第90頁目 寝てる時に虫食べてる事あるらしいよ?

「お、美味しいです! この辺りにもチキティピっているんですね……!」


『ギイィィィィィィィィイイイイッ!』


 耳を塞ぎたくなる断末魔が俺の瞼を閉じさせる。説明しよう。俺はアロゥロと協力してチキティピを捕獲したのだ。


 ……チキティピという虫を。


 蟹の様な楕円形のボディに沢山のいばらの様な棘、さそりっぽいはさみ、長い六本の脚と触覚、と都会育ちシティーボーイの俺にはとても受け付けがたいビジュアルである。ま、まぁ……図鑑や生物の教科書に写真が載ってるのを見つけたら好奇心を持ってネットで検索したりしてたかもしれないけど、実物を見て、触るというのはかなり難易度が異なってくる。


 何より……。


『バキッ、ゴリッ、グチッ……。』


「……ッゴクン。こんなの食べたら、け、怪我なんてすぐ治っちゃいそうですよ。」


 美少年の口の中に気持ち悪い汁の滴った虫の欠片が放り込まれていくのは見ていたくない。コレカクジツニモザイクイル。


「デミ化すると歯がしっかりあるから便利なんですよね。オリゴの時だと丸呑みになっちゃうので少し勿体無いんですよ。」

「へぇ……チキティピって美味しいんだね。私も今度食べて見ようかな。」


 そんな事を言い始めるアロゥロに目をギョッと見開いてしまうが、何かが飛び出しそうになる口をすんでのところで抑えた。


 堪えろ。この世界では、虫を食べるなんて多分当たり前の事なんだ……! 虫人種ってのもいるんだから木とかも食ったり……カタツムリなんてコンクリを食べるって聞いたことあるしな……。


「それなら、食べて見ます……?」

「……え、えぇ!? そ、それ?」

「い、いえいえいえいえ! この、ぼ、僕が食べてる奴じゃなくてまだ残ってるやつです……!」


 ルウィアが示した先には葉の上で全ての脚がもがれたチキティピがうごめいている。もうピクリとも動かない奴もいるけど……。


「あ、あぁ! そ、そうだよね! ご、ごめんごめん! 私ってば何言ってるんだろ!」


 くぅ……! ルウィアが片手に持ってる奴がグロい虫の死骸じゃなくてドーナツなら……! 口の端に付いてるのがキモい液体じゃなくてパンかすなら……! その甘酸っぱいやり取りを純粋にやっかめたのに……!


『ギ、ギギィィィィィィ!』


 前世にもいたような生き物も多いけど、その真逆もいるんだよなぁ……この世界。あれって何? 蟹? 蜘蛛? エビですら食ってて触覚が口からはみ出すなんて事ねえよ。それを人間の顔で食われると……………………おげえぇ……。


「(クロロ、大丈夫?)」

「だ、大丈夫だ……。」

「(そうは見えないけど……。)」

「虫は苦手なんだよ。」

「(それは聞いたけど、そんなに苦手なんて思わなかったよ。角狼かくろう族の村でも普通に食べてたし……。)」

「………………は?」

「(え?)」


 今サラッととんでもない暴露をされた気がするんだが。俺が? なんだって?


角狼かくろう族の村で虫を食ってた? 俺が?」

「(うん。)」

「普通に?」

「(普通に。)」

「ま、まさかぁ……。」

「(ちゃんと調理されてると気付きにくいかもね。そういうこと?)」

「……。」


 嘘だろ? どれだ? いつ? 


「(ち、ちょっと! 凄い顔色だよ! そんなに駄目なの!?)」

「無理……駄目……。」

「どうしたんです……? 私と同じくらい具合が悪そうですね……。」

「(マレフィム! 今立ち歩くと危ないよ!)」

「少し水を飲みたくてですね……。」

「(それなら私が持っていくから! ほら、座って!)」

「あ、ありがとうございます……。」


 マレフィムはルウィアより少し遅れて目を覚ましたが、精神損傷でかなり具合が悪そうだ。精神損傷は頭がぼーっとして、思考が鈍くなるんだよな。動きたいけど動けないんじゃなくて、動こうと思わなくなる。それって恐ろしいよな。まるで廃人みたいじゃねえか。


