殺し合い

「ハーラントさん、敵は追いかけてくるかな」

 戦車チャリオットを捨てた私は、ハーラントとくつわを並べて進んで進んでいた。

「そんなことは知らん。なんで我に、人間が追いかけてくるかどうかわかるんだ」

 まあそのとおりだろう。こちらを追撃するかどうかは、敵が決めることだ。だが、輸送部隊を叩き、ターボルの町を襲撃するだけの戦力が、自分たちの後方に存在することを許す指揮官はいない。守るだけなら、羊たちの住むチュナムとターボルの町に守備隊を置けばいいが、鬼角族を討伐するというのであれば、そのような消極的な作戦ではなんの意味もないのだ。

「これは失礼した。敵がこちらを追いかけてくることは間違いない。ただ、敵がこちらを追いかけてくることができるかどうかということが知りたかったんだ」

「百騎以上が同じ方向に向かっているんだ。目が開いているなら、子どもでも追いかけてくるだろう」

 先ほどまでは上機嫌だったのに、なぜかハーラントの機嫌があまり良くないことがわかったので、速度を落として馬をシルヴィオの近くまで寄せた。

速足はやあしだと、馬がかなり上下に揺れるが、気分はどうだシルヴィオ君」

 真っ青な顔をしたシルヴィオは、必死に馬にしがみつき、まともに返事もかえせないようだ。

 すぐに船酔いするからという理由で、船乗りをあきらめた男には辛い試練かもしれないが、戦車チャリオットではいざという時に馬並みの速度がでない。

「チュナム集落までの辛抱だ。がんばってくれよ」


 けっきょく、日が暮れるまで南に移動し続け、風から身を守ってくれる窪地に野営することになった。火は使わず、すぐに外套にくるまって眠りについた。

 翌朝、目覚めると今度は西へ進路を変えて進む。あいかわらず、先頭をいくハーラントの表情は硬い。なにか問題があるのであれば、知っておかなければならないだろう。馬を近づけて、率直にたずねてみることにした。

「ハーラントさん、昨日から機嫌が悪いようだが何かあったのか」

 族長はギロリとこちらをにらみつける。

「我は別に、機嫌が悪いわけではない。空を見てみろ」

 灰色の空には低い雲がかかっており、太陽の姿はみえなかった。

「この雲は、雪を降らす雲だ。雪が降ると羊が痩せる。はやく冬の野営地に戻してやらんと、春までに寒さで死ぬものがでる」

 私の作戦に不満があるのではないことに胸をなでおろすが、予想より早い冬の到来が、今後の戦いに与える影響を考える必要が出てきたことになる。

 二千人の兵士が生活するための食料を、安定的に輸送することはただでさえ困難なのに、それに加えて暖をとるための燃料が必要だ。もともとの西方軍団でも、大隊本部の主な役割は補給品の管理と輸送であり、配下の五百人の兵士に対して遅滞なく補給を続けることの困難さは、想像以上のものであろう。

 後方支援部隊もなく、二千人の兵士に物資を送り届けなければならないとすれば、ほんのわずかな計算違いで致命的な問題がおこりうる。そして、私たちの部隊は、その計算違いを生みだすことができるのだ。

 追撃してくる軽騎兵を倒せば、という但し書きがつくが。

「少し急げば、日が暮れる前に羊たちの村へ戻れるが、どうするローハン」

 敵がチュナム集落で待ち伏せている可能性もある。早めに到着して、それを確かめておきたい。

「ハーラントさん、急いで日が暮れる前にチュナム集落に戻りましょう。どちらにしても、そこで戦うことになります。敵の軽騎兵を徹底的に叩きます。今度こそ、命を賭けた殺し合いですよ」

 戦いということばをきくと、ハーラントは嬉しそうに笑った。

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