こちらの動きから、待ち伏せが気づかれているのはわかっているだろう。

 仲間がいるのであれば、応援を呼ぶかなにかするはずだ。

 つまり敵は少数で、正面から攻撃して、こちらの三人を一方的に倒すこともできないのではないか。

 もう一つの可能性については、これでわかるだろう。

「ハーラント! ブロデ・マー!」

 大声を出したつもりだが、蚊の鳴くような音しか出なかった。

「ジンベジ、ホエテテ。私にかわって叫んでくれ。ハーラント! ブロデ・マー!」

 ホエテテには意味がわかったようだが、ジンベジはポカンとした顔でこちらを見ていた。

「ハーラント! ブロデ・マー!」

 ホエテテの野太い声が響きわたる。

「ハーラント! ブロデ・マー!」

 あいかわらず丘の上に敵の動きはなかった。こちらが仲間に合図をするのを防ぐために、攻撃を控えているのであれば、これで攻撃しない理由はなくなったはずだ。つまり、敵の数は少なく、まともに戦うことができないのだ。

 殺気が消え、震えが止まった。

「ジンベジは左、ホエテテは右に回り込め。矢には気をつけろ」

 二人に声をかけ、腰の短剣を抜いて立ち上がる。相手に見えるよう、刃を左右に振って月光に反射させた。ジンベジは左から、ホエテテは右に回り込んで丘の上に向かって駆け出す。いつ殺気が向けられてもいいように、膝を伸ばさずに中腰で丘を登っていくが、弓鳴ゆなりどころか、敵の気配もない。

 ただの勘違いだったのかと思ったとき、前方にすっくと立ちあがる影がみえ、真っすぐにこちらに駆けおりてくるのが見えた。敵は一人だったのか。チリチリとした殺気を感じるが、先ほどのような強さはない。私を殺すことより、逃げることを考えているのだろうか。

 駆け下りてくる兵士の手に、少なくとも弓や長物の武器は見えなかった。

 どうするつもりだろう。

 男の顔を月明かりが照らし、なぜ兵士が徒手なのかを理解した。

 かつて私をぶちのめした、拳闘ボクシング贈物ギフトを持つ男。武器より拳に自信を持つロイミュー・イングなら、丸腰なのも理解できる。同時に、なぜ私に殺意が向けられたのかということも理解した。もともと私とイングは反りがあわなかったし、十年ぶりの再会は、友好的なものとはいえなかったからだ。もちろん、殺したいと思うほど憎まれる筋合いはないが、私ひとりに憎しみが集中するのは仕方ない。

 殺意をこめたイングの拳をかわすことは不可能だろう。ならば取りうる方法は一つしかない。

 向かってくるイングのことは考えず、膝の力を抜いて後ろにそのまま倒れる。

「助けろ!」

 私が後ろに倒れたことで、イングから放射されていた弱い殺気が完全に消えた。

 憎い相手が目の前で突然倒れたのだから、どうするべきが逡巡したのだ。

 無害となった相手を無視して逃げ去るか、馬乗りになって叩きのめすか。

 すれ違いざまに殴り倒すことはできなくなり、攻撃するか逃げるかを選ぶ必要が生じる。拳闘ボクシングは、相手を殴る技術と相手の攻撃を回避する贈物ギフトだが、あくまで拳の攻撃と、拳による防御に特化したものなので、得物を持つ相手には分が悪い。

 迷いが、イングの足を鈍らせる。攻撃するか逃げるか――ためらいが、中途半端に私の左横を通り過ぎるという選択肢をとらせた。

 殺意は消え、伸ばせば足が届く距離を通るイングを見逃す手はない。そう判断し、体をゴロリと左に一回転させ、その勢いで左足を伸ばす。緩慢な蹴りを受けるほど、イングの反射神経は衰えていなかった。素早く飛び上がり、私の左足をかわす。

 だが、斜面を降りているときに飛び上がることの危険までは考えていなかったようだ。ただでさえ暗い足もとに、下り道を降りること上がった速度。着地する地形が見えない状態での飛翔は、あまりにも運に左右されることが多すぎる。

 そしてイングの運は悪かった。

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