第42頁目 ごはんを見たらお腹が空くよね?

「そんな……。」


 俺は事のあらましをミィから説明して貰った。


「クロウ達は!? あいつ等は無事なのか!?」

「今はマレフィムが看てるから……。」

「……なんで……なんでこんな事!!!」

「クロロ……。」


 メビヨンがぶっ倒れたのは俺のせいだって言うのか? あの手長猿族達の死体も全部……!


「クロロは悪くないよ! 悪いのは分不相応な力を求めたキュヴィティなんだよ!」

「それでも俺がやったって事は変わらねえじゃねえか!」


 どうすれば良かった? どうすればこれを回避できた? 俺は魔石が近くにあれば必ずこうなるのか? だとしたら俺は……! 人の側で生きていられる人間じゃない……!


「(……クロロ! ダロウ達が来た!)」


 そう言うと、すぐにミィは小さくなって俺の背中に張り付く。 


「な、なんだぁ……こりゃぁ……!? メビヨン!? メビヨン!!!!」


 オリゴ姿のダロウは荷籠や鎖帷子みたいな装備を付けている雄達を連れて、ここの様子を見に来たようだ。そこに倒れた愛娘の姿を見つければそんな反応にもなってしまうだろう。


「どういう事だクロロ! 何があった!」

「……メビヨンは、大丈夫です。やれるだけの事はやりました。」

「何があったって聞いてるんだよ!!!」

「ぞ、族長! 落ち着いて!」


 怒りとも焦りとも言える感情を隠さないダロウ。俺はそれを見て罪悪感に潰されそうになる。メビヨンを手に掛けたのは俺と言っても間違いではない。


「(私が出て説明しようか……?)」

「(……大丈夫だ。)」


 ミィの気遣いはありがたいが、それでもこれは俺が話さなきゃいけない気がした。


「原因は……キュヴィティです。」

「……何ぃ?」


 俺が指差した方向には既に動かない高鷲族が1人。ここで俺が責任を感じて投げやりに全部俺のせいですと言ってしまうのは違うと思った。


「……あれはもう死んでるのか。」

「はい。」

「……ふぅ……続けろ。」


 行方不明になっていたキュヴィティの名が出たせいか、少し冷静になったダロウは俺に説明を促す。


「……この渇望の丘陵には魔石があったんです。」

「……ッ!?」


 あからさまに驚くダロウ。他の雄達もざわついている。


「キュヴィティはそれが欲しかったみたいで、族長達を上手い事仕向けてどうにか自分の物にしようとしてたようです。」

「……はぁ。まさか本当だとはな。おい! バリンバを出せ!」

「はっ!」


 ダロウの命令に反応した1人の雄がデミ化して背中の籠に入った粗い袋をおろす。そして、袋の口を縛る縄を解くと、中から所々血で染まった布で身体を簀巻きにされた手長猿族が出てきた。ダロウはデミ化して容赦なくその手長猿族の頭に魔法で水を浴びせる。


「ぶふぅっ! ……ぅぐぅ。」

「おい、聞こえてるかバリンバ。」


 バリンバと呼ぶ手長猿族の頭の毛を乱暴に掴み、無理やり声を聞かせるダロウ。


 恐い。


「お前が言ってた事はどうやら本当だった。ボンボボはここにいるのか!?」

「……ぁぁ……そぅだ……。」


 息も絶え絶えなバリンバと呼ばれる男。俺はその顔に見覚えがあった。高鷲族の村から帰る道中に出会った奴だ。


「(ボンボボって多分手長猿族の族長の事だよね。それなら巨人族に殺されたよ。)」


 ミィが俺に情報を与えてくれる。


「ダロウさん。そのボンボボって人は魔石に殺されました。メビヨンもその……魔石の影響で倒れたんです……。」

「なんだと!? なら魔石は今何処にある!?」

「それは……俺の……身体の中に……。」


 その言葉で周りの雄達が更にどよめき始める。


「俺……母さんに魔石を渡されて……無意識に飲み込んだ事があって……今回も同じく……。」

「……魔石を? ……って事はお前、加護を白銀竜から受け取ったんじゃなく、魔石で無理やり得たのか!? 他のガキ共に不名誉による悪影響があるから……って事なのか? 無茶苦茶な事をしやがるぜ……。」

「魔石を感じ取ると意識が無くなって追ってしまうみたいなんです……そんな俺を追ってきたメビヨンは……で、でも、魔石に取り込まれかけていたメビヨンのアストラルはなんとか切り離しました! ので……後は様子を見る事しか……。」

