第41頁目 何が起こったんだ?

 まるで急に電源が入れられたかの様な感覚だった。それまでは何も無く、コンセントから電気を供給し始めたその瞬間から軋む身体を爽快な気持ちで動かす。そんな感じだ。


 だが、記憶は朧気でも何でもない。俺は広場横の穴に……いた……。


「クロロ!!!」

「うわぁっ!」


 立ち上がった俺が更に飛び上がる程の大音量で呼びかけるミィ。


「び、びっくりしたぁ。……でも、あれか……なんかあったんだよな。」


 見知らぬ場所、抉れた大地、惨憺たる死体の数々、そして、ミィの声色。


「も、戻ったんだね……? クロロ……。」


 涙声のミィが身体から離れ、少女の姿となる。


「良かったぁ……クロロ……クロロォッ……!」


 何か凄く心配させるような事をしたのは間違いないようだ。


「これ……何があったんだ。」

「それは――そうだ! メビヨン!」

「え?」


 ミィが焦ったように周りを見渡す。そして、何かを見つけてそこに向け走りだした。

 その先には、地に横たわる翼の生えた白猫。


「メ、メビヨン!? なんだこれ!? 何があったんだよ!?」

「マテリアルは……前足以外は問題無いね。アストラルは……何……これ……凄い濁ってる……?」

「濁ってる? それってやばいのか!? メビヨンは大丈夫なのかよ!」

「クロロ! 落ち着いて! ……メビヨンのアストラルから薄っすらとアニマが伸びてる。この先は……ぇ?」

「アニマ? それがなんなんだよ!」


 倒れたメビヨンでなく俺と向き合うミィに、知らない単語や焦りからくる苛立ちが隠せない俺。それでも、ミィは険しい表情で言葉を続けた。


「クロロ、よく、聞いて。……この子のアストラルは今、貴方のアストラルに取り込まれかけている。」

「俺のアストラルに……ってつまりどういう事だよ!」


 アストラルって要は魂だろ? なんで俺の魂にメビヨンの魂が食われかけてるんだよ!


「あのね。クロロ。ここは渇望の丘陵なの。」

「それがなんだってんだ!」

「ちゃんと聞いて! ……渇望の丘陵には魔石があったの! 正確には魔石に成り果てた英雄だったモノだけど……そいつは、ここを通るある程度以上の力を持つアストラルを全て取り込んでいたの。」


 どうやらそれがメビヨンの現状に繋がるらしい。興奮して開きそうな口を締め、ミィの言葉を一つも聞き漏らさないよう心を落ち着かせる努力をする。


「器となるマテリアルを壊して、アストラルをより強大なアストラルで縛り付ける。そうして継ぎ接ぎながらもこの世にマテリアルを顕現出来るほど、元のアストラルは力を持っていたの。それは巨人族の体内に魔石が生成されていたからこそ起きた現象だね……。彼は戦争が終わった事どころか、自分が死んだ事にすら気付いていなかった。」


 つまり、怨霊みたいな奴がいて暴れまわってたって事か……。


「でも、アストラルを取り込んでたのはその英雄っていうか魔石なんだろ? それが今とどういう――。」

「クロロはそれを飲み込んだんだよ。」

「……はぁ!?!?」


 魔石を飲み込む!? 記憶も無いのにそんな馬鹿みたいな事――。


 思い出せ。俺は一度同じ経験をしている。


「そうだよ。クロロは少し前に魔石を飲み込んでる。」


 そうだ。巨人に終戦を告げるホビット達。予期せぬ巨人族の襲撃に蹂躙される、手の長い不変種っぽい人達。想定外のルートでも可変種という理由で襲われたメビヨンに似た人達。物陰から巨人族と手長猿族達が戦うのを見てほくそ笑むキュヴィティ。あれ等はもしかして、巨人族のアストラルに取り込まれた奴等の記憶なのか? 


 そう思い返して周りを見渡す。すると、少し遠くの方で特徴的な白と黒の羽で着飾るキュヴィティが倒れていた。恐らく、死んでいるのだろう。だとすると、やはりメビヨンは死んでいない。俺はメビヨンの記憶を見ていないのだ。なら大穴で魔石を飲み込んだ時に見た記憶は――。


「クロロ! アニマがどんどん薄くなってる! これじゃメビヨンは……!」

「ミィ、俺は、どうすればいいんだ。」

「まず自分のアストラルの中にある異物を見つけて! そして、思い出して! 私の魔力に反抗した時のあの感覚を!」


 急にそんな事を言われても、アストラルの中の異物がどういう感覚で感じられるのか全くわからない。そんな俺の気持ちを察したのか、ミィはメビヨンと俺の間にある虚空を指差した。


「これ!」

「…?」

「ここに手を触れて!」


 訳も解らないまま、言われた通りそこに右手を差し出す。すると難なく右手はそこに差し出せたが、"もう1つの右手"が差し出せないのだ。


 どういう事なのか。俺の鋭い爪が生え、鱗塗れの黒々しい腕は今、指示された場所にある。だが、その腕から輪郭だけ切り取った透明の腕が、何かに阻害されて手前で止まっていた。その腕は光ってる訳でも無く、色も無い。目で見て認識していると言うよりは手を前に出してるのだからそこに手が在り、触れられるのだから皮膚や骨がそう在ると認識出来ている。そんな感覚で”もう1つの腕"を捉えられている。


