運んできた槍をなたで二等分し、穂先のついているものは反対側に投槍器アトラトル用のくぼみをつくる。残った穂先のない棒には、矢のやじりをはずしてねじりこみ、やはり反対側をえぐって投槍の完成だ。槍の穂先を使った投槍と、鏃でつくった投槍の重さがバラバラだが、それを調整している時間はない。ツベヒたちの槍も両断したので、投槍は六十本用意できたことになる。

 そろそろ東の空が白みはじめていた。年をとると、徹夜のような無理がだんだんときかなくなることに、体の衰えを感じる。

「ヤビツ君、ここに投槍が六十本ある。先端が重いものと、いままでとあまり変わらないものの二種類があるから、敵に見つからないよう試し投げしておいて欲しい」

 飽くことなく私たちの作業をじっと見ていたヤビツは、投槍を配るために仲間を呼びにいった。

 大あくびをするツベヒに、これで終わりではないことを伝える。

「眠いのはわかるが、もう一仕事だ。君たちが眠っていた寝台をバラして松明たいまつをつくる。寝台の枠を軸に、寝台の布と切り裂いた天幕を巻き付けて欲しい。あと、油はどれくらいあるかな」

 「隊長、油は常夜灯用の小さな壺が一つあるだけですが、足りますか」

 松明の着火と、補給物資を燃やすために油があればよかったのだが、思い通りにはいかないものだ。

「まったく足りないが、充分であるともいえるな」

 ツベヒが変な表情をするので、松明に着火するためには充分だが、焼き討ちをかけるには不足していることを説明する。

 「ということは、どこかを攻撃するのですか」

 投槍のように微妙なバランスをとる必要がないので、鉈で寝台を力任せに解体しながらツベヒに質問への答えをかえす。

「手を休めるな、ツベヒ君。現在の戦力では、追撃してくる敵の軽騎兵と戦うことはできない。いや、勝てないわけではないぞ。鬼角族は強い。こちらの陣地に誘い込むような罠でも準備しない限り、私たち人間の騎兵に倍する実力がある。だが、同数以上の相手と戦えば、こちらも無傷ではいられない。勝利を決定的にするためには、できるだけ戦死者やケガ人を出さずに勝たなければならない」

 ここまで話してから、ツベヒの質問には一切答えていないことに気がつき、少し恥ずかしさを覚える。軍事訓練の教官として、つい薀蓄うんちくを語ってしまうのは悪いクセだ。

「だが、戦わないからといって、遊んでいるわけにもいかない。もともと、西方軍団の物資集積地はターボルだ。夜襲をかけて、補給用の物資があるなら破壊する。できるだけ、仲間に被害を出さない方法でだ」

 ここまではなしてから、ツベヒがじつは私を裏切っていて、こちらの情報を集めるために送り込まれた密偵である可能性が突然頭をよぎる。

 いや、もしそうだとしても問題はない。

 東の町であるターボルを攻撃することを、事前に相手に知らせる方法はないはずだ。

 だが、黒鼻族が裏切ったことを伝えられるとまずい。出発するまで、ツベヒからは目を離すわけにはいかないだろう。伝言のために、なにか書置きをされるようなことがあってはならない。

 どんどん自分が、裏切られることへの偏執狂的恐怖を感じはじめていることが恐ろしい。

 畢竟ひっきょうするに、軍隊は戦友が信頼できるものであるという前提で成り立っている。

 隣に立つ兵士が逃げていくことを心配しては、槍兵の隊列を維持することはできない。

 もちろん、敗北が信頼を叩き潰すことは往々にして起きることだし、そのことは仕方ないと思っている。

 ひょっとすると、妻を寝取られたことが私の心を変えてしまったのかもしれない。

 私は作業の手を止めていった。

「ツベヒ君、君は私を裏切ったりしないよな」

 振り返ったツベヒの瞳には、少しの困惑と、少しのよこしまさもない光があった。

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