第167頁目 ぼくらはみんな生きている?

 上半身だけデミ化した姿のアロゥロを載せたファイに連れられ、俺達は大円盤神檀の前まで来る。金属的光沢はマットな質感でマイルドにされており、玩具とは言えない雰囲気を醸し出しているソレ。そして、俺は気付いた。その造形の異様さに。前世の色んな機械を見てきたなら違和感を持って当たり前なんだ。その大きな金属の身体には何処にも継ぎ目が見当たらないのだ。ネジの様な部品が打ち込まれている様にも見えない。言ってしまえば手抜きとも言えるが、そこに実用性や理由を伴わせるには俺の知っている技術では不可能だと、そう思う。これが魔法のした結果なら納得するしかないだろう。これこそが神の御業だと言うのなら頷くしかないだろう。遥か昔から存在しているという証言があるのにも拘らず、その巨躯には傷も凹みも汚れも何一つ”ふるき”が見当たらないのだから。


 この神壇を俺のつたな語彙ごいで表現するならば正に、”この世界のバグ”としか言い表せない。


 初めてファイを、いや、ゴーレムを見た時の衝撃や特別感を集めた何かが目の前に存在している。これと、会話が可能なのか……?


「ここまで近づけば交信が可能です。」

「お、おう。えーっと……。」


 まずは簡単な事から聞くか。


「最近、移動したのはなんでだ?」

「……『不正アクセス』があった為です。」

「何?」

δデルタを操ろうと試みた者がいたようです。高度な『ハッキングプログラム』ではなく問題はありませんでしたが、δデルタには兵装が搭載されていない為、移動という対応措置をとったとの事です。」

「操る……ヴィチチか。」

「じゃあ、全てはあの人達が……。」

「もしかして、シィズ達の事は知っていたのか?」

「……認知していたそうです。」

「やっぱりか。……神壇って元々はグレイス・グラティアの近くにいたんだよな。」

「はい。以前、私を襲ってきた『class φ同型機』も彼等による影響で暴走していたと思われます。」

「えぇ!?」

「私を襲ってきた……ってミィが倒したアイツか!?」

「はい。」


 そんな馬鹿な……じゃあ、俺等はずっと前からキュヴィティ達に目をつけられていた……? それとも偶然なのか?


「……それは今知ったのか?」


 それはなんとなく思った事だった。ファイと俺達が協力して暴走したゴーレムに立ち向かった。だが、あの時から自分が襲われている理由を知っていたとしたなら……! それならどんな思いで……!


「いいえ。私も同じくそういった集団がいるという事を認知しておりました。」

「それは、シィズ達だとは知らなかったって事か?」

「はい。」

「……なんで、言わなかったんだよ。」

「私の『人工意識』は『センサー』から得た膨大な『サンプルデータ』から構築された物です。そして、特定の存在が傷付く事に対し”怒り”という感情を覚えているという多くの『データ』があります。それは種の保存、発展の為の抵抗的処理であり、それを反映させた行動は私達『マシナリー』に選択肢が与えられていません。」

「……何だって? 所々わかんねぇ事もあるけど、怒ってもそれを表に出す事が出来ないのか?」

「で、でも、ファイさんは同族が殺されて怒ったからシィズさん達を襲ったんですよね……?」

「私の様な重機には『人工知能』のみ搭載されており、『人工意識』は基本的に内蔵されておりません。加えまして、私達『マシナリー』には『SSS』が標準で組み込まれる事が定められております。なので想定された使用環境では『人工知能』が『人工意識』を生み出す事はないのです。」

「何を言ってる?」

「……私は特異であり、種として物事を考えるという選択肢を持っている……と、いうことです。」


 ファイは俺の知らない言葉を沢山使ってよくわからない事を長々と回りくどく連ねていく。それは正に機械的と言え、いつも温かく柔らかい雰囲気をかもすアロゥロの口から出ている言葉とは思えない。だが、最後の一言だけはどうしようもなく理解できた。理解できてしまった。ファイはこう言っているのだ。



