死生観

 ほんの少し前まで挨拶し、声を交わした人間が今は冷たいむくろとなっている。

 軍人であっても、なかなか納得できるものではない。町長も、この訃報をすぐに消化することはできないかもしれない。

 「私が止める間もありませんでした。一瞬で戦いは終わり、今は部下が埋葬するための用意をしています」

 「もう一つの条件はなんですか」

 ハズブソン町長は考えるのをやめ、話題を変えることを選んだようだ。

 「剣を最低でも十振り、できれば二十振り用意してください。馬上で使うので、少し長めのものをお願いします。太刀でも構いません。代金は戦いが終わった後にお支払いします」

 食料や金を徴発されると考えていたのか、予想外の提案に驚いた顔を見せる。

 「なぜ剣なんだ。鬼角族は、馬上で使う大太刀をみな持っているだろうに」

 「昨年、鬼角族とギュッヒン侯は和平を結びました。その約束の中には、年初に小麦三百袋を送るという約束があり、その約束を信じて鬼角族は自慢の大太刀を百本献上したのです。ところが、年が明けてもオステオ・ギュッヒンからは、なしのつぶてです。鬼角族は怒っています。約束を守らないギュッヒン侯にね」

 もし、正直に約束を守って小麦が送られてきたとしても、私たちは攻撃を仕掛けただろう。だが、そのつまらない約束を守らなかったということが、私たちに大義名分を与えてくれるのだ。そもそも、族長のハーラントにいたっては、小麦三百袋のことなど覚えてもいない。

 「少し考えさせてもらいたいのだが――」

 「申し訳ありません。これができる最大限の譲歩です。ケガをした鬼角族の世話は、町長のハズブソンさんの権限でおこなってください。この規模の町で、剣をたったの十本用意できないとも思えません。そうすれば、私たちはこの町を笑顔で出ていくことができるでしょう」

 町長の顔が険しくなる。

 「ザロフ隊長、あなたは私を脅すつもりか」

 できるだけ、やさしい顔でハズブソン町長に答えた。

 「脅すつもりなんてありません。私は戦争であっても、最低限守らなければことはあると考えています。本当は、剣の引き渡しをお願いすることも避けたかったのですが、この町に駐屯していた部隊が降伏しなかったことで鬼角族側にも死者が出ています。町と軍隊は別の存在といっても、鬼角族に理解してもらえるでしょうか」

 はたして、ナユーム族のエナリクス族長は死者とケガ人のことをどう考えているのだろうか。後で確認する必要がある。

 「わかりました、その条件をのみましょう」

 町長が右手を差し出す。私はその手を強く握る。交渉成立だ。

 「私たちはこれから、大隊本部があった場所に野営します。鬼角族には、夜間に町を徘徊しないように命令を出しますので、剣の手配は今晩のうちに済ませてください。ケガ人は明朝、ここに連れてきますので、治療をお願いします」

 町長宅を出た後、町の外にいるハーラントをよび、町の中心部、旧大隊本部があった場所に野営をすることを告げた。町の東側で、敵が伝令を出したときに対応する予定だったジンベジたちも戻ってきた。特に伝令などはなかったそうだ。

 駐留部隊の使っていた天幕にハーラントとエナリクスを招き、今後の計画について検討する必要がある。


 「まず、エナリクスさんにお詫びします。圧倒的多数の戦力を見せれば、敵は無抵抗で降伏すると考えていましたが、それは間違いでした。二人の戦死者と二人のケガ人を出したことを申し訳ありませんでした」

 私はナユーム族の族長に頭を下げる。頭を下げ続ける私に、ハーラントがナユーム族の族長の答えを伝えてくれた。

 「ローハン、こいつは頭を上げろといってるぞ」

 顔を上げると、不機嫌な顔をしたエナリクスが目に入る。

 「はじめから敵陣に突っ込めば、もっと早く終わったはずだ。これからは、無駄なことはするな、といってるぞ」

 「戦士が死んだことには、なにもないのか」

 私のことばを伝えるハーラントも、そのことばをきくエナリクスも怪訝そうな顔をしていた。

 「戦いで死人がでるのは当たり前だろう。堂々と戦って死んだのであれば戦士のほまれだろ」

 人間との死生観の違いを、正しく理解していなかったのは私だったようだ。

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