第96頁目 ゴリラって美味しいの?

「ざみぃぃぃぃーっ!」

「うるさいですよ。」


 太陽の光を跳ね返す白い台地。運良く今は晴れている。周りは何処を見ても雪まみれだ。俺は雪景色を背景にするとまぁまぁ目立つミザリー特注の服を纏い寒さを凌ぐ。となるとマレフィムも同じくミザリーの服を着ている訳だが、その派手な赤はまるで真っ赤な薔薇の如くこの景色に不釣り合いで……まぁつまり、ちょっと場違い感が否めないよな。ここで豆知識なのだが、マレフィムの翅には痛覚が無いらしい。穴が開いたり千切れたりしても痛みは感じないそうだ。だが、俺は痛い。翼に間違いなく神経が通っている。何を言いたいかと言うと、防寒されていない顔や翼は寒いに決まってるって事だ。エカゴットにもエカゴット用の防寒具を着せてあるのだが、手足と頭は出てるんだよなぁ……走ってるから寒くねえのかな……。


「あ、あぁあぁ、温めてくれよぉおぉおぉおぉ。ミィイィイィイィィィ! 眠いんだよぉおぉおぉ!」

「なんかその震えるのが楽しくって……あっ、でも寝ない程度にはコントロールしてるよ?」

「いや、ねみぃし!」

「えぇー? この温度でも駄目なの? 干し肉食べる?」

「食う食う。」

「はい。」


 俺はミィから差し出された干し肉を受け取って齧る。どっから持ってきた?


「そ、ソーゴさん! あんまり食べ過ぎないで下さいね!? 確かに、ソーゴさんに用意して貰って備蓄は潤ってますけど……!」

「大丈夫だってルウィア! この辺りならまだベスがいるぞ!」

「えぇ……? 何にも見当たらないですよ?」

「信じられないのか? 昨日だって獲ってきたろうが。」

「アレは驚いたよ! あんなベス初めて見た!」


 興奮して話に入ってくるアロゥロだったが、俺も昨日狩ったベスには驚いていたりする。腕が四本生えた白い毛のデカいゴリラだもんな。デカいって少しじゃないぞ? 直立したら俺の倍くらいの高さあったからな。



*****



 深々と降る大雪の中、遠方に大きい熱源が一つ。少し大きな形をしているが……人型っぽいな。でも、視覚では全くマトモに捉えられない。相手の正体がわからない故に下手な攻撃も出来ないしな。


 夜の狩りはもう慣れてきたけど、降雪中となると勝手が変わるなぁ。小動物ばかりの中、偶々見つけた大きい熱源。寒い中だと目立つから助かるぜ。とりあえず近づいてみるけど……美味しいベスだったらいいな……?


 ……あれ?


 熱源が……消えた。


 えっ? 逃げられた?


 でも、一瞬で消えるとか……でっかい鳥とかだったのかなぁ……。人型に見えたんだけど……。


「(クロロ、上。)」

「え?」


 ミィの一言の聞いて上に気を寄せると、白い塊が眼前まで迫っていた。


「づぁっ!?」


 俺は咄嗟に地面を蹴るが雪が抉れて大した踏ん張りにならず、小さく横へ跳ぶ形となってしまった。直後、自分の居た場所に振り下ろされる四つの手で一つに握られた馬鹿みたいな形の握り拳。しかし、威力は馬鹿にならない。そして、一番馬鹿なのはそんな恐ろしいベスを横に間抜けな格好でスッ転んでる俺だ。


 空振りの感触を確認してすぐに横の俺を睨みつけるゴリラ。最初から殺す気満々なボディランゲージに俺は戦々恐々、つまり完全に気後れしていた。咄嗟に身体が動いてくれない。いや、身体を動かすっていう発想も浮かばなかった。


「クロロ!」


 ミィの叫び声で我を取り戻しギリギリの所でゴリラのダブル裏拳を仰け反って躱す。


 チッと鼻先を剛速で熱源が掠める感触。


 やっべぇ……やっべぇ……!