「わぁ、美味しい……! お肉って美味しいんだね!」

「お、お口にあって良かったです。」


 おおぅ……後ろでアロゥロが望ましくない価値観を開花させ……って虫は肉なのか? 魚も魚肉って考えたら虫も虫肉か……。


「でも、こんな硬いのに消化にいいの……?」

「えっと……殻の部分は正直消化に悪いです……。」

「えっ! じゃあ駄目だよ! 食べちゃあ!」


 そう言ってチキティピを入れた土砂入れをルウィアから遠ざけようとするアロゥロ。事前に、病人には消化に良いものが良いと話したせいか気になったのだろう。彼女は植人種であるが故に消化という都合に詳しく無かったのだ。しかし、ルウィアは珍しく抵抗する。


「あぁっ! で、でも大好きなんです!」

「へぁっ!?」

「殻は殻で別の味わいがあると言いますか……身の部分とは違った感触で良いアクセントになると言いますか……その、あまり食べられる機会も無いのでせめてもう少し…………アロゥロ……?」

「……もう一回同じ事言ったら……いいよ。」


 後ろを向き、土砂入れを天に掲げ、小さい声で呟くアロゥロ。おいおい……このタイミングでか?


「もう一回?」

「なんで食べたいの!?」

「え!?」

「なんで食べたいのか言って!」

「……え、えっと……大好きだから……?」

「もっとしっかり!」

「だ、大好きだからです!」

「はい!!」

「うわっ!?」


 ルウィアの告白を聞いたアロゥロは、土砂入れを勢いよくルウィアの前にドスッと置いて何処かに早足で行ってしまう。


『チキチキッ……!』


 その後を追うプチファイ。


「え? ……えっと……ど、どうしたんでしょう……? な、何か、してしまったんでしょうか……?」


 一人残されたルウィアはそう呟いてこちらを見る。コロスゾ。


「……なんだか疲れと元気を同時に頂けるようなやり取りですねぇ。」

「それは俺も同感だ。」

「(へぇ、ルウィアにかぁ……。)」


 人の恋路はどうとでもなれって感じですわ。俺も可愛い子から惚れられたいなぁー。何のリスク無く美少女の命を助けられるチャンスとか落ちてないかなー。



*****



『キュゥウウ……。』


「エカゴットって俺とちょっと似てるけど鱗は無いんだよな。」

「ま、まぁ、エカゴットは竜人種の成れの果てとも言われてますからね。」


 月明かりの下、ルウィアに助言を貰いつつセクトにブラシを掛ける。ミィの身体に支えられたルウィアは、水のパワードスーツに動きを補助されるので、あれ程の大きな傷を負っていても多少なら動けるみたいだ。


「すみません。その、代わりにやって頂いて……。」

「気にすんな。もしエカゴットが暴れて傷が開いたりしたら大変だろ。」


『キュイッ! キュゥ。』


「わっ! な、何!?」


 同じくブラシを掛けるアロゥロに首を擦り付けるローイス。目を細めて気持ちよさそうにしているが、あれでは近すぎてブラシを掛け難いだろう。


「えっと、その仕草は親愛の証ですよ。」

「そ、そうなの? 怒ってないならいいんだけど……。」


『チキッ。』


「ファイは近付き過ぎると蹴られちゃうかもだから少し離れててね。」


『チキッ、チキッ。』


 頷いて少し距離をとるファイ。ってかセクトは俺に首を擦り付けたりしてこないんだが……なんて少し恨めしげな目でセクトの顔を見る。するとセクトもこちらを見ていたようで目が合った。薄茶色の斑模様の中に真円の黒。意外と愛嬌ある目してるよなぁ……ん? なんか震えてる?


 そう思った直後、ビターンと勢いよく地面に横たわるセクト。


「ふぁっ!?」


 予期しない行動に頓狂とんきょうな声を上げてしまう。え? 何事? 


