第77頁目 ここ森って言える?

 旅に出て数日。ガタンガタンと揺れる荷台。正直吐きそうである。タムタムから離れると道はただの踏み固められた大地へと成り下がる。その上、セクトがローイスやラビリエを鼓舞するように元気良く走るので、必然的に揺れは大きくなるのだ。しかし、以前もっと早く走ってくれと言った事がある手前、スピードを緩めてくれとは言い出し辛い……。


「あぁ゛~~あぁ゛~~あぁ゛ッ~~あぁ゛~~あぁ゛~~……。」

「……煩いですよ。」


 せめてもの暇潰しとして、揺れによるロングトーンの歪みを楽しんでいたのにそれすらも奪うというのか。お前はミィに包まれて揺れてるから少し揺れを軽減出来ているのかもしれないけど、こちとら本当に吐きそうなんじゃ。因みにマレフィムはミザリーの赤いドレスをまだ大事に取っておきたいとの事で元の黄色い服に着替えてしまっているが、ミィに包まれるのは気に入ったらしく、着衣入浴は継続中だ。


 …………何か意味のある話題でも出して気を紛らわせるか。


「……そういやさ。ミザリーさんが言ってたなんだっけか……『ヨクエン』……? ってなんだったんだ?」

「私も気になっていました。『欲炎の』……ルウィアさんはご存知なのですよね!?」


 マレフィムは俺を挟んでミィが見えない位置からルウィアに大声で質問を投げかける。


「えっ? はい。えっと、『欲炎の輝き』ですね。この前お話した探求ギルドの名前ですよ。」

「あぁ、なるほど。俺等が便利屋なんてやってたからそのギルドに加入してると思われた訳か。でも、なんでミザリーさんは一々加入してるのかなんて聞いてきたんだ?」

「それは……その……『欲炎の輝き』に何か思う所があったのではないかと……。」

「ふーん……。」


 探求ギルドの殆どは仕入屋って言ってたもんな……仕入屋ってそんなに信用度が低いのか……?


「で、でも、人によりますからね……! 仕入屋に助けられている人だって沢山いますから……!」

「仕入屋ねぇ……冒険を生業にしてる人ってイメージだけど、やっぱり堅実な感じの奴等もいるんだよな?」

「そうですね。希少な野草ばかり集めていて、収入を安定させる為にその野草を栽培し始めたら気付けば農家みたいになっていたなんて話も聞いた事があります。」


 それって供給過多になって価値が下がるだけなんじゃ……需要の量にもよるか。


「それってどうなるんだ? 掛け持ち?」

「ですね。でも、その後、経営が上手くいかずにまた仕入屋に戻ったそうで、それと同時に農業ギルドからも抜けたらしいです。」


 だよな。栽培するなら中途半端に希少な野草じゃ駄目だろうし、凄く希少な薬草なら栽培で増やす事も難しいんじゃないかな。だから希少なんだろうし……。


「えっと、僕達も『欲炎の輝き』に加入しますか?」

「いいよ。金が掛かるんだろ? その上権威も不安定。他にメリットとかあったりするのか?」

「えっと……各地のギルド支部が使える事と、ギルドに舞い込む仕事の斡旋あっせんを行ってくれたりします。」

「仕事を見つけてくれるのか。」

「それは助かりますね。」


 マレフィムは少し乗り気になったようである。タムタムでは少し回りくどい感じで仕事を探したし……しっかりとしたメリットだと言えると思う。


「そのギルドの支部って何があんのよ。」

「主には仕事の受領と報酬が貰える場所なんですけど……大体は食事処がありまして、そこで情報交換したり、ギルドメンバーを集めたりと、わば交流所……みたいな所ですね。」

「それはその『欲炎の輝き』の加入していないと入れないのですか?」

「そう……ですね。入り口でギルドタグを見せないと入れません。」

「へぇ。」


 ギルドタグかぁ。それが会員証みたいに使えるのね。


「タムタムにはあったのか? その支部。」

「えっと確か……ありましたよ。オクルス程大きくは無いと思いますけど……。」

「どうせなら加入して良かったかもしれませんね。その探求ギルドとやらに。」

「金に困ったらありかもな。でも、当分はいいだろ。」


 組織に入ったら色々と柵が出来て大変そうだ。目的は金稼ぎじゃねえし、気が向いたらって感じかな。


「しかし、ギルドに入らなければまた仕事を探す時に、そのギルドから仕事を横取りをしている風に見られるとトラブルになったりもするのでは……。」


 確かにありえるかもなぁ。でもなぁ……。


「まぁ一つの選択肢って事で覚えとこう。」


 …………あー……いい天気。



*****



 俺達が行く道は開けた草原ではない。かと言って森という程でもないし、林という程でもない。度合い的には”木”くらいだと思う。凄く間を開けてブロッコリーみたいな大樹が生えていて、陽の光がしっかりと地面に届いている部分もある。だから、まだ森でも林でもない”木”だと表現したのだ。このまばらな密集具合は白銀竜の森と随分違う。しかし、最も違うのはそこじゃない。それは大樹を超える大きさで地面から生えている謎の白い結晶だ。まるで細いプラスチックの棒の束が重力に負けてキノコ型にバラけた様な……何なんだろうアレ……。