「そうか……また俺の言う事を聞かずに飛び出しやがって……。」


 ダロウはメビヨンにゆっくりと近付いて、愛おしそうに頭を軽く撫でる。そして、一呼吸置いてから立ち上がった。


「おい、バリンバを始末しろ。」

「もういいのか。」

「あぁ、戦争は終わりだ。」


 そう言ってネックレスの石を口の前に出すダロウ。バリンバは2匹の雄に無理やり立たされて連れて行かれた。


「パパド、ボンボボはもう死んでいる。キュヴィティと一緒にな。バリンバも捕らえたが、これから処分する。」

「こっちも殆ど制圧終わったよ! やけに逃げ腰で弱かったけど、こんな戦力でウチ等をどうにか出来る気だったのかねぇ?」

「こっちも殆どは雑魚だった。ハッタリだったんだろうよ。戦力は……ここ、渇望の丘陵に殆ど注がれている。……全滅してるがな。」


 ダロウは目を細くして、見るも無残な渇望の丘陵を見渡す。


「渇望の丘陵ぉ……? どういう事?」

「後で詳しく説明する。俺等も何人かはやられたし、負傷者もいる。まずは自陣の整理だ。それと手長猿族の残存勢力を纏めなくちゃならねぇ。」

「わかってるよ。その為の要員は既に用意してある。」

「……助かる。なら一旦状況整理が出来たら再度連絡する。」

「あーいよっ。」


 通話を終えたダロウがため息を吐くのを見て俺の気も少し抜ける。


「死体を一箇所に集めながらボンボボを捜せ! ボンボボとバリンバの首を掲げて残党を牽制しながら帰るぞ!」

「「「おう!」」」


 その指示を聞いて散会する他の雄達。



 ……。



 言っている事の意味はわかるし、想像もできる。でも、違うだろ? いつもメビヨンの心配ばかりして、甘えてくるクロウ達に蕩けた顔をしているダロウ。宴の時には酔っ払って大騒ぎし、下らない事で他の雄と喧嘩してドミヨンに叱れられるダロウ。白銀竜には恩があるからと少しでも俺に危害が加わりそうな事があれば遠ざけようとしてくれたダロウ。


 何……言ってんだよ。何してんだよ。なんで巨人族との戦いが終わった後にさえ更に人が死ななきゃならないんだ……死ぬ奴等なんて巨人族に殺された奴と……俺が……俺……ッ……!


「……ぅう゛ッ!」


 オッサンが痰を絡めようとしてるかの様な汚らしい声がした。それは丘陵に響き渡る様なソレでもなく、抉られた芝に容易く染み込んで消えていく程度の声。俺は虚ろにソレがした方を向く。その先には角狼族の男が2人、バリンバの首を呆気無く切り取った直後であった。表情の無いそれを淡々と作業的に太い木の棒の先へ取り付けようとしている。


「……ぁ。」


 口を衝いて出る、自分でさえ意図の解らない音。眼前には人殺しが2人。対して、反対の方向を見る。角狼族が粗雑に集めていく手長猿族だったもの。そして、ここに人殺しが1人。


 俺。


 俺は人を殺した? 何故? いつ? どいつを? 沢山? 許されるのか? いや、何故許しを求める? それを判断するのは誰だ? 許されなかったらどうなる? それに、他にも人殺しがいる……! なんであいつらは平気なんだ? 俺は! 苦しんでいるのに! 何故あいつらは平然としていられる!?


 どういう訳かぼんやりとしていく風景。目に映る記号は形を保つことを止め、色だけになっていく。しかし、鮮明に主張する”赤”は一向に消える事はなかった。


 あれはサルだ。

 だけど命だ。彼らには生活があった。

 キュヴィティもただの鳥だ。

 だが、自分なりの考えを持っていた。メビヨンが死んでも辛くないのか?

 メビヨンは別だ。

 メビヨンと彼ら、何が違う?

 何も違わない……裂かれ、磨り潰されれば全てただの肉塊だ。ベスと変わらない。

 ベスとは違う! メビヨン達とは言葉を交わせる!

 結局それなんだな。言葉を交わしてる交わしてないで言ったら俺は猿共と会話なんてしちゃいない。




 ――つまり、あいつらはベスと同じだ。



 

『くぅぅぅぅぅぅ……。』


 ははははっ。


 はははははっ。


 心中の鉄球に未知の風船を括り付けたかの様にゆっくりと、そして、あっさりとそれは存在感を捨てていく。俺が人を殺した……? とんだ勘違いをしてたわ。違う違う。人を殺しておいて、その死体を見て、腹が鳴る訳が無いじゃないか。正気でいられる訳がない。 


 見ろよ。よく見たら皆面白い顔してやがるぜ。口、ポカーンと開けてよ。そんな不細工を見ても案外食欲ってのは湧いてくるもんなんだな。ゲテモノが意外と美味しいってのは前世から変わらない法則だもんな。


「(大丈夫?)」

「(何が?)」

「(やっぱり喋れる種族が目の前で死んだりする所は刺激が強いかなって。)」

「(ベスならこれまでに何度も狩ってきた。手長猿族だろうがなんだろうが話したこともない奴なんてベスと変わんねえよ。)」

「(そっか! そうだよね!)」


 心配そうだったミィも平気そうな俺の声を聞いてまた明るい声を出す。


「クロロ。ドミヨンが心配してるはずだ。先に帰って今の状況を長老やドミヨン達に伝えてきて欲しい。本当なら守ってやりたいが……。」


 ふいに後ろから話かけてくるダロウ。どうやらメビヨンの隣に座りずっと撫でていたようだ。これ以上無い程に心配なんだろう。俺ももし意識が戻らなかったらと思うと……強い痛みが胸を締め付ける。


