第169頁目 蜥蜴の耳は地獄耳?

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

「そこまで焦る事もないだろ。旦那はウチがどういう商売をやってるかわかってるじゃないか。」


 どういうって……物の値段をババァが勝手に決める店だろうが!


「また稼いでくりゃいいんだよ。ちぃとくらいわたしの住んでる町の役に立ってくれたっていいだろ?」

「……便利屋をやれって事か?」

「さぁてね。わたしゃちゃんと仕事分の料金を用意しろってのとちょっとした希望を言っただけだからねぇ。どうするかは旦那次第さ。」

「白々しい……!」

「そうかい? 世代が違うと会話が合わなくなるって奴かねぇ。困ったもんだよ。ヒッヒッ。」

「い、幾らだよ!」

「そりゃわたしの気分によるさ。」

「それじゃあ足りねえかもしんねえだろ!」

「それが無いように頑張るんだよ。」

「せめてだいたいの相場くらい教えろ!」

「ったくしょうがないねえ。……これでどうだい。」


 そう言ってミザリーは三本の指を立てる。蜥蜴ってちゃんと指五本あるんだな……ってそうじゃない。


「三千……?」

「馬鹿言ってんじゃないよ。」

「三万!? 高過ぎんだろ!」

「そう思うならわたしのご機嫌をとりな。」

「ぐうぅ……!」


 歯軋りをして牙を見せるのが今の俺に出来る精一杯の反抗だ。一時期は殺そうとすら思っていた相手なのに、今思えばアレが如何にペラッペラな虚勢だったのかがわかる。憎いと殺したいはどうしようもなく違うって事だ。


「それじゃあこんなもんかね。嬢ちゃんの服は手直しは必要なさそうだ」

「あっ、その、もう一つ依頼したい物がありまして……。」

「んん? なんだい?」

「アロゥロの……彼女の服です。」

「私?」

「おや、気前がいいねぇ。いいだろ。それならこっちへおいで。」

「は、はい。……いいの?」

「う、うん。お仕事を手伝ってくれるお礼だよ。その……ファイにも服じゃない何かでお礼しようと思ってるんだ。」

「あ、ありが……と……。」

「なんだい、やるじゃあないか。慣れない仕事で女引っ掛けてくるなんて余裕だねぇ。」

「引っ掛かりました!」

「ひ、引っ掛けてないです!」


 ……そういうのいいから。さっさとやってくれ。こっちは金をどうやって用意するかで頭がいてぇ。また薪割りやるか?


「何用だい?」

「えぇっと、仕事用、つまり商談用ですね。」

「”草本”だね。花はその頭のであってるかい?」

「はい!」

「性は?」

「雌雄同株の両性花です。」

「両性花だったのかい。……まぁ、”き”は入れた方がようさそうだね。」

「”き”ってなんですか?」

「旦那等の服みたいなただの一枚布ってだけじゃなく、布に装飾用の穴を開ける事さ。本来は通気性の確保の為だったりするんだけどね。毛や葉のある種族は敢えてそういう自分らしさを誇る為に穴を開けんのさ。」

「素敵!!」

「だろぅ?」


 ほぉー。そんなのがあるのか。俺の服に穴は開けられていない。というかあの服って仕方ないけど着難いんだよなぁ。緩むとお腹の辺りを地面に擦りそうになるし……鏡を見てないからわかんないけど、多分アレを着てる時の俺って滅茶苦茶ダサいと思う。初めて着た時は何度も何度もルウィアに質問しながらやったなぁ。今は一人でも着れる様になったけど、オムツみたいになるのが嫌で下半身は丸出しだ。正解は無いって聞いたけど本当にこれでいいのかなぁ。どう翼を避けて布を通すのかがよくわかんないんだよなぁ。ルウィアに翼が無いせいで、そこまでは結局教われなかった。


