決意
「全力で敵を攻撃して、降参するというのはどういうことだ。意味がわからん。頭がおかしくなったのか」
ハーラントの疑問はもっともだ。だが、優位な戦局でなければ条件付きの停戦などできないし、降伏という名の餌がなければ、相手は停戦など認めないだろう。降伏というものが形だけのものだとしても、こちらが敗北し、相手が勝利したという体裁を取らなけらばならない。
「私の勘では、敵は大切な指揮官を守るために、神官を連れてきているはずだ。どんな名医でもユリアンカを治すことはできないが、神官の
「だったら、その神官とやらを連れてくればいいじゃないか。敵を皆殺しにして――」
「騎兵は
ハーラントは、なにかを考えるような顔で立ち上がった。
「勝算は? それがうまくいくという保証はどこにある」
「そんなこと、わかるわけがない。まず、敵に神官がいるという確証もないし、こちらの脅しに相手がのるかどうかもわからない。だが、ユリアンカを助けることができる可能性がある作戦はこれだけだ。神官がいたかどうかは、冬営地に戻ってイングかツベヒにきけばわかるかもしれないが、それを確認してからでは手遅れになる」
傷が膿むと毒が全身にまわる。人間なら尿がでなくなると三日で死ぬことになる。もし、ユリアンカが助けられなくとも、敵の部隊を撤退させることができれば、黒鼻族たちは普段の生活に戻ることができるはずだ。
若き族長は、決断するのも早かった。
「わかった。我は、いったいなにをすればいいんだ」
このあと、私はすぐに冬営地に帰らなければならない。ハーラントには正確に、必要なことを伝える必要がある。
「ここに馬は何頭くらいいるんだ。だいたいでいいから教えてほしい」
「馬に乗って羊を飼うのは男の仕事だ。女と子どもは馬車に乗って移動する。馬車を動かしたり、予備の馬などをいれると、ここにはおおよそ百二十頭くらいはいると思う」
馬車で移動してもいいが、馬車は遊牧民にとっては必要不可欠な家財道具でもある。
「だったら、年寄りと子ども以外は全員連れてきて欲しい。数日のことだから、年寄りと子どもに羊の世話は全部任せて、動けるものを全員キンネク族の秋営地に送ってほしい。馬が足りなければ二人乗りで頼む。それと、短剣でもなんでもいいから武器を持ってくること。本当に戦うつもりはないんだ。兵士の数が多ければ多いほど、作戦の成功する確率が高くなる」
ハーラントは大きくうなずいた。
「どうせ黒鼻族たちの足は遅いから、なんだったらここに避難している女や羊たちも冬営地に連れていってくれてもかまわない。三日後の朝に合流してくれればいい。四日目にキンネク族の秋営地に攻撃をしかけるつもりでいてほしい」
計画のすべてが、軍神の末っ子オステオ・ギュッヒンという人物が、一か八かの賭けよりも、堅実な成果を求める人物であるという予想に基づいている。オステオ・ギュッヒンが若者らしく、派手な成果を求める人物であれば、血で血を洗う戦いになるだろうが、こちらに勝ち目はない。
本当にこの作戦は正しいのか。机上の空論ではないのか。
おっさんの恋心が、目を曇らせているのはないか。
自問自答するが、永遠に答えはでないだろう。
歴史書を紐解けば、間違った判断や、つまらない失敗で戦争に負けたり、国が滅んだ例はいくらでもある。だが――。
「頼んだぞハーラント。私は今から冬営地に戻って、明日朝いちばんに黒鼻族たちを出発させる」
天幕をでる前に、ちらりと熱にうなされるユリアンカの顔に目をやり、なにもいわずに馬の方へ向かった。
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