「あ、あぁ……。」

「おい、ルウィア! これどうしたんだ!」


 地面に半身を完全に密着させピクリとも動かず虚空を見つめるセクト。その唐突な絵面に何処か恐怖を感じてしまう。変なもんでも食ったのか? とにかく不安になった俺は、何か知ってそうな反応を示すルウィアに疑問を投げた。


「えっと……それ、エカゴットの服従の姿勢です。」

「は? 服従?」


 服従の姿勢ってあの犬が腹見せたりする奴? 蜥蜴とかげは……わかんないけど。


「でも俺の目すら見ないぞこいつ。」

「そ、そんな事言われても……。」

「とりあえず続けてあげたら?」

「……おう。」


 倒れられるとやりずれえよ……。人間だったら間違いなく腰がイっちまう。ってかすっげえ不気味。胸は動いてるから生きてるんだろうけど……なんで服従なんかしてんだよ。暴れん坊だったんだろ?


 ……はぁ。


 このイグアナみたいな硬いような柔らかいようなザラザラした肌って鱗とどっちが快適なんだろ。


「そういや竜人種の成れの果てだっけ? それってどういう意味なんだ?」

「え、えっと……エカゴットは良くも悪くも竜人種の厳しい仕来しきたりや誇りから開放された種族なんだっていう伝承があるんです。」

「……馬鹿になれば悩む事も無いって事か。」

「馬鹿、というか……忘れたという感じですね。」


 一緒、ではないか。賢しき手段として馬鹿になるって感じだよな。つっても神話みたいなもんなんだろうけどさ。


「セクトォー……お前のご先祖さんは考える事をヤメたら幸せになれると思ってたんかねぇー。」

「……。」

「俺がタムタムで吠えたの、まだ引きずってんのか? アレよりもゴーレムの攻撃のがよっぽど怖かったろうがよー。」

「……。」

「こんなもんでいいか。その姿勢じゃ反対側出来ないし。」

「こっちも終わり!」

「あ、ありがとうございます。」


 ふぅ、と一息付いて存在感を失っているマレフィムの方を見る。原っぱの上で微動だにせず仰向けに横になる彼女は正に人形の様である。精神損傷でマトモな会話が出来ないから休ませているのだが、ああいった様子の彼女を知らない俺からすればとても心配だ。それもこれも……。


「あのゴーレム、首都周辺で暴れてたんだよな……なんでファイを狙って来たんだろうな。」


『チキッ。』


 俺の呟きに反応してこちらを見るファイ。


「やっぱり、狙われていたのはファイさんでしたよね。」

「同族なのに殺し合うなんて……。」


 ルウィアもアロゥロも同じ事が気になっていたようだ。ここは多分だけど、首都周辺って言える程周辺では無いと思う。それなのに偶然遭遇してしまったどころか、ファイに執着をしている様な様子も見受けられた。アイツの目的は一体なんだったんだろうか……。


「あの子はね。病んでいたんだよ。」

「……やっぱりミィは何かわかるのか?」

「……まぁね。」


 自分に似ているという考えからか、アロゥロ達に気を使っているからかあたかもアレを人の様に話すミィ。……精霊とはいったい何で何を知っているのか。それを素直に聞くことが出来たらどれだけ楽だろう……。


「一応意識を読み取ってみたけど、もう、壊れてた……。ちぐはぐになった知能で、身体を動かす理由だけはあったから動いてたの。」

「どういう事……ですか?」

「アロゥロ、命はなんだって糧にするの。肉は肉で育ち、植物も植物で育つ。全てがそうではないけどその子や私が倒したあの子もそう。」


『チキッチキッ。』


「ファイ……。」


 肯定、98.784か……。


「え、えっと、つまり、捕食行為としてあのゴーレムはファイさんを狙っていたという事ですか?」

「そうだよ。」

「で、でも! ファイさんはゴーレムを食べたりしませんよ! ……ですよね?」

「う、うん。」

「まだね。ファイは病んでないからっていうより食べる理由が無いからって言えば良いのかな。でも、あの子は壊れてたって言ったでしょ。ルウィアのその背中の傷は肉で塞がれる。ゴーレムも同じだよ。」

「そんな……!」

「……っ!?」


 言葉を失う二人。ミィの言う事はつまり、ファイもいずれあのゴーレムの様に暴走するかもしれないという事なのだ。身体が小さくなったとは言え、目に見える物全てを破壊し、ただ敵対するだけの存在へと変貌するファイ。そうなった時の事なんて想像もしたくない。


 ……ファイ。お前にも感情があるんだよな。これを聞いてどう思ってるんだ?

 

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