出立

 生き残りのガスパという兵士に尋ね、食料の備蓄をしている場所を確認し駐屯部隊用の食料を見つけるが、私たちの部隊で消費すると数日分にしかならないことがわかった。

 鬼角族は肉以外をあまり食べないので、小麦や雑穀はルビアレナ村に食料を運ぶそりに積み込んでおいた。黒鼻族のニビに依頼していた小麦と合わせて、かなりの量を送ることができるはずだ。これで約束はひとつ果たすことができる。その晩は、私たち全員が交代で歩哨に立ち、万が一にも町民からの攻撃を受けないように警戒をすることになった。


 翌朝、脇腹に矢をくらった鬼角族の兵士を連れ、イングとライドスとともに町長のところへ向かう。右肩を射貫かれた兵士は、馬に乗れるので私たちについてくるということだった。町の人間に戦う気があるのなら、町長宅で待ち伏せされている可能性もないわけではないが、鬼角族がいかに精強であるかを知った後に逆らう勇気があるとは思えなかった。

 町長宅の居間に招かれ、クッションの敷かれた椅子に座る。今度は運ばれてきた茶に口をつけることにする。昨日まで駐屯していた兵士たちの姿を見ることはできず、鬼角族がほぼ全員を殺したということに合点がいったはずだ。毒など盛ってくることはありえないだろう。

 「おはようございます、ザロフ隊長。できる限りかき集めたのですが、これが精一杯でした」

  奥から運び込まれた樽には、無造作に剣が放り込まれていた。高価な剣なら、このような扱いはされないだろうし、十二振りという数は二十は用意できなかったが、最低の十振り以上はがんばって集めましたということを主張したいのかもしれない。

 「ハズブソン町長、ありがとうございます。今日にでも私たちはここを去ります。この男が、あずかっていただきたい兵士です。族長のエナリクスさんから、迷惑をかけないように強く命令を下してもらっているので、大丈夫だと思います」

 応急手当はしたが、なかなか脇腹の血は止まらず、青い顔をしている鬼角族の若者を町長に引き渡す。ここから先は、私の問題ではない。

 「町長、もう一つお願いしたいことがあります。自分の子どもをいつくしむように、この兵士を助けてあげてください。私たちがここに戻ってきたとき、あずけた鬼角族がいなくなっていたり、死んでいたりすれば、鬼角族を止めることはできません。その時は、本当の恐怖を知ることになるでしょう」

 町長の顔は青くなり、そして紅潮した。

 「しかし、仲間を助けたというのであれば、その相手に対して鬼角族から相当の感謝が与えられるでしょう」

 飴と鞭。

 これくらい脅しておけば、町長も約束を守る気持ちになってくれるかもしれない。鬼角族の感謝が、果たして飴になるかどうかはわからないが。

 「樽は後でお返しします。いろいろと、ご協力を感謝いたします。反逆者ギュッヒン侯を無事に討ち果たして、必ず戻ってきますので、またお会いしましょう」

 そういい残すと、ライドスとイングに剣の突っ込まれた樽を持つように命じ、町長宅を後にした。


 十二振りの剣のうち太刀は一本だけで、あとは両刃の直剣だ。乗馬したまま片手で剣を振るう鬼角族からすると、直剣は扱いにくいかもしれないが、背に腹はかえられない。ハーラントのキンネク族は、半分以上が簡素な使い捨ての槍を持つだけだから、剣や太刀を持つことに意味はある。

 「ハーラントさん、少ないが武器を徴発してきました。槍も重要だが、あなたの仲間は剣や太刀の方が得意なのではありませんか」

 族長の天幕に入り、剣の入った樽を地面に置くと、すぐにユリアンカとハーラントが近づいてきた。

 「なんだかなまくらばかりだな。どれもこれも出来が悪すぎる」

 ユリアンカも一本の剣を手にすると、光にかざしたり軽く振ったりしているが、やはりしっくりとこないようだった。

 「樽は返す必要がありますから、勝手に壊したりしないでください。予定通り、本日出立するので、武器の配布をお願いします」

 ここから先は、移動し続けることが最大の防御となる。

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