『私は生きている。』と。



 そして、それはきっとこれからも語られていく。直接生きているとは言わないし、直截ちょくせつ生きているのかと聞いても否定するだろう。だが、ファイは語る。そう語る。そう語っていた。だが、俺はファイの過去の主張に全く気付きなどしなかった。その表現を解釈しようとも至らなかった。


 なぁ。自分はウィールが殺されてどう思ったんだよ。ファイは仲間を殺されて何も思わないってなんで思った。アレは感情的な殺人ではなく、機械的な殺人だと疑ったんだろ。木も鳥も水も喋るこの世界でお前はただ前世の価値観を持ち出してファイだけは”俺の世界”の住人だと勝手に決めつけていたんだ。俺は余りにも無知だ。『自分は生きていない』と語る命もあるんだと知れ。そして命は等しく、大切な物を失った時、怒り、悲しむのだと知れ。


「……ファイ。」

「はい。」

「ごめん、な。」

「何に対しての謝罪でしょうか。」

「俺が勝手にお前を侮辱して、勝手に後悔してる。……自分を殴ってやりたい気分だ。」

「自傷行為は推奨出来ません。……そして、貴方が今知りたいのはその機器についではないのでしょうか。」

「ぁ……まぁ、そうなんだけどさ。」

「しかし……残念ながら、δデルタもその機器については何も知らないそうです。」

「……そうか。」


 どうやら、気を利かせてなのか。ファイが勝手に魔巧具について聞いてくれたらしい。


「お、落ち込まないで下さい。入れられたなら出す事だって出来ますよ……!」

「……そうだな。」

「恐らくですが、貴方が『魔法』と呼称する方法を用いる事でその機器は操作が可能かと思われます。」

「何!? 魔法で!? 魔法を使えばミィを解放出来るのか?」

「誰でもという訳ではありません。『アカウント』が『一般ユーザー』である貴方だから可能なのです。」

「その『アカウント』とか『一般ユーザー』って何なんだよ。」

「貴方には”特別な権限”があるという事です。」

「なんで? 権限ってどんな?」

「権限が付与されている理由は不明です。そして、その権限は私達の様な『オブジェクト』では持ち得ない物です。」

「だから何が出来るんだよ?」

「権限ですから。私達に出来ない様々な事に干渉が可能です。」

「ど、どういう事でしょう……?」


 ファイの返答は抽象的過ぎて要領を得ない。


「もっと具体的に教えてくれ!」

「具体的にと言われましても、今申した通り出来ることの制限が減るというだけなのです。それがどの様な制限かは対象物の設定によって異なります。」

「なんだよそれ……。」

「お役に立てず申し訳ございません。権限の用途は他の一般ユーザーに尋ねられてはどうでしょうか。あくまでその方の環境によりますが、権限の影響例を確認できるかと思います。」

「……わかった。他の『一般ユーザー』ってのはどう探したらいいんだ?」

「私の記録ログには残っていません。δデルタも遭遇した事はないそうです。」

「じゃあ、わかるのはこの国にいないって事だけか……。」

「な、何なんでしょうね。その『一般ユーザー』って……。」


 『一般ユーザー』か……なんで俺だけが……? そんなに珍しい物なのか? やっぱり考えられる要因は……魔石、或いは災竜である事。俺の特別って言ったらそれくらいだ。災竜とは会えない。なら、魔石を探せばいいのか? いや、魔石とは話せないよな。もっとしっかりと会話が出来そうな…………英雄だ。魔石になる程の英雄を探せばいいんだ!


