前進

 出発前に、二度鏑矢かぶらやを空に向かって放つ。

 いくら何でも、ここからウォルシーの町まで音は届かないはずだ。

 アコスタたち十人の騎兵は胸甲に鎖帷子、兜をかぶった重騎兵装備だ。本当の意味での重騎兵ではないため、戦闘以外で鎧を着ると疲労で倒れてしまう似非重騎兵だが、その突進力が必要な場面も必ず生まれるはずだ。ツベヒを指揮官に任命し、私たちとともに前進する。ジンベジには十騎の軽騎兵を任せ、主に焼き討ちをおこなってもらう予定だった。敵の補給拠点を攻撃しても、この人数で破壊できるものには限界がある。立ち止まって戦うと、数的優位にある敵の守備部隊が思わぬ反撃をしてくる可能性もあるので、常に移動しながら燃えるものに火をつけて回るように命じておいた。松明たいまつは三十本。フェイルの町を襲撃したときに奪った槍の柄を切ったものに、ぼろ布を巻き、油に浸して松明にする。柄を切って短くした槍は、やじりのついた簡易的な槍を持つキンネク族たちに渡した。槍兵用の槍なら、本格的に戦うこともできるだろう。

 私たちを先頭に、約二百の騎兵は静かにウォルシーへ進んでいく。少しでも明かりが見えれば、松明に点火して夜襲を敢行することになる。敵の斥候が私たちに気が付き、増援部隊を送っている可能性もないわけではないが、ここまできて夜襲をやめるわけにはいかない。巧遅より拙速の方がいくらかましだ。

 「隊長、あそこに明かりが見えます」

 ツベヒの声をきき、全隊に低い声で止まれと命じる。ハーラントが口笛を吹くと、鬼角族たちも歩みを止めた。

 すべての松明を油に浸し、何度か火打石を打ち合わせ、松明に火を移す。

 ボッと音を出し、一本の松明に火がつくと、その火を次々と他の松明に移していく。

 ウォルシーの町の方から叫び声がきこえ、こちらの存在を見張りが発見したことがわかる。

 「松明を配ってくれ」

 私の命令で、シルヴィオとジンベジが松明をキンネク族とナユーム族に渡していく。

 暗いからか、敵の殺気は感じられない。

 「鏑矢二回で撤退を忘れるな! 全軍突撃!」

 ことばが、鬼角族たちに伝わっているとは思わない。しかし、誰もが静寂の中で響き渡る声が、突撃の合図であることは誰にでもわかる。

 私たちの後ろから、怒声やときの声とともに、炎の波が町に向けて突き進んでいく。

 いや、波というには炎の数が少なすぎる。六人に一人しか松明を持っていないのだ。敵からすれば、こちらの数は実際より少なく見えるのではないだろうか。多数の松明で、兵の数を多く見せるという策略は珍しくないが、実際より数を少なく見せるということはあまりないだろう。

 敵陣で鐘の音が鳴り始めたが、この状況では装備を整える暇もないのではないか。騎兵の突撃を妨害するような溝でも掘っていれば、松明のが急に消えたり地面に落ちたりするだろうから、今のところ騎兵への備えは特にないようだ。

 敵への初撃は、鬼角族たちに任せておく。私たちの任務は、備蓄された食料の破壊と、自分たちの食料の確保だ。それを掠奪りゃくだつとよぶ。

 鬼角族たちが町に突入したのを見計らい、人間の騎兵に号令をかける。

 「重騎兵前へ! 真っすぐ敵陣へ接近しろ。軽騎兵はその後ろだ」

 重騎兵たちは横一列になって、前進を開始する。

 矢の風切り音はきこえない。そのかわりに、遠くで人の叫び声がきこえる。

 敵なのか、味方なのか。

 しばらく進むと地面に横たわる兵士が見えるが、その数はまばらで、組織だって町の防衛をおこなっているようには見えない。別段抵抗する兵士の姿も見えず、私たちはどんどん町の中に入っていく。

 正確には町ではない。町の外周部に、物資を積み上げているだけなのだ。

 「教官殿、前方に大袋が積み上げられてますがどうしますか」

 ジンベジが、前方の黒い山を槍の穂先で指す。

 「中身を確認してくれ。小麦なら、少しいただこう」

 馬を走らせたジンベジが、槍を大袋に突き立てると、サラサラと小麦の粒が流れ出した。

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