輸送部隊
なにもない西方と比較すると、ウォルシーの町の近くであるこのあたりには地形の起伏があり、まばらではあるが木も生えている。雪が残っているので枝を切って薪にしても、生乾きの木材は煙が凄いので敵に居場所を教えてしまうことになる。当面は、持ってきた羊の糞を固めたものを燃料にするしかないだろう。
「このまま南へ下る。まずは、前線とウォルシーの間の輸送部隊を襲うことになる」
兵士たちに命令を伝える。
ハーラントにも、このことをナユーム族に伝えてもらうように頼んだ。百六十騎の騎兵は輸送部隊を襲うためには規模が大きすぎるが、ナユーム族に任せると軍隊の輸送部隊も一般の商人も関係なく攻撃するだろう。戦争にもルールがある。他の国での戦いならともかく、自国内で民間人を殺すことは長い目で見ると良いことはなにもないのだ。
一日南に進み、そこへ天幕を張ることにする。この場所が当面の拠点だ。
後ろから追撃してくる敵の騎兵がいないことだけを注意していた。百六十騎の騎兵の痕跡は、よほどの間抜けでなければ簡単に追跡することができる。しかし、こんな後方にそれだけの戦力が配備されているとは思えない。
天幕を立て、今日も麦粥の用意をする。
「親父、あの灰のパンは思ったよりうまかったな。歯ごたえのないものばかり食ってると、どうも物足りないんだ。今日もあの灰のパンを作ってくれよ」
今朝、一口ずつではあるが灰のパンを全員に分けたところ、焼けて堅くなった灰のパンの歯ごたえが評判になり、また作って欲しいとの声が多かったのだ。食い物のことで何かをいったことのないイングが、珍しく欲しがるくらいなのだから、よほどのことなのだろう。
「たしかに歯ごたえはあるが、灰のパンはそこまでうまいものではないだろうに」
実のところ、粗く挽いた小麦を練って火を通しただけなのだ。そこまでうまいものであるわけがない。結局、鬼角族の集落では肉ばかり食べ、最近はろくに食事も取れていなかった兵士たちにとって、生まれてから当たり前のように食べ続けてきたパンの味が恋しいだけなのだろう。肉以外はほとんど食べない鬼角族も同じで、人は自分の食生活を急に変えるわけないはいかないのだろう。
「楽しみにしてるぜ、親父」
そういうと、イングは無心に麦の脱穀をはじめた。
翌朝、目を覚ますと右肩の臭いを嗅ぐ。傷口に熱はあるが、化膿している気配はない。ほっと胸をなで下ろす。まだ死ぬわけにはいかない。
ナユーム族の族長の了解を得て、私たちの軽騎兵とキンネク族の騎兵を二人一組にした斥候隊を十組送り出す。私たちだけで戦闘するということが、族長のエナリクスにとっては、自分たちが無視されたと感じるかもしれないからだ。こちらの心配をよそ目に、ナユーム族たちは馬の世話や、奪い取った物資の管理に忙しいようで気にしている素振りはなかった。
キンネク族の騎兵はあくまで護衛で、私たち人間の騎兵が敵を確認して情報を持ち帰る。間違っても攻撃しないということは、ハーラントから徹底してもらうことになる。
数日は待つことになると考えていたのだが、正午になる前に斥候部隊が一組戻ってきた。馬車が五台、荷物を満載して南に進んでいるというのだ。護衛に騎兵はなし。兵は最高でも二十くらい。手元にいる私たちの騎兵は十、キンネク族が四十。敵に弓手がいなければ、制圧は用意だろう。
「全体集合! 急いで敵の補給部隊を叩く。鎧はいらない。重騎兵の装備ではなく、革の鎧を装備してくれ」
重い鎧を着ていると、荷馬車に追いつけない。
「ハーラントさん、騎兵を貸してくれ。敵の小部隊を攻撃する。エナリクス族長にも、ちょっとした腕試しにいってくると伝えて欲しい」
補給部隊を押さえれば、前線のギュッヒン侯は私たちを無視できなくなるだろうし、それこそがこの作戦の目的なのだ。
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