「ど、どうにかしてくれ!」

「ギリギリまでは手を貸さないよ。悪意じゃない純粋な敵意なら出来る限り自分でどうにかしないと!」

「悪意と敵意ってどう違うんだよ!」

「それは自分で考えるの!」

「何だそれぇ!?」


 何かが高速で俺の頭頂部を掠め、真後ろで雪が爆ぜる。爆弾!?


「うぉっ!?」


 身体を捻って更に飛んできた何かをすんでのところで避けた。距離を詰めて来ずに両手で何かを握る様な仕草をして手を離すゴリラ。片側の手には白い塊。爆弾じゃない。雪球だ。そして、ゴリラは片足を上げて振り被る。


「クッソ!」


 俺は咄嗟にアニマを伸ばし高圧水流を顕現して横に薙ぐ。しかし、ゴリラは危機を察知したのか片足立ちの体勢から雄叫びを上げて跳躍し大道芸の如き鮮やかさで回避してしまう。足の指先くらいには当たったような気がしたんだが……しかし……!


「無茶な跳躍なんてしたら寧ろ的にしかならねえなぁ!」


 アニマを使った射撃は水を口から発射するよりも楽なんだヨ!?


 勝利を確信した直後、右側の前足が強く弾かれた。なんと、あのゴリラは空中から俺の前足へ雪球を命中させたのである。


「痛ッ!?」


 いってぇ! チックショオ! 雪球持ってんの忘れてた……! 身体強化魔法使ってなければ折れてたな……ってか魔法使ってても指に当たってたら間違いなく折れてる威力だ!


 俺は意識を周囲に戻しゴリラの位置を把握しようとする。


 気付けば風が強くなっていた。


 何処だ……? 何処だ……! くっ! じっとしてると危ない……! なんとか……! しないと……! 


 足音が聞こえ難いはずだと願い、俺は警戒しながら雪の中を走る。ギュッ、ギュッと踏み固められる雪の音が俺の緊張感を煽っていく。


「(ミィ! 死んだら恨むからな!)」

「(死なせないよ。今回はマレフィムを連れてこなくて正解だったね。)」


 確かにな。下手したら怪我させてたかもしれねえ。


「(服、汚したくねえのによぉ!)」

「(気に入ってるもんねそれ。でも赤は目立つから……。)」

「(それか! 道理でこの天気の中よく見付けてくると思ったんだよ!)」


 何処に行った? 逃げたのか? まさか全く見当違いの方向に走ってきてるとか……。

 


 ――は?



 突如脚を襲う圧迫される感覚。俺が気付いた時には既に遅く、灰色の肌に白い毛の生えた手がガッシリと俺の右前足を掴んでいたのだ。低木の中で雪に隠れッ!?


「ッッッッッ!?」


 先程雪球を当てられた部位故か、強く握りつぶされてる故か、途轍もない痛みが握られた所から全身に向けて駆け抜けていく。そしてそのまま乱暴に持ち上げられてしまう。


 骨が……ッ!


『グルルルォォォォォォォォォォッ!!!』


「クロロッ!」

「…………カッッッッ!」


 もしもの時の事を考えていた。魔法を使う、攻撃するなんて具体的なイメージが出来ないくらいの何かがあった時。今回立ちふさがったのは圧倒的な力を持つゴーレムじゃないけども、俺が死ぬ可能性があると思ったくらいにはピンチだった訳で……だから、俺は最終手段を用意していたのだ。


『ビシャゥッッッッ!』


 咄嗟だった。俺は苦し紛れに咳袋を絞って水を吐き出す。それは容易く白い毛皮を裂き赤く染めた。一瞬更に強く俺の右前足を強く握ったかと思うと、すぐに離しゴリラが膝をつく。……上半身を、分離させながら。


「っでぇ……。」


 ドサッと雪の上に落ちた後も痛いのは身体じゃなくてようやく解放された前足だった。これ、折れてねぇよな……?


