タルカ将軍

 七か月、いや八ヶ月ぶりになるだろうか。久しぶりにみる首都は、兵士の姿ばかり多く、以前より活気がない。犯罪者のように縄で縛られ、荷馬車の上から見ていてもそれはわかる。

 馬車の後ろには、私が乗ってきた馬が一本の縄でつながれ、荷馬車の速度にあわせて追いかけてきていた。いちおうは、敵の間諜かんちょうでないという可能性も考えているわけだ。

 ワビ大隊長やビグロフ軍団長の名をあげ、ローハン・ザロフが西方から戻ってきたことを伝えてくれるように頼んではいるが、まだ縄で縛られているところをみると連絡がついていないのかもしれない。

 都には戦争の被害は見られず、近衛は郊外でギュッヒン侯を迎え撃ったことがわかる。タルカ将軍がギュッヒン侯とどのように戦ったのかということに、純粋に戦史研究の立場から興味があるが、そんなことを調べている時間はないだろう。

 見慣れた近衛本部前に馬車が止まると、荷馬車から降りるようにうながされ、後ろ手に縛られたままで下車した。かつては、戦史に関する書物を読むために通った場所だ。軍を引退した後は、誰でもわかりやすく戦史を学べるような書物を残したいと考えていたが、それも今となっては懐かしい。

 本部の建物に入ろうとした時、扉が開いて懐かしい顔が見えた。死刑になることを望んでいた私を、西方へ送り出してくれた新兵訓練所のローセノフ中隊長だった。

「おい、ザロフ君じゃないか。なんで縄にかけられているんだ」

 その声は力強く、軍服は戦時なのにも関わらずパリッとしていた。

「お伝えしたいことがあり、戻ってきました。今はギュッヒン侯の間諜と間違えられて、この始末ですよ」

 ローセノフ中隊長は、私を連れてきた兵士達を一喝した。

「すぐに縄を解け! この男は、反逆者ディナルド・ギュッヒンを殺した勇士だぞ」

 私は間男を殺したのであり、反逆者を殺したわけではない。しかも、あの時にはギュッヒン侯は反乱などおこしていなかった。良かれと思っての発言なのかもしれないが、とても不快だった。

「ローセノフ中隊長、それは――」

 訂正してもらおうと口を開いた私を、ローセノフは目で制する。

「その馬はザロフのものか? だったら、つないでおいてくれ。ザロフ君、こちらへ入りたまえ」

 そういうと、私は中隊長とともに建物の中へ入っていった。


「すまないな、ザロフ君。不快だったかもしれないが、あの兵士たちには君がギュッヒン侯の味方をするわけがないという、一番わかりやすい説明だと思ったんだ。許してほしい」

 真摯に謝られると、私もそれ以上はなにもいえなかった。

 ローセノフ中隊長に、西方で鬼角族たちと暮らしていることや、ギュッヒン侯の末っ子と戦ったこと、戦線の維持ができないために一時的に休戦協定を結んだことなどを簡単に伝えた。その上で、支援を約束してもらえれば、春になるとともに鬼角族による西方からの攻撃を実行できるのではないかという作戦を提案する。ローセノフは最後まできくと、自分の部屋で待つようにいいい残して部屋を出ていった。

 一人で残された部屋は中隊長の部屋にしては大きく、ローセノフ中隊長が昇進しているという可能性に思い当たる。しばらくすると、従卒がお茶をもって部屋にあらわれ、茶の入った湯呑と砂糖を置いてすぐに出ていった。

 砂糖は西方において貴重品であり、砂糖を入れた甘い茶を飲むことを何度も夢見たものだ。ユリアンカのお土産に、なにか甘いものを買って帰ろうと決めた。暖炉の火で部屋は暖かく、疲れ切った私はいつしか意識を手放していた。


「気をつけ!」

 突然の号令に椅子から飛び上がる。背筋を伸ばして、気をつけの姿勢を取る。

 部屋にはローセノフ中隊長と、見覚えのある顔があった。

「ザロフ君、二十年ぶりだな。あの頃はお互いに若かったな」

 目ヤニのついたまぶたをしばたたかせると、そこにはタルカ将軍が立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る