「わかる? 本当は今接触面を増やすのは危険だと思うんだけど、触れるそれがメビヨンのアストラルの一部、アニマなの! メビヨンは無意識にマテリアルの外にアストラルを出す様な子じゃ無かった…! だからこれは異常なんだよ!」

「さ、触ってるって?」

「今マテリアルの腕とアストラルの腕が分離してるでしょ? それはアストラルの一部であるアニマがそこを通ってクロロに繋がってるからだよ! アストラル体が重なるなんて滅多な事がないとできない! 寧ろ今それが出来ちゃったら本当にメビヨンは消える寸前かもしれない!」

「これが…メビヨンの…。」


 俺は今初めて認識したアストラルという感覚を、文字通り手探りで探っていく。目の前の友達の為に。


 この不可思議な手が触れているロープの様な何かを、”触れているという感覚”が消えない様に意識して辿る。ミィの言っている通り繋がる先は…俺の…左手…?


 これが普通の身体ならここからはどうしようもない。右手を左手にめり込ませなくてはならないからだ。しかし、この場合は違った。依然”触れているという感覚”を辿れるのだ。俺はロープリールからロープを延々と引っ張るが如くメビヨンのアストラルを辿る。奥へ、奥へ。すると、その先で歪な形をした塊に触れる感触を感じ取った。


「クロロ……大丈夫?」

「……何かある。」

「それ! それだよ!」

「これを引っ張り出せばいいのか?」

「だ、駄目! それ、どんな形してる?」


 改めて自分の内側にあるその塊を意識し、輪郭をなぞる様に触れる。だが、どんな……と言われもなんとも言い難い。


「ぐ、ぐにゃぐにゃというか……ふにゃふにゃ? んー? ゴツゴツ? すまん……なんて言えばいいのか……。」

「丸みがかってはないんだよね?」

「お、おう。そうだな。もっとなんか……尖ってるというか……波打ってるというか……。」


 少なくともありふれた形とは言い難い。


「わかってると思うけど、それがメビヨンのアストラルだよ。そして、本来お互いが受け入れてアストラルが溶け合う場合は不自然な形にならない。まだ抵抗してる部分と抵抗仕切れなかった部分がちぐはぐになってるからそんな風に凸凹してるの。クロロの中には既にメビヨンのアストラルが少し混ざってるからそれを戻して! じゃないとアストラルが欠けたままになっちゃう!」

「混ざったアストラルを戻すったってどうすればいいんだよ!」

「溶け込んでるんじゃない。混ざってるんだよ。クロロが今認識できてるメビヨンのアストラルの欠片が、クロロの中に散らばってるはずなの!」

「俺の……中に……?」

「全身を隈なく捜して! アストラルの感覚は掴めてきてるんでしょ!」


 アストラルを操作する感覚は目を閉じたまま身体を動かしている感覚に近い。身体の外での操作なら視覚情報と同期させて、相対的にどう動かすかというのが出来るのだが身体の中となると……難しい。だが、出来ない訳でもない。目を閉じていても、力を入れれば身体がどうなっているのかがある程度わかる。その感覚を頼りにメビヨンのアストラルの欠片を探す。


 当てはある。メビヨンのアストラルの欠片からはしっかりと異物感を感じるとわかったのだ。異物感と言っても伝わらないかもしれないが、例えるならば目隠しをされていても、近くに大火があれば熱を一方向から感じるだろう。肌に感じる焼け付く様なあの感覚。それに近い。そして、それに近付けば近付くほど存在感は増す。そして、そこに手を伸ばすと何かに触れるのだ。それを、一つ一つ拾ってメビヨンのアストラルにくっつけていく。何も感じなくなるまで只管。


 壮大な事を言っている様に聞こえるかもしれないが、この間俺はずっとメビヨンの側に立ち尽くしているだけ。事情を知らない人が見たら倒れた巨大な猫を食べようとしてるハイエナドラゴンに見えるかもしれない。


「どう……出来てる……?」

「……あぁ。」

「もしかしたら既に溶けきってる部分もあるかも……。」

「今そういう事は言わないでくれ……!」

「ご、ごめん。」


 手遅れだなんて考えたくない! それでも、アストラルの欠片はくっつけた側から幾つか分離したりする。キリが無い……!


「クロロ! 確かにアストラルは身体を象るけど、それは無意識であって象る必要は無いの! もしクロロのアストラルの中でバラバラに散っちゃってるならそれを一気に掴めるようにしなきゃ! 今はあまり形を意識しないで!」


 形を意識……? 手じゃなくてもいい? それなら……!


 思い浮かべるは無数の触手。精神の隅々にまで行き渡らせ、異物感を一挙に掴み、集める。そして、離れないように包み込んで固める。もう……! 離れないように……!


「……多分……出来た……と思う。」

「出来た!? それなら! その塊をクロロのアストラルから出して!」

「おう……!!」


 俺は空想の触手で思いっきりメビヨンのアストラルを押し上げて体外へ吐き出す。俺の触手状のアストラルを開くと綺麗な丸みのあるメビヨンのアストラルがあった。俺はそれをそっとメビヨンの身体へ押し込む。


「これで……いいのか……?」

「そのはず……なんだけど……メビヨンが目を覚まさないと……。」

「そうか……。」


 一難が去り、俺は改めて周りを見回す。


 本当に……何があったんだっつうんだよ……。

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