「大丈夫?」

「あぁ……。」

「危なかったね。」

「俺がやらなくてもミィがやってたんだろ?」

「まぁ、流石にね。今回は相手に地の利があり過ぎたかな。」

「そうだよ。急すぎるぜ。訓練ならもっと雑魚から始めるべきなんじゃないか?」

「そんな事言ったって……私は何があってもクロロを守るって決めてるけど何かあった場合の為にクロロも強くなってないと……でしょ?」

「強くなる前に死んじまうよ。」

「殺させないよ。」


『グルルルゥゥゥゥ…………。』


 その声にビクッと振り向き確認する。ゴリラは上半身だけになって尚も俺を睨みつけているのだ。ってそうでもないのか……? 顔が厳つすぎてわかんねえよ……。


「まだ、死んでないのか……こいつにもアストラルはあるんだよな?。」

「当たり前でしょ。」

「でも、俺獲物を狩った時にあの命の瞬きとかいうの見たことないんだよな。」

「言ったでしょ。普通は死んでからもっと時間が経って出るものだって。マテリアルが崩れる、アストラルが表層に未練がなくなる。この2つが揃った時じゃないと出ないの。クロロは命の瞬きが出る前に食べちゃうし、そもそも、アストラルがそのままマナになる場合もあるから命の瞬きは必ず見られる訳じゃない。」


 じゃあ何かが死ぬと必ず起きる現象じゃないのか……あれ?


「でも、どっかで必ず虫とか小動物は死んでるじゃん?」


 必ず起きない現象って言ったって母数が大きければ変わってくるはずだ。俺の周りでは、常にそこら中で命が消えてるはず。羽虫やバクテリア、ばい菌だって……って菌にもアストラルはあるんだろうか……。


「小さいアストラルは一瞬でマナになっちゃうからエーテルを経由する事なんて殆どないし、あったとしても見えないよ。この前だってあれだけの死体の量だったのに、命の瞬きは少ししか出なかったでしょ?」

「……少しって言われても初めて見たんだからわかんねえよ。」

「アストラルはマテリアルと同じ大きさなのが基本。粒にして分解したらとんでもない量になるはずでしょ?」

「……そうか、確かに。」


 なるほどなぁ……とにかくミィの話からしてこのゴリラはまだこの世に未練がある可能性もあるって事だよな……それは…………。


『ドッ!』


「ん?」


 何かが降ってきた? 雪の塊か何か…………。


『バフォッッ!』


 俺は目を疑った。降ってきた物は冷たくない。しっかりと熱を持っている。そして、俺の首の数倍は太い四本の腕。そう、ゴリラの仲間だ。そして、タイミングを示し合わせたように雪の中から次々現れたのも同じくゴリラだった。


『バフォッッ!!』


「……おい?」


『ドッ!!』

『バフォッッ!!』

『バフォッッ!!!』


「……嘘……だろ?」


 次々と恐怖が積み重なっていく。


『『『『『『グルルルルルルルォォォォォォォォォッッッッッッッッ!!!』』』』』』


 耳を劈く威圧的な雄叫び。荒々しく二十四本の腕が胸を殴り非現実的なドラミングを奏でる。


「……ミィ。」

「うん。これは仕方ないね。」


 その頼もしい言葉に一旦安堵するが、恐怖は完全に消えない。それどころか先程強く掴まれた前足の痛みすら消えきっていないのだ。


『ホッ! ホッ! ホッ! ホッ! ホッ! ホッ!』


「……なんだろう? 様子がおかしいね。」

「品定めしてんじゃねえの……? それとも怒ってるとか……?」


 何やら俺が先程狩ったゴリラの死体に向かって吠えている気がする。どういう意図があっての事なんだろう。しかし、下手に動くのもな……また待ち伏せされてたら怖いし……。


『ルホホホホホホホホホホ!!!』


 レディ状態のゴリラ。その内の一匹が今迄とは違う鳴き声で吠えた。


「なんだ? 更に仲間を呼んでるのか?」

「なのかな。なんだろうと返り討ちだけどね。」


 しかし、鳴き終えた後黙り込むゴリラ達。所謂……決闘の間って奴だ。ここからが……!



