一つ目の理由

 戦場であるにもかかわらず、汚れのない軍服、日に焼けていない白い肌。育ちのよさそうなオステオ・ギュッヒンは、口元にわずかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 隣にいる胸甲をつけた偉丈夫が、銅鑼のような声で叫ぶ。

「使者よ、所属と階級をのべよ」

 偉丈夫は私の上官ではないし、反乱軍に礼を尽くす必要があるとは思えなかったが、軍での地位はどう見ても相手のほうが上なので姿勢を正して返答する。

「西方軍団所属、ローハン・ザロフ小隊長です。現在はキンネク族ハーラント王の軍事顧問の任にあります」

 ハーラントは王ではないが、本人も気に入っていたので王とよんでも問題はないだろう。軍事顧問などという職があるわけではないが、現実的にはその任についているのだから、これも嘘ではない。

「小隊長ごときが、西方軍団軍団長とは大きくでたな。下郎げろうの分際で調子に乗るのもいいかげんにしろ!」

 声の圧力で優位な立場を取ろうとしているのかもしれないが、私を殺すという殺気がなければ、どうということはない。イングが強く拳を握るのがわかったが、まだその贈物ギフトである拳闘ボクシングを使う時ではないことは理解しているだろう。出発する前に、私たち二人が殺されるような事態になれば、せめて敵の指揮官であるオステオ・ギュッヒンを殴り殺して、一矢を報いるように命じているのだ。

「現在、の西方軍団は数十名しかおりません。その最高責任者が私なのですから、事実上の軍団長は私になります」

 偉丈夫がなにかをいい返そうとしたとき、オステオ・ギュッヒンが手でそれを制した。

「ナザツォワ、その事はどうでもいい。交渉に来たというなら、お互いに腹蔵なくはなしをしようじゃないか」

 思ったよりも落ち着いた声だ。もう少し甲高く、軽い声であると勝手に思っていたが、指揮官としては悪くない。

「ありがとうございます。あくまで私は、キンネク族の代理として、ここにおりますので、キンネク族との休戦条件についてのみお伝えしたいと思います」

「ところで、先程から出てくるキンネク族というのは、いったいなんのことなのか教えてもらいたいのだが、いいかな」

 若いが、人に命令を下すのに慣れているのだろう。自然な口調だ。

「私たちが鬼角族とよぶ人々は、たくさんの部族にわかれて暮らしています。鬼角族の中でも、もっとも東方に暮らす人々がキンネク族です」

「キンネク族は何人くらいいるのか。鬼角族には、いくつくらいの部族があるのだろうか」

 敵に情報を与えるべきか否か。嘘の情報を伝えることもできるが、何らかの方法でキンネク族の規模を知ってる可能性も否定できない。一度嘘つきだと判断されると、後の交渉が進まなくなるかもしれない。

「そのどちらにも、お答えすることはできません。ただ一つだけいえることは、鬼角族はみな熟練の騎兵で、女や子どもまで屈強な戦士です」

 もし、チュナム集落にいた兵士が降伏し、オステオ・ギュッヒンに情報を漏らしていたとしても、ユリアンカという例があるので、鬼角族の女性が優れた戦士であるというはなしに矛盾はないはずだ。

 偉丈夫、いやおそらく副官であろうナザツォワという男が、ちらりとオステオ・ギュッヒンを見てうなずいた。嘘をつかなかったことは正解だったようだ。

「ではなぜ、その屈強な戦士ばかりのキンネク族が、休戦条約など結びにきたんだね」

 当然の疑問だろう。

 戦いに勝つ自信があれば、休戦など自分からいい出すはずはない。

「理由は三つあります。一つ目の理由は、戦争が長引くと、キンネク族が飼っている羊が痩せることです」

 副官にもオステオ・ギュッヒンにも、羊が痩せるということばの意味がわからなかったようだ。

「鬼角族は羊を育てて生活をしています。冬に近いこの時期に戦争が長引くと、羊を太らせることができなくなり、財産である羊の価値が下がるのです。羊が痩せると羊毛のつやも悪くなり、他の部族との取引の時にあなどられます」

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