強さと弱さ

 私は、ハーラントのキンネク族と敵対するナユーム族が攻撃をしてこないのは、ナユーム族そのものが地震の影響を受けたと考えていた。しかし、人間との戦いで力を失ったキンネク族を放置していることから、さらに西方の部族との争いが起きていると考える方が自然かもしれない。もちろん、そもそも戦争など起きておらず、ナユーム族のエルムント族長がその気にならなかっただけということも考えられる。

 「ならば、敵の敵であるアウレオやゲルムントと手を結び、ナユーム族を挟撃きょうげきするべきでしょう」

 新顔のライドスが声をあげた。遠交近攻は確かに政策の基本であることは事実だ。

 「どこで戦っているのかも、本当に戦っているかもわからないのに、はるか西方へどうやって連絡をつけるんだ」今度はツベヒだ。「しかも今は冬だ。鬼――キンネク族もそうだが、雪中での長距離行軍に慣れているとは思えないぞ」

 冬の獲物を狙う猟師でもない限り、雪の中で野営したいとは誰も思わないだろう。遊牧生活をおこなっている鬼角族も、冬営地には小屋を建て少ない燃料で寒さをしのげるように工夫しているのだ。

 「二人とも落ち着いてくれ。もし戦っていたとしても、いまは休戦中だろう。食料が全くなく、雪の中戦わなければならないような状況でなければな。だが、それを踏まえても、やはりナユーム族と手を結ぶ必要があるんだ」

 みなの視線が私に集まる。私はハーラントの目を見ながらいった。

 「まず、この戦いはあなたたちにとっても、重要な意味があります。私たちと、あなたたち――角――そう、角を持つ人々との関係を一変させることになるはずです。人間と、角を持つ人々は長らく戦い続けてきました。もし、ここで王国に恩を売ることができれば、その関係は一変するはずです。その昔、あなたたち角を持つ人々は、ここよりもっと東に暮らしていたときいています。水場が無くなったのであれば、東方に戻ればいいのです。敵としてではなく、王国の救援者として人々はあなたたちを受け入れるでしょう」

 口には出したものの、果たしてタルカ将軍が、王がそれを認めるのかという問題があった。私の希望的観測にすぎないのではないか。利用するだけ利用して、はした金で済ませるつもりではないのか。

 「いや、訂正します。受け入れるようにタルカ将軍へ進言することを約束しましょう」

 一気に小屋の中の熱が下がったような気がした。余計なことはいわずに、熱狂を煽ってはなしを進めるのが正解だったのかもしれない。

 「嘘を最後までつけないのが、お前らしいなローハン」そういうと、ハーラントが大声で笑った。「別に我らは移住などしたくないぞ。だから、そのはなしは我にしても仕方がない」

 どうやら興奮していたのは自分自身だったらしい。冷静なハーラントの表情に、少し恥ずかしさを覚える。

 「申し訳ない、ハーラントさん。だが、これは人間とあなたたちの関係を変える機会であることは間違いありません」

 ハーラントはなぜか上機嫌だった。

 「我らと人間の関係など、本当にどうでもいい。人間が戦いを望むのであれば、キンネク族の戦士は誇りをかけて戦うだけだ。死など恐れないし、我らを攻撃したことを後悔させてやる」

 その単純さこそが、鬼角族の強さであり弱さなのだ。勝てない戦いはおこなうべきではない。

 ふと、頭の中に疑問が浮かぶ。人間との関係などどうでも良いのであれば、なぜ私たちと一緒に戦っているのだろうか。

 「ハーラントさん、ひとつきいておきたいことがあるんですが、よろしいですか」

 族長は鷹揚にうなずく。

 「当面の脅威は去りました。なのに、なぜ私たちと一緒に戦ってもらえるのでしょうか」

 「お前には借りがある。我を絶対に助けなければならない理由はなかったが、我に加勢してくれたではないか。ならば、我もお前を助けるのは当然だ」

 まったく、鬼角族の弱点とは度し難いものだ。

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