 ……ってあれ?



「え? 何?」


 なんと六匹のゴリラ達は背を向けて何処かに走り去ってしまう。俺より寧ろミィの方が困惑している。


「なんで? 見逃してくれるならいいんだけど……それだと襲われたのが少し腹たってくるなぁ……もぅ!」

「いやいや、ここは感謝しようぜ? ミィがいても無駄に怖い思いをするのはゴメンだわ。」

「でも一匹ずつなら良い修行になりそうだよね。」

「勘弁してくれ……。」


 緊張を解すためにも出来るだけ軽い調子で会話を続ける。しかし、警戒は怠っちゃ駄目だ。熱源は……無い。不自然な音もしないし臭いもしない……ん?


 先程の最後に吠えたゴリラの足跡……少量の血が付いてる? 足に怪我をしてたのか?


「……。」

「どうしたの?」


 ハッと一つの可能性が思い浮かんで二つに分れたゴリラの遺体の足を見る。


「やっぱりだ。足を怪我してない。」

「え?」

「コイツは最初に俺を襲ってきたベスじゃないんだ。道理で俺が走っていった先から出てくる訳だよ。」

「どういう事?」


 俺は今理解できた今回の狩りの反省点を述べる。


「最初に襲ってきた奴に俺が魔法を撃ったろ? あれは躱されたけど少しだけ足に当たってたんだよ。んで、多分さっき逃げたベスの中で最後に吠えたベスが最初に襲ってきたベスなんだと思う。足跡に血がついてて死んだ方の足は傷付いてない。……だからなんだって話だけどな。」

「つまり捕まったのは運が悪かったって事ね。」

「それもわからん。作戦だったのかもしれないし。本当に偶々寝てたベスを起こしちまっただけなのかもしれねえ。」

「どちらにしろ格好悪いね。」

「うるせえ。勝ったんだから良いだろ。」


 …………でも、ゴリラって美味いのか?

 

*****


「この白い毛皮好き! 少しゴワゴワしてるけど、イムラーティ村に着いたら村の人に加工とかお願い出来るかな?」

「ど、どうでしょうね……それより僕は受け入れてくれるかの方が不安で……。」

「大丈夫だろ。お前の親父さんは問題なかったんだから。ってかアロゥロがお前の為に可愛くなろうって言ってるんだぞ? ”それより”なんて言い方はどうなんだ?」

「……そうだね。ルウィアの為なんだぞぉ?」

「ぼ、僕のためですか!? へ、え、その……!」


 おぉ、すげぇ顔。こういう時どんな顔していいかわからないって感じだな。結局威勢の良いの事を言っても著しい成長は……。


「ルウィアさん! 速度を上げて下さい!」

「へぁっ!?」


『チキチキチキッ!』


 いきなり警告を叫ぶマレフィムに驚くルウィア。ファイも何かに反応している。


「はっ!!!」


 ルウィアがバチンッと鞭を鳴らしてセクト達が加速する。


「おぉっ!?」


 急な加速に一瞬バランスを崩すが、もう慣れたもんだ。揺れの大きくなる荷台。


「一体何だってんだ!?」

「ベスが追ってきてるんですよ!!!」

「え、えええええええ!? も、もっと速く!!!」


 マレフィムの言葉で更なる加速を試みるルウィア。俺は恐る恐る後ろを振り向いた。すると、そこには地響きを轟かせながら全速力でこちらを追うゴリラゴリラゴリラゴリラ……。


 頼むよ……ゴリラ……。


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