村長宅

 羊たちの去ったチュナム集落は無人で、一晩をすごした後、私たちはターボルの町へ向かうことになった。

 運が良ければ、ターボルの町にはまだ人がいるだろう。村長は春まで町に残るといっていたか、それとも冬になる前には町を去るといっていただろうか。

「ところで、ザロフさん。ひとつどうしても教えてほしいことがあるんだが、答えてもらえるかな」

 道中、私たちは二人でいろいろなことについて意見を交換した。お互いに、自分たちにとって不利益になるような事柄については、答えなくてもよいという約束の下で、だ。ゼンコ神官が続けた。

「ずっと気になっていたんだが、なぜ鬼角族――いや、キンネク族は、右角を切り落としているんだ。私が西方に来る前に調べた鬼角族に関する本には、鬼角族はなにより角を大切にすると書いていたんだがな」

「ああ、あれですか。あれは鏑矢かぶらやをつくるために協力してもらったんですよ」

 ゼンコ神官は首をかしげた。

「射ると音の出る矢があるでしょう。あれが鏑矢です。このあたりには、小さな笛に使えるような木すらないんです。戦いの中で、攻撃と撤退を知らせるために鏑矢をつくろうとしたんですが、材料がなかった。そこでハーラントに頼んで、皆の角を譲ってもらったんですよ」

 二つのことを、ゼンコ神父に印象付けたかった。ひとつは、西方には木っ端すらなく、冬に戦争をするのであれば大量の燃料を輸送する必要があること。ふたつ目は、ハーラントに鬼角族の男にとって命より大切な角を供出させるくらいの、強力な指導力があるということだ。いや、ハーラントがキンネク族の男たちを、思うとおりに従わすだけの力ある族長であることは紛れもない事実である。正直なところ鬼角族の戦士たちが、おとなしく百本の大太刀を手放すとは思っていなかったのだが、ハーラントが戦士たちをあっという間に説得してしまった。どうやって説得したのかを知りたかったが、ニヤニヤ笑いながら、それは教えられないといわれた。鬼角族のことばがわからない私には、どのような内容だったのかは知る由もない。

「ハーラント王は、なかなかの傑物のようだな」

「そう思いますよ。人のことばが使えるというのも、貴重な存在です」

 私としては、ハーラントとユリアンカが私たちと会話できるということはできるだけ隠したかったのだが、回復したユリアンカが神官に喋りかけたので、その目論見は徒労に終わってしまったのだ。

 たわいもない話を続けながら、少しだけ馬の足を速めることにした。日の暮れるのが早くなり、のんびりしていると、暗闇の中を進まなければならなくなる。


 すっかり日が暮れ、やっとターボルの町の姿が見えてくるが、夕餉の支度のためにあがる炊事の煙も、窓から漏れる明かりも見えなかった。村長をはじめとするターボルの町民も、兵士たちと共にこの町を去ったのだろうか。

「ゼンコ神官。ターボルの町には、もう誰もいないようです。でも、今日は壁のある家に泊まれますから、昨日よりはマシだと思いますよ。すっかり寒くなって、積もってこそいませんが、雪がチラチラする中で野宿をするのには飽きました」

 二人で顔を見合わせ笑った。

 はじめに村長の家へ向かうが、入口のドアは壊されてなくなっていた。木材を確保するために破壊されたのか、それとも賊でも侵入したのだろうか。このあたりには奪うものなどなく、盗賊のたぐいがいるということもきいたことがないので、燃料にでもしたのだろう。

 少しだけ周囲を警戒するが、特に物音もきこえない。

 今日は屋内で寒さを防げると思っていたが、屋根があるだけでもマシなはずだ。他の家々にはそもそも扉がなかったように記憶している。冬はどうしていたのだろうか。防寒のために何かの用意があるはずだが、とりあえず馬を村長宅の馬小屋につないでおくことにした。

「神官さん、あたりを見てまわってきます。ここより寒さを防げる家があれば、そちらに移動しましょう。少し待っていてください」

「では、私はここで何か使えるものがないか探してみる」

 ゼンコを村長宅に残し、一番近くの民家へ向かうことにする。

 やはり、入口には扉はない。

 蝶番の跡もないので、土で作った扉のようなものをはめ込むのかもしれない。

 他の家も見てみようと、入口から表に出た瞬間、後ろから低い声がきこえた。

「振り向かず、そのまま入り口で立ち止まってください」

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