「(な、なぁルウィア。金をどう使うかは自由だと思うんだが、そんなに奮発して大丈夫なのか?)」

「(はい。それに、これはお礼と同時に投資でもありますから。……ぅ、美しいアロゥロの姿だって看板になります……!)」


 俺の耳元で惚気んじゃねぇぞ、クソ。でも、俺等の服の修理代をルウィアに払って貰う訳にもいかねえしな……。便利屋、やるしかねえのか……。


 頭を痛めながらも卓上に仰向けで横たわるマレフィムが目に映る。


 金だってこいつのだしなぁ……。


「一応確認するけど、デミ化する時は普段からその姿を基準にしてるんだね?」

「はい! ちゃんとフマナ様みたいになれてますか?」

「そうさね。少なくともわたしよりはなれてんじゃないかい。……っとじゃあこの身体を基準に作るとするよ。」

「お願いしまーす!」


 採寸を殆ど終えたのか、木紙にアロゥロから聞いた情報を書き連ねているミザリー。


 ……借りが出来るとか考えちゃいられねぇか。


「……ミザリー、さん。」

「あんだい。」

「稼げる仕事、何か紹介してくれないか?」

「はぁー……仕事ねぇ……仕事仕事…………そういや、最近グレイルんとこの坊主が困ってるって騒いでた様な……。」

「グレイル? 知り合いか?」

「名前はディニーって言うんだけどね。町の端っこでベス共のレース場を開いてんのさ。」

「あぁ! そのオッサン多分会った事あるぞ! 獣人種だろ!」

「そうだよ。思い切りはあるんだけど、おっちょこちょいで少し間の抜けた一族でね。まぁた何やらかしたんだか。」

「そこに行けば仕事があるんだな?」

「知らないよ。ただ、グレイルんとこは金があるからね。上手くやれば稼げるんじゃないかい?」

「なるほど。」


 まるで盗賊に対する助言みたいな言い様だが、生憎あいにく恨みを買うような金もねえ。ここは上手く丸め込んで仕事を作って貰うしかねえな。何より、金持ちの知り合いは金持ちだろう。そこが駄目でも次が見込める……!


「そのレース場ってのは何処にあんだ?」

「町の西さね。近くから泥砂と腐肉の混ざった臭いがしてきたらそこがレース場『栄光のラッキーグレイル』さ。」

「なんで腐肉の臭いがするんだ……?」


 泥砂はまだわかるんだが……。


「エカゴットやウナは腐肉を食ってもあまり腹を壊さないからさ。ベスにわたし等の食べる様な上等な肉を与える訳ないだろ。あと、糞尿の臭いも堪ったもんじゃないね。だからわたしゃ用もなく町の西側にゃ行かないのさ。」