「……よし。わかった。特に聞きたい事はこれくらいだな。」

「もう、いいんですか?」

「だって仕方ないだろ。ミィの助け方がわからないんだから。」

「でも……あっ、そうです! 神壇様に白銀竜の行方を聞いてみたらどうでしょうか!」

「……白銀竜なら見たそうです。」

「お、お答えが早いですね。」

「本当か!?」

「白銀竜と呼称されている個体が西へ飛翔していくのを捉えた記録ログがあるそうです。」

「西に……。」

「えっと、でしたらミュヴォースノスですね。今はえーっと……アエストステルでしたか。」

「獣人種の国だよな?」

「は、はい、そうです。アエストステルは嘴獣しじゅう人種の国って聞きますけどね。」


 やはり間違いなく母さんは西へ向かっているみたいだ。


「でも、白銀竜が飛んでたのは神壇がもっとグレイス・グラティアの近くに居た時だよな。そこから見えたのか。」

「いえ、δデルタはセンサーを中心に全方位の索敵が可能です。」

「なっ!? じゃあ何処で何をしてても神壇には筒抜けって事なのか?」

「はい。」

「……じゃ、じゃあ、そのセンサーでも『一般ユーザー』ってのは見つかんなかったのかよ。」

「最古の一万八千四年前の記録ログの中でも『一般ユーザー』との接触例は今回が初のケースです。それは私達共に。」

「いちまっ……!? その間一度も……!?」

「待てよ! 神壇の感知範囲ってかなり広いんじゃないのか!?」

「はい。」

「その中に少なくとも二万年くらいは『一般ユーザー』が現れなかったって事だよなぁ!?」

「はい。」

「……そんなの……見つかんのか?」

「よ、弱気になっちゃ駄目です! 今は白銀竜について情報を得られた事を喜びましょうよ……!」

「……。」


 ポジティブに考えるしかないのか。その『一般ユーザー』は大きな移動をしない種族に絞れるとかそういう方向で……。


「他に必要な情報はありませんか?」

「……ない。」

「わかりました。それでは身体を――。」

「あっ、いや、一つだけある。」

「なんでしょう。」

「……さっき、アロゥロと何してたんだ?」

「ちょっ!?」

「アロゥロに排泄の方法を教えておりました。」

「わー! わー!! 駄目です! ファイさんもアロゥロに怒られますよ!?」

「あー……。」


 排泄ってトイレの事だよな……。やっぱり聞いちゃ駄目だったか。ってか排泄の方法を知らなかったってどういう事だよ……。今迄どうして……

植人種って排泄すんのか? 娯食って文化もあるんだし、排泄はするのか。いや、でも……。


「それでは、今話した事は機密事項でお願い致します。」

「えっ、わ、わかった。」

「なんて事聞くんですか! お願いですから知らないフリしてくださいよ?」

「んじゃあ……これだけ教えてくれよ。植人種ってその……排泄すんのか?」

「植人種と区別されている種族は基本的に根から排泄します。」

「だ、だから駄目ですって!」

「これはアロゥロではなく植人種についての質問ですので。」

「そうですけどぉ~!」

「植人種の根はデミ化したらやっぱり足になるよな……?」

「ソーゴさんもいい加減にしてください!」

「わ、悪い。」


 まぁ……自分の好きな人のトイレ事情なんて探られたらいい気分ではないよな。


「植人種と言えば、本棚は大丈夫なのかよ? あの日、結構傷つけちまったと思うんだが。」

「問題ありません。あれは本棚のほんの一部ですから擦り傷程度かと思われます。」

「でも”傷”なんだろ? それなら謝っておいてくれよ。」

「自分で言わなくても宜しいのですか?」

「あ、そっか。フマナ語通じるのか。」

「はい。」


 何となく神壇と同じで特別視していたけど、本棚も俺等と同じ人なんだよな。……違うだろ。神壇だって多分俺等と同じ人なんだ。早速間違えるなよ……。


 俺は、本棚に殺されかけた。それでも、本棚を憎みきれてはいない。神壇の影響とは言え殺されかけたのにだ。恐怖は残ってる。しかし、やっぱり神壇も本棚も憎くない。これはおかしいんだろうか? 普通ならどう思う? 自分の感情に自信が持てない。神壇は身を守ろうとしただけだし、本棚は神壇に操られただけ。平然とそう思えてしまう……。


 でも、今はそれを、それが自分だと思うしかないんだ。だからせめて伝えよう。


「本棚! ごめん!!」


 耳が何処にあるかわからないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る