「大丈夫です。これでも白銀竜の子ですよ?」


「せめて護衛を数人でも――。」


「必要ありません。メビヨンがこうならない方法だってあったかもしれないんです。これくらいは……俺にやらせてください……。」

「……わかった……こいつぁ……俺が届ける。」

「……わかりました。」


 メビヨンには……ミィのおかげで出来る限りの事をしてやれたはずだ。だから今度はドミヨン達に戦いが終わった事を教えなくては。クロウ達の様子も気になる。俺は真っ先に村の方向へ走り出した。


*****


 ミィの案内により、なんとか村へたどり着く。しかし、そこは俺の知っている和やかな場所ではなかった。慌しい人の往来、泣き叫ぶ女性の声、呻く虫の息の雄達、焦りを孕んだ怒声。急ぐ人達の中にはケンタウロスの様な、人の上半身に犬の首下を生やして荷物を運ぶ人もいる。ここは本当に角狼族の村なんだろうかとも思いたくなるが、とにかく足を早く動かして広場へ急ぐ。


 広場には多くの負傷者と……遺体。そしてそれを看病したり悲しむ遺族達。俺はどうしようもなく痛む胸を意識しないようにして、長老の家へ入る。


「クロロさん!」


 驚きと嬉しさを帯びたマレフィムの声だ。俺を見つけてすぐに飛んでくる。


「ミィさんも! お二人とも無事で安心致しました! メビヨンさんは……。」


 すぐに一人足りない事に気付くマレフィム。


「まさか……。」

「ち、違う! 無事……とは言えないけど怪我とかはしてない! ……多分。」

「ではメビヨンさんは今どちらに?」

「気を失ってる……ダロウさんが連れてくるはず。」

「(マレフィム、詳しくは後で説明するから。)」

「わかりました。」

「く、クロウ達は……!?」


 俺が心配なのはメビヨンだけではない。ミィから聞いた話だと怪我をさせたかもしれないクロウ達が心配で気が気でないのだ。


「クロウさん達は無事ですよ。先程目を覚ました所です。……此方へ。」


 俺はマレフィムに案内されて奥へ進む。そこには痛々しい姿のクロウ達3匹が伏せっていた。


「にーちゃ……?」

「ねーちゃ……に……あやまって……。」

「けんか……だめ……。」

「まだ意識が朦朧として元気がありませんが、少し休めば元気になるはずです。恐らく大きい怪我等はしていませんよ。」


 マレフィムはそう言うがこんな子供達を痛めつけたのは俺なのだ。無意識であるとは言え、許されることではない。いつも元気なクロウ達のこんな姿を見ていると更に胸が締め付けられてきた。俺は耐えられず喉を震わせて謝罪をする。


「…………ごめ゛ん……ごめ゛んな゛ぁ゛……。」


 声が掠れて上手く言葉にならない。それでもクロウ達には何かを感じ取ったようだ。


「ねーちゃ……に……あやまらなきゃ……だよ……。」

「にーちゃも……ねーちゃも……優しいから……。」

「けんか……だめ……。」

「……あ゛ぁ゛…………わがっだ。」

「ほら、そのまま安静になさっててください。」


 ここで不意にメビヨンに意識が戻らないという最悪のケースが脳裏を掠める。罪悪感は不安を誘い込むものだ。メビヨンに何かあったら……俺は……。


「(ほら! クロロ! 辛いのはわかるけど長老とドミヨンに報告しなきゃでしょ!)」


 こうしている間にも他の角狼族は同じか、それ以上に不安を感じているのだ。なのに俺ばっかりが悲しんでいられない……! 俺はミィに激を入れられ掌で涙を拭う。


「ぐすっ……悪い。クロウ、コロウ、メロウ。長老やお前等のママ達に伝えなきゃいけない事があるんだ。また……後でな。」

「長老達なら此方です!」


 マレフィムに連れられオリゴ姿の長老を見つけた。周りにはドミヨンを含む女衆が色んな姿で集まって作業をしている。


「長老様! 戦いは終わりました! 今、ダロウさん達が村へ帰還中です。」

「……ふむ。そうか。皆よ、戦いが終わった事を伝えよ。そして、警戒は解かず負傷した者の看病に人員を割くのだ。」


 その指示で、周りの雰囲気が少し柔らかくなるが、慌しさは一層増した。


「クロロ! 戻ったのですね! メビヨンは? メビヨンは何処?」


 デミ姿のドミヨンが俺に駆け寄る。ここまで取り乱したドミヨンは珍しい。しかし、娘がいないのだから当たり前だ。そして、こんな顔をさせてしまったのは俺なのだ……。


「今、ダロウさんと戻っています。」

「そうなの? 急に飛び出していった貴方を追って付いて行ったと先生に聞いて……とにかくメビヨンは無事なのね。」

「それが……ドミヨンさん……長老様も……お話したい事があります。」

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