「な、なるほど……。」


 なんかちょっと行きたくなくなってきたな。でも、ここで多少の収入が入るなら今後も少しは安定するだろうし……。


「ルウィア、レース場って何?」

「えっと、ベスを走らせて競争させるんだよ。」

「させてどうするの?」

「勝つベスを予想して当てるんだ。もし当てられたらエーテルお金が貰えるんだよ。」

「へぇー! 楽しそう!」

「そう、かな。」

「なんだ? ルウィアは好きじゃねえのか。」


 というか、あからさまに良い印象を抱いてなさげだ。


「オクルスでも人気だったんですけどね……ちょっと、僕にはエカゴットが可哀想で……。」

「あぁ、なるほどな。」


 ルウィアはエカゴットを大事にするもんなぁ。両親の名前までつけるくらいだし……。


「でも、せっかくだから話は聞きに行きてえんだが……いいか?」

「も、勿論ですよ。」


 レース関連の仕事とも限らないだろう。まずは話を聞いて判断だ。


「旦那等のは内容も内容だから前回よりもう少し時間を貰うよ。……鞄は問題無さそうだね。」

「あぁ、お陰様でな。」


 そう言えば、このまま獣人種の国に向かうならオクルスには寄らないのか。マレフィム、アニーさんに会いたかっただろうな……。それに、ルウィア達とも……。


「それなら、もう用は無いだろ。さっさと帰んな。」

「おいおい、こっちは客だぞ?」

「こっちは店だよ! 仕事の邪魔して料金をあげられたいのかい!」

「わ、わかったって! なんだよ落ち着かねえな!」

「飲み食いをする店でもないのに落ち着かれて堪るかってんだ。長く居たいならその分金を払いな。」

「そ、それじゃあミザリーさん! お願いします!」

「楽しみにしてます! お邪魔しましたー!」


 マレフィムは……アロゥロが持ったようだ。それだけ確認すると、俺は逃げるように店の外へ出ていく。こんな接客で店がよく続いてんなぁ!


「なんだってんだよ。」

「ま、まぁ……お仕事の邪魔しちゃいけませんから。」

「接客だって仕事だろ――。」

「接客は仕事じゃないよ!!」


 一瞬だけドアが開いて反論が飛び出してきたかと思えばバタンと力強く閉められる。どうやらここで話すのはよした方がいいみたいだ。


「……行こう。」

「で、ですね。」

「ファイ! お待たせ!」


『チキッ。』


 何度来ても思うんだよ。なるべく寄りたくないなって。



*****


 

「引き車屋さんがいっぱいあるねぇ。」

「タムタムでは引き車が有名なんだ。」


 牽引用のベス屋や引き車屋が連なる町。日本の町並みとはかなり異質だ。今思えば一般的な建物って四角形で当然なのか。り貫いたとかならともかく何も無い所に造るなら一番シンプルで効率的だもんなぁ。俺は変な形のビルとか見ても掃除が大変そうとかしか思わなかったけど、アレって建てるのも大変なんだろうなぁ。前世とは似て非なるこの建築物も所謂この世界の技術水準の表れなんだろう。


 にしても、ビルの隣にある大量の屋台が腹の底をくすぐる香りをまき散らしている。町の近くにはベスがあまりいなかったんだよなぁ。警戒して当然なんだろうけど、やっぱ町を出たら即エンカウントみたいにはならない。というか、ここまで栄えた町ってのはテラ・トゥエルナじゃかなりレアだって事がわかった。ベスの巣ならともかく、他に町なんて全く見当たらなかったもんな。首都のグレイス・グラティアならここよりは栄えてるのかもだけど……。


 やっぱり俺も、少しずつこの世界を知る事が楽しくなってきている。違い過ぎる常識や価値観に戸惑ったりもするし、ドン引きしたり失望したりもする。でも、それだけ俺はこの世界に期待出来ているんだ。……多分。


 その期待の中にほんの少しだけ帰れる可能性を秘めて……。


「でも、もし帰れたら……俺はどうやって皆に恩を返せばいいんだろう。」


 そんな独り言への返事はペチッという小さな音だった。頭上のマレフィムである。


「ん? ただの独り言だよ。」

「……ぃで。」

「……? 何?」

「一人、で……悩まないで、くださぃ……。」

「そう、だな。」


 今迄ならミィが拾っていた言葉かもしれない。だが今、俺の事を傍で気にかけてくれるのはこの小さな友人一人だけなのだ。なんとか挽回しなきゃ。ミィは助けられる。母さんとも会える。日本にだって…………なんだって出来る!


「うっ! なんか獣臭さが増してきた様な……。」


 それに人通りも少ない? 


『(うぉおおおおおおおおおおおお!!)』


 遠くで弾ける様な歓声が挙がっている。奥にある大きな建物からみたいだ。その隣にはポッカリと柵で囲われている開けた空間が……ってただの駐車場か。


 確かにするなぁ。変な匂い。腐肉の匂いはそんなに気にならない。どちらかと言えば糞尿かな。でも、駐車場に繋がれているベス達の匂いもあるからな。


 ……レース場ね。やっぱり競馬場に近いのかなぁ。ここで儲け話を嗅ぎ分けて食らいついてやる!

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