食料

 ライドスによると、ルスラトガは大人の背丈二人分くらいの高さがある、表面を煉瓦れんがで覆われた城壁で囲まれている。壁の外側には空堀が掘られ、結果的に壁を乗り越えるのには大人の背丈三人分の高さを乗り越えなければならない。南北に城門があるが、落とし格子のような複雑な仕掛けはなく、大きく分厚い木でつくられた内開きの扉があり、その表面には鉄板が打ち付けられているという。

 攻城兵器でもあれば別だが、そもそも破城槌はじょうついのようなものを鬼角族が扱えるとは思えないし、道具も時間もない。私たちが持っている武器は、まさか攻撃されるとは思っていないであろう相手の油断だけだ。

 「ライドス君、ルスラトガには、どれくれい兵力がいると思う――」すべてをライドスに頼るわけにはいかない。指揮官としての威厳を見せなければならない。「いや、西方への備えという意味もある。先日撤退した敵は最大で三個大隊。すべてをここに配置するとも思えないが、少なくとも一個大隊は配備しているだろうな」

 「そうですね。この規模の城塞都市なら、一個大隊もいれば数日間は想定される敵、つまり鬼角族から数週間は町を守れるはずです。いざというときは、町民から補充兵を募ることもできるはずですから、二個大隊はいないと思います」

 ライドスが自信たっぷりに答えるが、私にはそこまでの確信はなかった。

 「では、一個大隊がいると仮定する。平原でなら、私たち二百の騎兵は五百の槍兵に勝てるが、城壁の前では無力だ。何らかの方法で都市に入り込まなければならない」

 「町での戦闘もお勧めできません。騎兵は機動力を失い、死角から攻撃されますよ」

 ライドスの指摘は、いちいち的確であった。

 「そもそも、ルスラトガを攻撃するのは食料を確保するためでしょう、教官殿。町を占領でもしない限り、食料を奪うなんてことは出来ないんじゃないですか」

 ジンベジの指摘も正しい。城壁の中に入り込んだとしても、食料を奪って積み込むまでに時間がかかりすぎるのだ。

 「町を占領などしなくとも、食料を短時間で確保することはできますよ」

 全員の視線がライドスに集まる。

 「さきほど、ナユーム族が、いざというときには馬も食料にするといってませんでしたか」

 イングが何かを吐きだす真似をする。

 「馬は高価な動物ですから、食べることに抵抗があるのはわかりますが、鬼角族が食べられるものを、人間が食べられないわけはありません。馬ならば、自分の力で走ることができるので、食料を積み込んだりする時間は不要です」

 悪くない。というか、たった一つ実現可能な作戦だろう。ライドスという男は、剣の腕前はまるでだめだが、掘り出し物なのかもしれない。

 「厩舎はどこにあるか知っているか」

 「はい、南の門から入って、左に入ったところです。城壁に近い南西にあります」

 問題は、厩舎に近い南門を確保することだろう。

 「ライドス君、門の両端りょうはしにはやぐらか塔があるかな」

 「木造の櫓があります。弓を持った兵士が常時詰めていますから、城の門を開けようとすると、左右から弓で射られることになりますよ」

 騎兵が到着するまで、櫓の弓兵を抑え込む方法が作戦の肝だ。

 「シルヴィオ君、君の弓なら、どれくらいの距離まで相手を射貫くことができる」

 突然はなしを振られたシルヴィオは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに冷静になった。

 「百歩の距離なら問題ありませんよ。半分くらい体が隠れていても大丈夫です」

 櫓の上の弓兵はシルヴィオに任せてもよさそうだ。あとはかんぬきをかけられないように、門を守ることができればいい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る