「なぁ……あの偶に地面にぶっ刺さっているあの……白いアレはなんなんだ?」

「鉱石の結晶ですよ。」


 何かの結晶というのはわかる。なぜなら、何本かは折れて地面に刺さっているからだ。断面は鋭く、決して柔らかそうには見えない。


「不思議な形だな。」

「鉱石は結晶化する際に決まった形になる物もあると聞きます。この鉱石は円柱状に形成される種類なのでしょう。」


 しれっと言ってるけど、さっきお前夢中で手記に何か書き込んでたじゃねえか。


「……えっと……あの鉱石は望遠石柱ぼうえんせきちゅうと呼ばれる物で、先端から取り込んだ光を反対側の先端から放出する性質があるんです。ここ辺りは地下に大きい空洞があって、そこにイコネが群生しているらしいんですけど……昼に望遠石柱によって陽の光を取り込み、夜になるとその光を放って望遠石柱の先から光を出して空を照らすんです。……とても綺麗なんですよ。」

「(イコネってなんだっけ……?)」

「(蓄光する茸だよ。よく群生してるんだけど、食べると凄い辛いの。)」

「(ありがとう。)」


 あれか! 食ったわその茸! あのメッチャ辛い奴な! あの茸が地下にねぇ……少量でも結構光ってたよなアレ……。


  ……落下する結晶が危ないからか、道は半球体っぽく拡がった結晶の下を避けてあるんだな。因みに、時々すれ違うタムタム方面へ向かう引き車には肌が緑の可変種、多分植人種だと思われる種族もいたりする。それに比べて目的地側に向かう引き車の少ない事。皆こっち側に用は無いんだろうか。一応今って国の中心に向かってるんだよな……?


「ッダ!?」

「(な、何!?)」

「なんですか!?」

「ひ、ひあかんあ……。」

「舌を噛んだのですか? 間抜けですねぇ……。」

「荷台が急に揺れるからだよ! っちぃ~! 痛ぇ……。」


 魔法がある世界なのになんでこんな不便なんだよ……科学の方がよっぽど魔法じみてたわ……。


「突然騒がれるとびっくりするのでやめていただきたいです。……あの料理処でのくしゃみも私が咄嗟に魔法で防御しなければ死んでいたかも知れないのですよ?」


 あの料理処……あぁペッペゥの店か……。あれはペッペゥのキモさが臨界点に達したからで、意図的にした訳じゃないんだよ……。


「悪かったとは思ってるよ……。」

「あ、あれは僕もびっくりしましたよ。後ろのお客さんが優しい方で良かったですね。」

「あぁ、本当にな。絡まれたら大変な事になるところだった。」

「……それにしても、くしゃみまであんな威力で……エーテルまで出ちゃうくらいの魔力……やっぱり、竜人種は亜竜人種なんかとは比べ物にならないですね。」

「エーテル……そう言えば”お漏らし”されてましたね。」

「(”お漏らし”2回目だね。)」


 ”お漏らし”とは魔力でアストラルやマテリアルに上手く顕現出来ず、エーテルに変換してしまう事だ。俺は以前も身体強化を使おうとしてやった事がある。”お漏らし”と呼ばれるくらいには恥ずかしい事らしい。


「必死だったからな……。」

「必死になった結果があの大きいくしゃみなのですか。」

「うるせえ! 終わった事はもういいだろ!」


 でも俺、魔法なんて使おうとしてたかなぁ……。無意識で身体強化魔法を使えるくらい俺も成長してるとか………………ありえる……!


「何ニヤニヤしてるんで――わわッ!?」

「う、うわあ!!」

「うおっ!?」


『キュアアアアアッ!』


 急停車する引き車、叫ぶエカゴット達。俺はなんとか荷台上部にある取っ手に捕まって転がり落ちるのを防いだ。ミィは俺に引っ付いていて、マレフィムは空を飛んで難を逃れている。


「急に飛び出して悪かったな!」


 大きな声で叫ぶのは、樹木の皮みたいな肌をしている男性。彼の横に停めてある引き車の向きを見た限りタムタム側に行こうとしていたようなので、俺達はすれ違うはずだった。しかし、彼は俺等の前に飛び出してまで引き車を止めたのだ。なんとも危ないやり方である。ってかこの引き車って急ブレーキ掛けられんのかよ。


「悪気はないんだ! ただ、今こっち側には行かない方が良い! この先には虫の『魔物』が出るんだ!」

「ま、『魔物』ですか……!?」

「なんですって!?」

「(嘘……。)」


 なんだなんだ? 『魔物』? 暴漢でもいるって事か?


「ち、忠告ありがとうございます!」

「いや、自分勝手で悪いが、俺達は魔物を増やしたくないだけなんだ。」

「『魔物』の出没とあらば、タムタムにも情報が届いてるはずなのですが……。」

「あの『魔物』が暴れ始めたのはここ数日の話だ。神出鬼没だが、いつも『グレイス・グラティア』の周辺でいきなり現れる……!」

「ですが、『魔物』って……そんな重要な情報が数日経ってもタムタムに届かないなんて事がありますか……?」

「知らねえよ! でも俺は見たんだ! 見たこともない魔法を使うベスを! 同じギルドの奴等もそいつに何人か殺されてる!」


 殺されてる……? 必死に真実を探ろうとしているマレフィムからしても暴漢なんて生易しい話じゃねえって事なのか? 後ろを見ても俺等と同じ方向へ行こうとする引き車は見当たらない。


「す、すみません……お仲間が亡くなっている事も知らずに……。」

「いや、いい……俺は一度止めたからな。これからどうするかは勝手にしろ。じゃあな。」


 そう言い残して引き車に乗り込み去って行く男。俺は相変わらず話についていけてない。ただ、これがトラブルだという事は、黙る全員から滲み出ている雰囲気で感じ取る事が出来た。


 

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