輜重隊

 敵の追撃もなく、私たちは東へ向かっていた。

 見晴らしのいいこの平原では待ち伏せて、不意打ちをおこなうことは困難であり、全員が騎乗しているこの部隊であれば、逃げることを選択すれば戦いに巻き込まれることもない。

 私たちは、ギュッヒン侯の末っ子にとって喉につかえた小骨のようなもので、手では取り除くことができないうえ、気になって仕方ない存在になるだろう。時には、小骨が人の命を奪うこともある。

「ハーラントさんに、きいておきたいことがある。チュナム集落から先程の敵陣地まで荷物を届けるとすれば、敵の輜重しちょう部隊はどのあたりを通るだろう」

 馬上の族長は、首をかしげた。

「しちょう部隊とはなんだ。それは馬か人か」

 たしかに軍隊のことばでは、鬼角族には通じないだろう。大量の食糧を運ぶのであれば、馬車と考えるのが普通だ。

「おそらく馬車に護衛がついているだろう。食料だけを運ぶのであれば、千人の人間が食べる食料が一日分で二頭立て馬車で一台。五日分なら五台になる。荷物が重いから、馬車は走ることができない」

 ハーラントは少し考えてからいった。

「それなら、ここから少し北に進んでから東に進めば、見逃すことはないはずだ。我が先導しよう」

「ではお願いする。あと、あなたの部下の中から視力のいい戦士を数名後ろに配置して、追撃部隊がこないか見張って欲しい」

 私への返事のかわりに、ハーラントは名前らしきものを二度怒鳴り、近づいてきた騎兵に短く命令を与えた。二騎はすぐに西へ向かう。

 その夜は見張りを立てて眠ったが、敵の夜襲もなかった。私は鬼角族の角で、鏑矢かぶらやを六本つくってから眠りについた。


 翌朝、日が昇るころには私たちは東に進んでいた。敵の食料事情が私の考えている通りだとすれば、本日中には輜重隊と遭遇しないと計算があわないことになる。しかしその心配は、一刻ほど進むと杞憂きゆうであることがわかった。

 前方を進んでいた鬼角族の騎兵が、馬を駆ってハーラントに何事かを報告にくる。

「おい、ローハン。馬車十台、見張りは騎兵十人くらいだそうだ。すぐ近くにいるぞ。どうする」

 戻ってきた戦士からの報告を受けると、ハーラントが近づいてきた。

「当然攻撃する。可能なら、馬車に乗った敵の兵士は殺さないでもらいたいが、騎兵はだめだ。騎兵を逃すと、後で後悔することになる。部隊を二つに分けて、敵を包囲して攻撃しよう」

 うなずいたハーラントが短く名前を呼ぶと、筋骨隆々とした鬼角族がすぐにハーラントの近くに馬を寄せ、何事かを命じた。ムキムキの鬼角族は、四十人ほどの騎兵を連れて北に進んでいった。

 私たちは馬車の進路を横切るように、南へ向かう。

 輜重隊と護衛も、こちらに気がついているはずだが、護衛の騎兵は逃げ出す素振りを見せなかった。

 こちらが百人近くいることがわかっているのに、逃げないのにはなにか裏があるのだろうか。食料と見せかけて、兵士が乗っているという罠の可能性も考えておく。

 鈍重な馬車はノロノロと円陣を組み、騎兵は円陣の中に姿を消した。

 馬車に二人馭者がいるとして二十人。騎兵が十人。敵は合計で三十人になる。

 こちらは九十人なので、勝てない道理はない。ただ、一人も戦いで命を失いたくなかった。

 もう一つの部隊がおおよそ配置についたであろう時間を見計らい、敵に大声でよびかける。

「こちらはの西方軍団指揮官、ローハン・ザロフだ。君たちは、大きな勘違いをしている。鬼角族との友好条約はすでに結ばれており、条約を無視して攻撃を仕掛ける君たちへ、鬼角族の王であるナユーム族のエルムント王がご立腹だ。私が取りなしてやるから、馬と食料を置いてここを去れ」

 隣にいるハーラントが、渋い顔をしながら、小さな声でつぶやいた。

「おい、前もエルムントの糞爺の名前を出していたな。なんであいつが王なんだ」

「心配するな。万が一にも負けたときに、この戦いの責任をすべてナユーム族のエルムントに押し付けるためだ。それに、王がいるなら、その軍隊も強そうに思えるだろう。なんだったら、ハーラント王にしてもいいぞ」

 苦虫を噛みつぶしたようなハーラントの顔は、今度は嬉しそうな笑顔にかわった。

「おお、ぜひそうしてくれ。ハーラント王とは、いい響きじゃないか」

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