卑劣

 私たち四人は朝のうちからターボルの町を出発し、日が暮れてからフェイルの町に忍び込むことになった。ニビの店をたずね、敵部隊の情報を得ることが目的だ。正確な数はわからなくとも、数十なのか、数百なのかくらいは把握しているだろう。

 何度も行き来している場所だ。雪が積もっていても、特に問題なくフェイルの町の近くまで到着した。

 こちらを監視してる見張りがいるかもしれない。日が暮れるまで待機し、日が暮れるとともに動き始める。

 馬は大きめの石に手綱を結わえつけ、徒歩で町に近づいていく。今回は一人ではなく、イングをともに連れていくことにする。武器を使わず、一撃で相手を気絶させることができる技は潜入任務に最適だろう。シルヴィオの風魔術は、なにか問題が起きた時に有効だし、ジンベジの槍は十人力だ。

 馬と町との中間地点にシルヴィオとジンベジを残し、そのまま町へ向かう。日が暮れているのに、明かりの篝火かがりびも焚かれず、敵兵がどの程度いるのかまるでわからなかった。ひょっとすると、敵兵はいないのか。イングとともに街に入るが、巡回も特にいないように思える。

 足音をたてないよう、草原の民の店に近づき、裏に回って扉を叩く。

 「ニビさん、ローハン・ザロフです。ニビさん、出てきてください」

 あまり大きな音は出せないので、少し時間をあけて再び声をかける。

 扉の奥で何かが動く音がし、明かりが扉の下から漏れてきた。

 「ニビさん、ローハン・ザロフです」

 私のことばに、中からかんぬきが外される音がして、扉が開いた。

 「ザロフしゃん、中に入ってくだしゃい」

 イングとともに、店に入ると素早く扉を閉める。イングが部屋の中に素早く視線を走らせ、敵がいないことを確認している。

 「夜分申し訳ありません。なにぶん、今はギュッヒン侯の軍隊とは会いたくないもので。お願いしていた食料を受け取りにきましたが、用意できていますか」

 草原の民の店には、事前に銀貨十枚を支払っている。前回受け取った食料の量より、もう少し買い付けてもらっても罰は当たらないはずだ。

 「小麦が五袋ほどありましゅ。これで代金分になると思いましゅ」

 「ありがとうございます。それでは明日にでもいただきにあがります」

 商売はこれで終わり。しかし、本当にしたかったのは別のはなしだ。

 「あなたの同胞は、いまバウセン山の麓にあるルビアレナという村で暮らしています。冬の間は人間の村で生活をしているんですが、その村の食料が不足しているのです。住居を借りている代金として、この小麦を送ることになっています」

 恩を着せようとする私の発言に、羊人のニビは無反応だった。仕方ない、本当に知りたいことを確認しよう。

 「ところでニビさん、フェイルの町には何人くらい兵隊がいますか。私たちが小麦を回収するために、改めてそりでおうかがいする時の為に確認しておきたいのです」

 ニビは少し考えてから答えた。

 「三ぢゅう人くらいだと思いましゅ。天幕のかじゅからしぃて、しょれより多いとはおもえましぇん」

 三十人、つまり半個小隊程度というのは、予想される部隊の規模としては最小だ。攻めるのにも守るのにも数が少なすぎて、ほとんど意味をなさない。つまり、フェイルにいる部隊は監視程度の役にしかたたず、全滅することではじめて味方に警報を与えることができる存在なのだ。物資を送る輸送部隊が帰ってこない、フェイルの町から連絡がない、そのような異常事態で味方に警告をあたえる。完全な捨て駒だといえよう。

 「なるほど、わかりました。それでは、近いうちに小麦をいただきにあがりますので、よろしくお願いいたします」

 そういうと、草原の民の店を後にし、ジンベジやシルヴィオのところへ戻る。

 フェイルの守備隊は、寝ずの番すらしていないのか、誰の気配も感じられない。

 「親父、あの羊を信用していいのか」

 イングが心配そうにつぶやいた。

 「大丈夫だよ。仲間たちの命運を、私たちが握っていることはわかってるはずだ。嘘はつかないだろう」

 卑劣であることはわかっているが、自分たちの命を守るためなら仕方がないだろう。

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