白い棒を摘んで齧る。ポリッと小気味良い音がしてコリコリとした食感が楽しい。しかし、瑞々しさはあるものの、目立った味は無い。ちょっとした青臭さがあるくらいか?
「これ、ソースとかねえのか?」
「ソースですか……? 串刺し用のならありますけど。」
「いや、それはいい。」
ソースにも虫入ってそうだし……。
「……その、何に掛ける気なんです?」
「掛けるってかこれを浸けるんだよ。殆ど味しねえぞこれ。」
「えっ……トリポリですからね。」
「知ってんのか?」
「その、そこまでマイナーな食材じゃないと思います……。それ、多分、そのステーキと一緒に食べるんだと思いますよ……?」
「あ、そういう事? なるほどな。」
「はい、あーんしてくださーい。」
「……んむ。」
未知の食材の食べ方を知り納得する俺の隣ではアロゥロが小さい妖精族用の食器に持ったスープをマレフィムに食べさせている。精神損傷になってしまった人に咀嚼が必要な食材は与えない方が良い。噛む事を忘れた結果、喉に詰まらせて死ぬ場合があるからだ。つまり、完全に要介護状態になるという事である。
「んん! なるほ
「ルウィアのそれ、私にも一口頂戴!」
「え? う、うん。いいよ、」
ぬぁ~! 美少女が虫を噛みちぎる所なんて見たくねえ! という感情から俺は咄嗟に目を瞑る。
「なんでこんな所にいるんだろうな?」
「おっかねぇぜ……しかし、信じらんねえなぁ。あの”
後ろの二人組の言葉についさっき起きた理不尽な事件がフラッシュバックする。
「だよなぁ。やっぱり王国から来たのかね?」
「それしかねえだろ。帝国内で夜鳴族なんて見たら絶対やべえ何かだって思うもんな。タムタムじゃなけりゃ突き出し……いや、無理か。何処だろうと夜鳴族なんざ関わりたくねえ。」
「だよなぁ。それでも一緒に飲んでた奴等がいるってんだから驚きだぜ。」
「意外と気さくな奴かもしれねえ。」
「だとしても夜鳴族だって事を忘れて飲めるか? 例えばここに夜鳴族がいる。」
「そんでテーブルの上にはうめぇツマミがあって、そこにドン! と置かれる酒の注がれたジョッキよ。」
「…………飲めるな。」
「…………飲めちまうな。」
二人が酔っ払ってるせいか、どうも緊張感のある話の流れにならない。
「ソーゴさん? どうしたの? 怖い顔して。」
「あ? いや……さっきの事を思い出しててな……。」
「さっきの? 何事も無くてよかったよね。ミィ様も戻ってきたし。」
「あぁ、だが、本当に何者だったんだ?」
「珍しい種族なんだよね?」
「う、うん。エルフと同格と言われてる種族で、その数もエルフと同じくらい少ないとか。」
「ならやっぱり帝国にいるのはおかしいのか?」
「そう、ですね……。もしかしたら王国と繋がっている人なのかもしれません。」
「王国と繋がってる奴が帝国で盗みなんてするのか? ただの平民とかならともかく、王国の息が掛かった奴なら外交問題とかだってあるだろ。」
「ぼ、僕だってわかんないですよ。僕が知ってるのは首の後ろから二本の触手が生えているって事と、鋭い爪があるって事くらいです。」
「それって夜鳴族の事か……?」
「は、はい。」
触手……? そんなんあったっけな? 爪は……篭手みたいなのをしていたからよく見えなかった。ってか鋭い爪があるのに篭手を付けてるってのも妙な話だ。やっぱり生身より装備品の方がいいのかもな。
「その……今度会っても突っかからないで下さいね?」
「相手の態度による。」
「だ、駄目ですよ! 殺されちゃいます!」
「そんなに夜鳴族って凶暴なの?」
「残忍な噂が絶えないんだ……アロゥロは夜鳴族知らないの?」
「聞いたことない。」
「そっか……王国じゃエルフとは違った意味で怒らせちゃいけない相手として有名だよ……。」
「どう有名なんだよ? とにかく人を殺したがるとかそんなのか?」
「違います……。夜鳴族はとにかくマイペースで、何をするか誰も予想出来ない。そして、思い立ったなら何がなんでもその強大な力を行使してしまう……。」
「なんだそれ。奇天烈で我儘な強い奴って事か?」
「一言で言えばそうですけど……。」
変人が才能を持つのはここでも一緒か。バカとアホは紙一重だもんな。……あれ? まぁいいや。
「人を殺すのが好きというよりは人を殺す事に躊躇が無いと言いますか……。」
「チッ……そんな奴なんてそこら中にいるじゃねえか。」
吐き捨てる様に本心をぶつける。シィズ達と関わってよくわかった。この世界は日本的感覚で人と関わっちゃ駄目だ。どいつもこいつも裏で何を企んでるのかわかったもんじゃない。それは日本でもそうだったが、人の命をここまで軽く扱うなんて事はなかった。なのにここじゃ日常に命の奪い合いが潜んでいる。ルウィア達はもう……本気で疑うなんて事出来やしないが、今日話したディニーとかだってもしかしたら今頃俺達をどう騙そうかだなんて話し合っているのかもしれない。
「なぁ、ルウィア。」
「……はい?」
「シィズ達に裏切られて、どう思った?」
アレから意図せず話題に上げなかったが、今こそ話すべきな気がする。
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