捨て駒
日が高く上り、天頂にかかる時間になっても敵兵の姿は見えなかった。
「おい、ローハン。敵はどうしたんだ。そろそろ見えてくるのではないのか。影も形もないぞ」
戦場での計算違いは、いつでもおきる可能性があるものだ。標準的な槍兵が、あの場所から西に進むのなら、この周囲に敵がいてもおかしくないはずだ。しかしながら敵はいない。可能性は二つ。向きを変えたか、止まっているのだろう。向きを変えたとすれば、北か南か。一番考えられるのは、前回私たちが遭遇した場所に陣地を構築しているということだ。だが、水場のない草原に陣地をつくったとしても、長期間保持することはできないし、兵士を酷使するだけになってしまう。
「ハーラントさん。ひょっとすると、敵がこちらに
私たちが登った小高い岩場を中心にして、周囲に防御陣をつくればかなり強力なものになるだろう。弓兵は矢を射降ろすことで射程を伸ばせるし、騎兵による包囲戦術も無効化できる。そんな敵陣に攻め込むのは、蜂の巣に手を突っ込むようなものだ。私たちはそれを無視すればいいのだ。
「戦う前から我らを恐れるとは、とんだ腰抜けだな」
そういうとハーラントは大きな声で笑ったが、この族長の
「油断はダメだ、ハーラントさん。人間の軍隊は十分に私たちを全滅させる力を持っているし、臆病さは暴勇よりも厄介なことがおおい」
ギュッヒン侯の末っ子が慎重な指揮官なのであれば、私たちの戦いはより難しくなるだろう。敵の軽騎兵だけをおびき出して撃滅するという作戦そのものが、成立しない可能性もある。存在の意味がわからなかった重騎兵は、オステオ・ギュッヒンの側近兼護衛だろうと見当がついている。敵の本陣を攻撃しないかぎりは出てこないだろう。結局のところ、私たちにとっては軽騎兵こそ一番の脅威なのだ。
槍兵は足が遅すぎて、防御戦以外には役に立たないから放置しておけばよい。軽騎兵を全滅させない限り、ユリアンカや子どもたちは安全とはいえない。臆病なギュッヒン侯の末っ子でも、軽騎兵を使わざるを得ない状況をつくる方法はないのだろうか。
ギュッヒン侯の捨て
戦史を学ぶものなら、誰でもが知っている故事が脳裏に浮かぶ。
ギュッヒン侯は、かつてのコルマル戦争で敵の大軍を足止めさせるために、千名の騎兵からなる決死隊を募り、敵の後方を徹底的に
私たちには守るべき
「おい、ローハン。なにをボケっとしてるんだ」
ハーラントのよびかけで、歴史の世界から現世に戻る。
「すまない、ハーラントさん。いろいろ考えたが、敵の指揮官は無能ではないと思う。そこで私たちは敵の裏をかくことにする。先ほどは、敵の前を横切って南に進むといったが変更だ。敵に近づいて挑発することに変更はないが、私たちはそのまま東に進む。その理由は――」
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